第8話 お風呂タイム

「……陽菜の下着、可愛いね」


 美夜子はそう言って私に微笑みかける。


「大きいサイズだと、結構デザインが大人っぽいというか……それは羨ましいなぁ」


「ジロジロ見るな」


「でもこのあと、それを外さないといけないんですけど……」


 私は、意地悪い笑みを浮かべて美夜子を見る。美夜子は、顔を背けてホックを外していた。

 もうすこしで見えようかというところで、上手く腕で隠されてしまった。


「はいタオル」


「……ありがとう」


「私は別に見られて恥ずかしくないから」


 私は包み隠さず、美夜子に裸を見せた。


「プールの授業とかどうしてたの?」


「全部休んでた。だって、この胸だもん」


「……そっか」


 私は、白いタオルに隠された胸の輪郭を見て、少し興奮していた。


「は、早く入ろう」


 美夜子は私の手を引き、浴室の扉を開けた。

 私は美夜子に「背中流してあげる」と言ったが、すぐに断られた。


「あんまり背中触られるの、好きじゃないの」


「そうなんだ……なんとなくわかるけどね」


 私はシャワーを出して髪を濡らし始めた。


「……頭は洗ってもいい?」


「うん」


 美夜子の綺麗な黒髪に、シャワーのお湯を掛ける。

 私がいつも使っているシャンプーで洗髪を済ませ、トリートメントをしてから攻守交代となった。


「陽菜のシャンプー、いい匂いだね」


「メイクさんに紹介されたやつなんだ。美容院向けのシャンプーなんだけどね」


「へぇ……私もこれにしようかな?」


 美夜子はそう言いながら手際よく私の髪を洗い、同じようにトリートメントをし、今度はそのまま私の体も洗い始めた。


「自分はさせないくせに」


「背中が嫌なだけ。それ以外はいいよ」


「やった」


 私はガッツポーズをすると、美夜子はジロッと私を滑らかに睨んだ。


「……なんか、変な気分になってきた。体の隅々まで、他人に触られること無いからさ」


「ここは? 流石に自分でする?」


 美夜子は私の下腹部を触りながら、そう訊いてきた。

「折角なら、美夜子に洗ってもらいたいな」と、私は答えた。


「わかった」


 美夜子の手が私の恥部に触れるが、それは決していやらしい手つきではなく、単純に洗い作業の手つきだった。


「どうかした?」


「なんでもない……」


 女の子同士なんだし、お互い同じなんだし、変な気持ちになるわけない……。

 そうこう考えていると、美夜子は私にシャワーを掛けて泡を流していた。


「じゃ、お願いね」


「う、うん」


 美夜子の肌は白く、まるで透き通っているような色で、それに触れてしまうだけで色がついてしまいそうで怖かった。

 柔らかく白い、だが温かい肌に触れて私は美夜子の体を洗う。


「……んっ」


 美夜子は押し殺した声にはならない声を出していた。恐らく、くすぐったいのではないだろうか?

 私はその反応が面白くなり、脇腹を中心に手を動かし始めた。


「わざとでしょ!」


「バレた?」


 怒られた私は、恐る恐るメインディッシュの胸へと手を伸ばした。


「や、柔らかい!」


「もう……自分にもあるでしょ?」


「これ、どれくらいあるの?」


「……Hくらい」


 私は少し目眩がした。Hカップ……予想の一つ上を行った。


「陽菜もDはあるんじゃない?」


「残念、Cだよ」


 美夜子は何度か手を当てて、入念にチェックしていた。


「そっか……」


 私は少しむすっとしながら、美夜子の胸を突ついた。


「な、何するのよ!」


「おっきいのって、やっぱり疲れるんでしょ?」


「うーん……まあ、そうかもね」


 美夜子はそう言いながら、肩を揉んでいた。

 それを見て私は、再び胸を突ついた


「もう!」


 美夜子はシャワーヘッドを奪うと、自分で体についた泡を流した。


「湯船、入るよ!」


 美夜子は私の腕を掴むと、湯船に片足を突っ込んだ。


「そ、そんなに引っ張らなくても!」


 私はバスタブの縁で脛を打って、少し痛みに悶えながら湯船に入った。


「ごめん……」


「いいよ」


 美夜子と三角座りで向かい合う。つま先が触れる度、少し変な気分だ。

 美夜子の透き通った肌に、入浴剤が白濁させたお湯が絡む。


「どうしたの?」


「いや、人とお風呂に入ったことないから」


 照れる美夜子を見て私は悶えていた。

 その恥ずかしがる表情、少し小さくなった体がなんとも可愛い。


「なによ」


「いやー、美夜子って可愛いよねって思って」


「……もう」


 美夜子は私の足を掴むと、そのまま引っ張った。


「うわ!な、何するの!」


 私の体を美夜子はそのまま引き寄せた。


「捕まえた」


「え? ちょ、ちょっと!」


 ギュッと抱きしめられた私は、ただただ頭の中が真っ白になっていた。

 ぶつかるお湯と、美夜子の体温が蕩けるように混じり合う。

 ただはっきりと分かるのは、美夜子の柔肌の感触だった。


「私、元々筋肉質なんだけど、ここだけは柔らかいんだよね」


 美夜子はギュッと胸元を押し付けてくる。


「コンプレックスとか言ってなかったっけ?」


「今となれば武器になる。これも陽菜のお陰ね」


 感謝のハグなんだろうか?

 その前に私の体がへし折られてしまいそうで……。


「わかったから!とにかく話して!」


 水飛沫が上がる中、私はできるだけ美夜子から距離を取った。


「……今日、寝込み襲わないでね?」


「もちろん、寝込みとは言わず、その前から……ね」


「何する気だ!」


 私は立ち上がり、湯船から出た。


「もうあがっちゃうの?」


「私、元々シャワー派だし」


「そう……」


「私に気を遣わなくていいよ。もう少し入りたければ……」


 美夜子は私の言葉を皆まで聞かず、立ち上がった。


「いい」


 バスタオルで体の水気を拭き取ると、美夜子は持参していたボディークリームを塗っていた。


「それ……私と同じやつだ」


「雑誌で言ってたやつでしょ?」


「まあそうだけど……」


 私は棚の扉を開け、ストックのものを美夜子に差し出した。


「これ。紹介したらメーカーさんがいっぱい送って来たから」


「あ、ありがとう……なんか、芸能人っぽいね」


「どこがだよ……」


 スキンケアを一通り終え、お互いの髪を乾かしあってからリビングへと戻った。


「あら、意外と早かったわね」


「うん。わー、美味しそう」


 テーブルに並ぶ料理に私が、涎を垂らしていると、美夜子は「すみません」と何故か謝っていた。


「いいのよ。あ、一応、玖美子ちゃんに連絡しておいたわよ。なんか黙って来たんじゃないかって予感があったから」


「お母さん、なんて言ってましたか?」


「陽菜にサイン貰って来てって」


 私はそれを聞いて「色紙あったかな? なければ美夜子のほっぺにでも書くか」と言った。


「そんな訳にはいかないでしょ。ちょっと待ってて」


 お母さんは、和室の箪笥の引き出しをいくつか開ける。

「あった、あった」と言いながら、大量の色紙を持ってきた。


「そ、そんなにあるの?」


「だっていつどこで欲しいって言われるか、わからないでしょ?」


 私は渋々色紙とペンを貰い受け、サインを書いた。


「宛名とかどうする?」


「『立山道場さんへ』って言ってたわ」


「了解」


 私がサラサラ書いているのを、美夜子は目を輝かせてそれを見ていた。


「そんなに珍しいかな?」


「サイン会とかはテーブルを挟んで正面からしか見れないから、こんなに間近で見れることないじゃない」


「美夜子にも書いてあげようか?」


「じゃあ『みゃーこさんへ』って宛名にして」


 それを聞いたお母さんが「みゃーこ?」と首を傾げていたが、私はそれが美夜子のSNSでのユーザーネームと知っていた。


「はい。大事にしてね、みゃーこ」


 美夜子はオタク特有の身悶えと、どこから出しているのかわからない雄叫びを上げていた。


「み、美夜子ちゃん、ご飯食べましょ?」


「はっ!ご、ごめんなさい……」


 我に帰った瞬間の美夜子が、とても可愛かった。この表情を見せられないのがなんとも悔しい。


「二人が出てくるの計算して揚げたから、まだサクサクよ」


 お皿に盛られた唐揚げを、体が欲しているのがわかる。

 お風呂で汗をかいた分、水分と塩分を欲している。


「美夜子?」


「陽菜はレモン絞る派?」


「ああ、こうやって大皿に入ってる時? 私は取り分けてからかけるけど……それにレモンがかかっていない唐揚げも食べたいし。あくまでも味変って楽しみ方と捉えているよ」


「よかった。私もそうなの。でも、うちではお父さんが全部にかけちゃうから」


 美夜子はまるで、初めて理解者に巡り会えたかの様に喜んでいた。

 白米も味噌汁もサラダもセッティングされ、お母さんも席に着いて食事が始まった。


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