第11話 GW前夜祭
夕飯を食べ終わり、早速支度して美夜子の家へと向かおうとすると、お母さんのスマホに着信が入った。
「もしもし、玖美ちゃん?」
もしかして、玖美子さんからかと思い私は出掛けずに聞き耳を立てていた。
「え、今から? そうね、陽菜もちょうどそっちに向かおうってところだったし……じゃあ私もお邪魔しようかな?」
私の予感があたり、結局、お母さんと二人、立山家に今日は泊まることになった。
タクシーを呼んで荷物をトランクに詰め込み、二人で立山家に向かう。
「久しぶりだから緊張するわ」
「道場通ってた時以来でしょ?」
タクシーに揺られてしばらくすると、最近見慣れた立山家が見えてくる。
軒先で美夜子が待っていたのか、チラチラ周りを見ている。
その美夜子の目の前に私達を乗せたタクシーが止まると、美夜子は駆け寄ってきた。
「いきなりごめんね」
「ううん、嬉しい。恭子さんも母のわがままで……すみません」
「いいのよ。ちょっと肌寒かったんじゃない? 早く入りましょ」
私はトランクから二個キャリーケースを取り出して、敷居を跨いだ。
「玖美ちゃん、久しぶり!」
「恭ちゃんも相変わらずそうでよかったわ……」
美夜子と私は二人の距離感に驚いていた。
そんなに仲が良かったなら、なんで今までご無沙汰だったんだろうと、私達は目を合わせて思った。
私は美夜子の部屋に荷物を置き、居間へと向かった。
一人掛けソファーに座る逞しい男性。恐らく美夜子の父だろうが……なんとも話し掛け難いオーラを纏っている。
「あ、あの……私、美夜子さんの友人で咲洲陽菜と言います」
「……」
口はへの字になって堅く閉ざされている。少し眉間に皺が寄り、ジロッとこちらを見てすぐに目線を逸らした。
と、次の瞬間、美夜子がその背中を平手打ちし「ちゃんと挨拶くらいしなさいよ!」と怒鳴った。
「だ、だって……緊張するじゃないか!陽菜ちゃんが目の前にいるんだぞ!」
「だから? 言ってたでしょ、私の友達なの」
私は唖然としながらそれを見ていた。
「どうしたもんかなぁ……」
「健一郎は昔から照れ屋でね。玖美子ちゃんとも最初全く口を利かなかったんだよ」
「陽菜、こちら祖母の絹枝」
「よろしくね、陽菜ちゃん。芸能人さんと会うのはサブちゃん以来だわ」
「で、こっちが父の健一郎」
美夜子は父親を、ものを扱うようにその頭を掴んでいた。
「あはは……まるで美夜子が奥さんみたいな感じだね」
そう言うと美夜子は「怒るよ?」と私に凄んでくる。
「まあまあ、そこまでにしておいて」と、玖美子さんが仲介に入る。
「ここにいたら休まらないでしょ? 美夜子の部屋に行ったら?」
「陽菜行こ?」
美夜子に部屋に入ると、少し楽になったから大きく息を吐いた。
「疲れた?」
「まあそうでもないけど……」
とは言いつつ、美夜子の胸に飛び込んで私は胸に顔を擦りつけた。
「あー、温かくて柔らかい……」
「もう……陽菜は甘えん坊さんなんだから」
そのまま美夜子はベッドに腰掛けた。
私はその隣に座ると、美夜子にもたれ掛かるように体を預けていた。
「てか、かなりノープランで泊まりに来たけど……どうする明日とか」
「そうね……散歩?」
「一日中?」
「だって、目的地ないじゃない……」
「まあそっか。休日ゾンビみたいに目的もなく彷徨い続けるかぁ」
私の表現が面白かったのか、美夜子はクスクスと笑っていた。
「今日言ってた動物園とか? あと港の方にある水族館もいいんじゃない?」
「人多そうだね」
「そりゃ多いでしょ。大型連休なんだし」
「まあそんなもんか……」
私はスマホで近所の名所を検索してみた。
「あ、神社巡りとかいいね。私、なんだかんだ大っきい神社より、町の小さな神社が好きなんだよね」
「そういえば行ってみたい神社あるよ」
そう言って美夜子はスマホを操作し、画像を私に見せた。
「電車で一時間掛からないくらいだから、そこまで遠くないんだけど、どうかな?」
「いいね、そこ行こうよ」
山の中腹にある神社。総本山を名乗るくらい大きい神社だが、そこまでメジャーではないところだった。
「……これで二人だけの思い出が作れるね」
「別にどこか行かなくても作れるじゃん」
私は美夜子を抱き締めてそう言った。
「そう言うのじゃなくて、場所の問題。ここに来たら、陽菜を思い出すとか」
「まあそうだね。初めて二人で遠出した場所とか?」
「そうそう」
肩を抱く私の腕を、嬉しそうにそっと握る美夜子。
「できることなら、泊まりたいくらい」
「それは……早く言ってもらわないと、予約とかあるし」
「そうね」
美夜子は私に正対すると、そのまま私を覆うように抱き締めた。
「まあでもこうしてるだけで私は幸せだけど……」
「美夜子より私の方が幸せだけど?」
「いいや、私のほうが幸せ」
美夜子は私の額にキスをすると、私は目の前の胸にキスをしようとして理性がストップをかけた。
「お風呂どうする?」
私は美夜子にそう問うと「そういえば久しぶりに銭湯に行きたいなと思ってたんだけど……」と答えた。
「銭湯いいね。私小さい頃に行って以来かも」
「用意とかある?」
「うん、入浴セットは絶対入れるようにしてるから」
「さすが、芸能人」
「でしょ? なんでも対応できるようにね」
私はキャリーケースを開けて入浴セットのポーチとバスタオルを取りだす。
「あ……」
キャリーケース内をみた美夜子が絶句していた。
「どうしたの?」
「その手紙……」
ネットに挟んである私の御守り代わりのファンレター。
「ああ、これは丁度中学上がる頃に貰ったファンレター。差出人もわからないんだけど、すごく勇気もらえたんだ」
そう言うと美夜子は何故か泣き出しそうになっている。
「ど、どうしたの!?」
「……それ、私が書いたの。もしかしたら、中学一緒になるかなって思って」
「そうなの!?」
私の傍に、知らず識らずの内に美夜子がいたと言うことか……。
「じゃあ私、もっと美夜子にお返ししないとだね……辛い時、この手紙読んでたし」
「そう言ってもらえると、ファン冥利に尽きる」
美夜子はまた私を抱き締めると、私のTシャツが涙でぐしょぐしょになった。
「ごめん……」
「いいよ。これも一つのお返しだから」
私達は居間にいる家族に銭湯に行ってくると言い家を出た。
歩きながら美夜子と他愛もない会話をする。お互いの晩御飯の話だとか、お互いの家族の話だとか。
そうこうしていると、目的の銭湯へ着き、下足ロッカーに履いてきたEVAのクロッグサンダルを入れて中へ入る。
ガラッと引き戸を開けると先ずロビーがあり、お風呂上がりのご老人達がソファーやマッサージチェアに座ってテレビを見ている。
中には、ビール片手に寛いでいるおじさんもいた。
ちょっとした旅館のフロントのようなカウンターに、番頭のおばさんが立っていた。
「いらっしゃい。おや、美夜子ちゃん久しぶりだね」
「こんばんは」
「ん? そっちの子、お友達かい……って!」
番頭のおばさんが私を見て目を丸くしている。
「も、も、もしかして、咲洲陽菜ちゃんかい?」
「え、はい。そうですけど……」
私がそう答えると、おばさんはカウンターの奥へ入って行った。
恐らく、ここの経営をしている家族だろう。おばさんの旦那さんと思わしき男性と、中学生くらいの子ども達がぞろぞろ出てきた。
「あーええっと……」
「本当に咲洲陽菜?」
「えっと……はい、そうです」
その騒ぎを聞きつけたさっきまで寛いでいたご老人達も、こちらに目をやり、騒々しくなってきた。
「おばさん、私達お風呂入りに来たんだけど」
「ああ、ごめんね……珍しいお客さんだもんで……」
「後でサイン書きますんで色紙用意しておいてくださいね」
私達はコイントレイにお金を置いて、女湯の暖簾を潜った。
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