第9話 初夜の二人

 夕食もお風呂も済ませてしまった私達は、お母さんとの談笑後に私の部屋に入ると、何も話すこと無くベッドに並んで座っていた。

 美夜子は私の部屋を見渡しているが、特に感想を述べることもなく気付くと私に微笑みかけていた。


「どうしたのさ」


「いや……なんかこんな時間に一緒にいるの不思議で」


「今までお泊まり会とか、したことないの?」


「うん……」


 美夜子は照れながらそう言うと、横髪で遊び始めた。


「陽菜は同級生と遊ぶとか、してこなかったんでしょ?」


「うっ……痛いところ突くなぁ」


 私は苦虫を噛み潰したような顔で「ないよ」と答えた。


「私の勝ち。私は同級生と遊んだことある」


「どこで張り合ってんだか……」


 ため息を吐く私を見て、満足そうに笑う美夜子。私は美夜子の頬を指で突つくと、美夜子も私の頬を突ついた。

 私は寝転がると美夜子を見上げながら「キスしよっか?」と、淡白に訊ねた。


「そんな安いものじゃないから」


「そっか」


 私は美夜子に背を向けると、そんな私を美夜子は引き寄せて、唇を重ねた。


「軽いキスなら、いつでもしてあげるから」


「挨拶程度のキスってことね」


 美夜子は私の横髪を掻くと、そのまま両の手で私の顔を包み込んだ。

 完全に美夜子の支配下に置かれた私は、されるがまま濃厚なキスをした。


「どうして……?」


「何が?」


「しないんじゃなかったの?」


「我慢できなかった……それにして欲しそうだったし」


 美夜子の手が私の頬を撫で下ろすと、そのまま私を抱き締めた。


「重くない?」


「ん……大丈夫」


「陽菜、温かいね……」


「美夜子も……」


 私達はお互いの体温を感じ取りながら、少しだけ目を瞑った。

 少しの間そのまま時が流れて、美夜子が私の上から退くと、どうにもできない寂しさを私は覚えていた。


「もう寝る?」


「まだ眠くない」


 美夜子の問いにそう答えると、私は立ち上がってデスクチェアに座り直した。

 友人を家に招待することがない分、私は何をすればいいのか分からなかった。美夜子も同じく、友人の家でどう立ち居振るまえばいいか分からずとりあえずベッドに座っていた。


「ゴールデンウイーク、どうする? 何か予定とかある?」


「ない……かなぁ。美夜子はどこか行くとか?」


「両親が出稽古でいないから、家でお祖母ちゃんとのんびりするつもり」


「なるほどね」


 私はスケジュール帳を捲りながら、五月のページを見ると鼻で笑ってしまった。


「まあそうだよね……去年は仕事しかしてなかったけど」


「じゃあ今度はそこでうちに泊まる?」


「あ、いいねそれ」


 私は前のめりになって相槌を打った。

 美夜子は立ち上がると、私の頭をなぜか撫でた。


「え、なんで?」


「なんか、撫でたくなった」


「そんな理由……」


 戸惑う私を見てわらす美夜子。

 その後私達は時計が天辺に差し掛かるくらいまで、これまでのお互いの思い出を語り合い、そのまま眠りに就いた。

 次に気がついた時はもうすでに朝日は昇っており、美夜子は私の隣で静かな寝息を立てていた。

 少し長いまつ毛と白い肌、少し乱れた黒い髪。私はガラスケースにしまっておきたいくらいに、その寝顔にときめいていた。

 カシャっとシャッター音が鳴り、それに気づいた美夜子は目をゆっくりと開いた。


「何撮ってるの?」


「寝顔。可愛かったから」


「もう……」


 美夜子は寝返りを打ち、私に背を向けて寝直した。


「起きないの?」


「あと五分……」


 すぐに美夜子は寝息を立て始め、私は少し呆れて、美夜子の背中にくっ付くように体を寄せて目を閉じた。


「二人とも、まだ起きてないの? 遅刻するわよ」


 お母さんの声に飛び起きた私はスマホの画面を見た。


「やば!美夜子早く起きて!」


「あと五分……」


「五分寝たらバスに乗り遅れるよ!」


 美夜子は不機嫌そうに眉間に皺を寄せながら体を起こし、こちらを見た。


「陽菜……」


 美夜子は私の名前を呼ぶと、飛びつくように抱き付いた。


「ちょっと……」


「んふふ……可愛い」


「寝惚けてる?」


 私は美夜子を引き剥がそうとするも、力の差がありどうにもうまく行かない。


「早く支度しないと……」


「もうちょっとだけ……」


「さっきからそればっかりじゃん」


 呆れた私は美夜子の頬にキスをすると、美夜子はようやく目が覚めたらしく、私を解放した。


「……ごめん」


「キスで起きるとか、お姫様じゃないんだから」


 ベッドを出て洗面台の前で歯を磨き、顔を洗い、寝癖を整えると、制服に着替えた。


「ご飯どうする? あ、これ美夜子ちゃんの分もお弁当作ったから食べてね」


「え? ありがとうございます」


「ご飯食べる時間はあるんじゃない?」


 私達はテーブルに座り、目玉焼きとベーコン、トーストにコーンスープを平らげると、急いで家を出た。


「帰りに荷物取りに来ればいいか」


「そうだね」


 バスが丁度私達が渡る信号で信号待ちをしていたので、渡って直ぐにあるバス停まで走った。


「なんとか間に合ったね」


 座席に座り、美夜子にそう言うと「まあ間に合うってわかってたけど」と、美夜子は偉そうに言う。


「うだうだ寝てたの、美夜子でしょ?」


「陽菜だって一緒に寝てたじゃない」


「そうだけど……」


 やがて学校に着くと、変わらない日常が始まった。

 授業を受けて休憩時間にお弁当を食べて、また授業を受けて……気づくと放課後になっていた。


「あれ?」


「あ、陽菜ちゃーん!」


 校門の外でこちらに手を振る女の子、早川唯がそこにはいた。


「唯、何してるの?」


「実はね……私、この学校に転校することにしたの」


「は?」


 私よりも美夜子がそう言った。


「陽菜ちゃんいるし、ここってそんなにミーハーな人いないじゃない?」


「確かにそうだけど……試験とか条件あるんじゃないの?」


「条件はまあ大丈夫だったし、それで試験もさっき受けてきたの」


「そう言えばうちのクラスから一人、親の急な転勤で転校した子いたし、それで欠員出てるのかも」


「なるほどね……」


 そう言えば急に北海道へ転校したクラスメイトがいたな……。


「でも大抵そう言う理由で転校するもんじゃないの?」


「私は……今通ってる所、馴染めてないから」


 話を聞くと、唯が通っている高校ではかなり唯を芸能人と騒ぎ立てる人が多いらしく、それが嫌で転校したいとのことだった。


「陽菜はオーラ消すの上手だから」


「それ、地味ってこと?」


「うふふ……二人、仲良いんだね」


「ああ、紹介してなかったね。この子は立山美夜子。唯のことは……流石に知ってるよね?」


 美夜子はコクリと頷いた。


「美夜子ちゃんか……背高いしスタイルも大人びてていいなぁ」


「そ、そんなこと……」


「あ、美夜子照れてる」


 唯は事務所の車を待っているらしく、この後も現場に行くようなので、それまでこの場で雑談をしていた。

 車が来たのは話始めて二十分後ぐらいだった。どうやら高速も下道も混んでいたようだ。


「それじゃあもし同じクラスになったら、よろしくね」


「うん、お疲れ様」


「お、お疲れ様」


 美夜子は少し緊張気味にそう言った。私と話す時は、全く構えてもいなかったくせに……。


「じゃ、帰ろっか」


「うん」


 バス停の時刻表を見ると、後三分ほどでバスは来るみたいだ。


「唯ちゃんとは仲良かったの?」


「ん? まあね。同い年の子がいるのも珍しいし」


「そうなんだ……」


「何、ヤキモチ?」


「そうじゃないけど」


 美夜子は私から目線を外し、少し色づいた空を見ていた。


「まだこうして話すようになって数日だけど、なんか陽菜のことわかった気になってたから……。自分の知らない陽菜が存在するのは当たり前なのに、それを認めたくない私が少なからず居て……」


「まあ、わかるよ。その気持ち」


 美夜子は私の顔を覗き込んで「本当?」と囁いた。


「だって、昨日も色々話したけど、小学校中学校の美夜子は私知らないし、その人格形成に関わったわけじゃあないじゃない? 普段はどうとか、昔はこうだったとか、まだ掴みきれてないわけだし」


「確かにそうね……」


「だから、これから知っていくんだろうなって。私にしか見せない美夜子を、美夜子にしか見せない私を」


 私は美夜子に軽くウインクをして立ち上がった。


「ほら、バス来たよ」


 バスに揺られて帰宅し、荷物を持って美夜子は家へと帰った。送って行こうかと提案したが、もう暗くなるしと言うことで、一人で帰った。


「なんか寂しくなるわね」


「お母さんがそんなこと言ってどうするの」


「そうね」


 いつもの食卓にいつものように二人分の食事が並べられた夕飯時。

 テレビでは唯の出ているCMが流れ、私は目を細めていた。


「そういえば唯、うちに転校してくるかもって。今日試験受けに来てたらしい」


「そうなの? また、どうして……」


「なんか今の高校が合わないんだって。芸能人だからって変にチヤホヤされたりするのが嫌って。まあ、私もわかるからさ、それ」


 中学の頃の私だ。授業に出れば珍しい者扱いされて、周りのノリについていけない。結果、保健室登校。

 そう考えれば、私だって転校を考えても良かったのかもしれない。が、結局登校する回数が少ないからいいかとなった。


「高校の場合、出席日数とかかなり影響するし、折角なら普通の高校生として過ごしたいよね」


 夕飯を終えて少し休憩の後、私はお風呂に入った。

 美夜子と入った浴槽がやけに広く感じて、寂しさを覚えていた。

 髪を乾かしてスキンケアをし、自室に戻り軽くストレッチをしてから、デスクチェアに腰掛けて宿題に取り掛かった。


「今日多いな……」


 そうぼやいていると、美夜子からメッセージが届いた。


「いまなにしてる?」


「宿題。もう終わるけど」


「数学の?」


「そう」


「それ、ゴールデンウイーク明けに提出じゃなかったっけ?」


「え、そうなの!? もうやっちゃったよ」


「どのみちやらないといけないんだし、いいんじゃない?」


「だねー」


 私はプリントを片付けると一つ伸びをしてから、ベッドに入った。

 時計はまだ二十二時を指そうとする時間、寝るにはまだ早いか。


「美夜子は何してたの?」


「陽菜のこと考えてた」


「本当?」


「うん」


「愛されてるなぁ陽菜ちゃんは」


「自分のことでしょ?」


「なんかごめん。私、美夜子のこと考えてなかったや」


「いいよ。私のは多分重い女のムーブだし」


「確かに」


 キャラクターのスタンプをつけてそう送って既読がついてから、しばらく返信がなかった。

 私はうとうととし始めて、今にも夢の国へ誘われようとしていた。


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