第7話 お泊まり会

「あら、美夜子おかえり。そちら……」


 美夜子のお母さんは私の顔を見て、少し何かを考えた後に「陽菜ちゃん!?」と、驚きの声を上げた。


「えっと……美夜子さんの友人の咲洲陽菜と言います」


 私は深々と頭を下げ、敷居を跨いだ。

 美夜子のお母さんは私に向かって会釈をし、慌てて家の中に入って行った。


「と、とにかく、早く私の部屋に」


 美夜子は少し慌てた様子でそう言うと、私の手を引っ張った。美夜子の部屋に入ると、美夜子はすぐに「ちょっと待ってて」と言い、部屋に私を待たせて裁縫道具を取りに行った。

 少しして美夜子は戻ってくるやいなや、大きなため息を吐いた。


「お母さんのせいで道場まで大騒ぎになってる」


「大変だね……」


「それは陽菜がでしょ? 多分、部屋を出るとすごいことになるよ。まあ流石と言えばいいのかわからないけど」


「そりゃ、朝ドラから月9まで出てましたからね」


「自慢?」


「たまにはしとかないと」


 私は裁縫箱から手頃な針と糸をチョイスして、美夜子にブラウスを脱ぐように言った。


「……何か着たら?」


「いい」


 なぜか美夜子は上半身下着姿で私がボタンをつける様子を窺っていた。

 私はチラチラ美夜子の方を見て、その胸の谷間や、その立体感に興奮していた。が、作業は滞りなく進みあっという間にボタンは着いた。


「また負荷がかかりそうだからしっかり目に付けたよ。もしかしたら、ボタン掛ける時少し固いかもだけど」


「うん、ありがとう」


 美夜子はブラウスを受け取り、そのまま折りたたんでそばに置くと、私に胸を当てがうように抱きついた。


「ずっと見てたでしょ?」


「気付かれてたか」


「触る?」


「いいの?」


 美夜子が頷くのを見て私はそろりと手を伸ばした。


「やっぱりダメ。手つきがエロい」


「なんで!美夜子の胸の方がエロいじゃん!」


「これは仕方ないじゃない!陽菜の手つきはなんか下心しかない!」


「ぐぬぬ……」


 私は触るのを断念し、無理やり押し倒してキスをした。


「むぅ……っ」


 驚いた美夜子の声が私の口の中に伝わる。


「……はぁ。お仕置きだよ」


 美夜子は床に寝たまま少し上がった呼吸を整えていた。


「もう……いきなりなんて、しかも押し倒してまでする事ないじゃない」


「嫌だった?」


「ううん、なんか興奮した」


 私はスマホの通知に気づき、ロック画面の時計を見て「ごめんそろそろ帰らないと」と美夜子に告げた。


「もう?」


「あんまりお母さんを一人にしたくなくて……」


「まだ不安定なの?」


「それもあるけど……単純にそばに居てあげたいなって……」


「……私も行っていい?」


 美夜子はそう言うと私をキツく抱き締めた。


「私も、陽菜と離れたくないから……傍に居たい」


「……」


 私はイエスもノーも言わず、その抱擁をただ黙って受け入れていた。


「泊まっていい?」


「え?」


「なんか、家に居たら質問責めされそうで嫌だから」


「ああ……なるほどね。今からお母さんに聞いてみる」


 私はお母さんにメッセージを送ると、あっさりOKが帰ってきたことを美夜子に伝えると、美夜子はそそくさと荷物の準備をし始めた。


「さ、行こ」


 美夜子はボストンバッグとスクールバッグを肩に掛けて立ち上がった。

 私はそれをただ唖然と見ていた。


「す、すごい行動力だね……」


「これくらい普通でしょ?」


 私は美夜子のスクールバッグを持ってあげて、こっそりと部屋を出た。

 玄関を潜り外に出ると、美夜子は急に走り出した。


「なんか、家出しているみたいで……ワクワクするね」


「なんでそんな……重たいの背負ってるのに」


 私は今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。

 そういえば、体育の授業なんて出たことない。体力なんてあるわけがなかった。

 結局、美夜子は自分のスクールバッグも持って私の自宅マンションまで歩いていた。


「ごめんね……」


「何が? 私の荷物だし、そもそも私持ってなんて言ってないし……」


「……カッコつけたかっただけだよ」


 美夜子は私を嘲笑いながら、後ろを付いてくる。

 マンションのオートロックを解除してエントランスに入ると、丁度エレベーターが降りてきて一人の男性が中から出てこようとしていた。


「……お、お父さん?」


「陽菜……」


 私は胸騒ぎがした。もしかしたら、もしかしたらお母さんと会ったんじゃないかって。


「まさか、お母さんに会ったりしてないよね? そう決めたはずだけど」


「もちろん……どちらかといえば、陽菜に会いに来た。どうして芸能活動を休止してるんだ? なにか病気だとか、そういうものか?」


「……ふざけないでよ。あんたのせいでしょ!」


 私は普段使わない少し乱暴な口調で怒鳴った。それに美夜子も父も驚いていた。


「あんたが、宮原さんと不倫なんてするから……!」


「それは……」


「信用出来ないよ……事務所も何もかも。だから休んだの。本当は辞めたかったけど」


 肩を落とした私を支える美夜子の表情は、戸惑いに包まれていた。


「あの……他人の私が口を挟むような事ではないかもしれないですが、陽菜に会いに来たって、他に用があったからじゃないですか?」


「ん、ああ。これを返しにな」


 父はジャケットのポケットから鍵を取り出した。


「本当は郵送とかでも良かったのかもしれない。弁護士に預ければよかったのかもしれない。だが、自分の手で返したかったんだ。可笑しいだろ? まるでまだ未練があるようで」


「なんでエレベーターから出てきたの?」


 私はキッと父を睨みながら問うた。


「どうしてだろうか……さっき言ったみたいに、未練があるのだろうな……。気づけば昔みたいにエレベーターに乗り込んでいた。だが、安心してくれ。恭子には会っていない。上がってすぐ降りてきた。それは、信じてくれないか?」


「まあ……お母さんに聞けばわかるから。もう二度と、このマンションに近づかないで。これは約束でもない。法的な制約があるから」


「わかっている」


 私は鍵を受け取ると、美夜子に支えられながらエレベーターに乗り込んだ。


「ごめんね。みっともないところ見せちゃって」


「ううん。それより大丈夫?」


「うん。ありがとう」


 私は美夜子に体を預けながら、自宅のある十二階に着くのを待った。


「おかえりなさい」


 お母さんはいつものように私を出迎えてくれた。この様子から、父とは会っていないのだろう。


「あら、美夜子ちゃん? 大きくなって……」


「お久しぶりです。恭子さん」


「懐かしいわね。あの時、全くできなかった私の相手をしてくれてね」


 私はそそくさとリビングに行き、ソファーに沈み込んだ。


「陽菜、美夜子ちゃんの前でみっともない姿見せないの」


「えーいいじゃん、家なんだし。家の中でくらい普通の人になっていいでしょ」


「もう、制服シワになるから着替えなさい!あぁ、ごめんね美夜子ちゃん」


「い、いえ……なんか意外な一面が見れたんで」


「そう?」


 私はむくりと体を起こすと「週刊誌にリークしちゃ駄目だからね」と、美夜子に言った。


「それにしても、丁度お買い物途中に連絡あったからよかったわ」


「すみません……急に」


「いいわよ。陽菜が友達連れてくるの、初めてだし。美夜子ちゃんっていうのもあるしね」


 私はムスッとしながら、テレビで夕方のニュースを見ていた。最近流行りの通り魔事件。有名人の結婚と離婚。ある意味、こういうニュースしかないのは平和の証拠なのかもしれない。


「先にお風呂入る? もう沸かしてあるわよ?」


 お母さんのその問いを聞き、美夜子は私を見た。


「え、どうしようかな」


「陽菜に任せる」


 私達の様子を見たお母さんは「二人で入ったら?」と、満面の笑みで言った。


「まあ、別に女の子同士だし……一緒に入ろうか?」


「う、うん……」


 美夜子も私も、緊張している様子が見て取れたからか、お母さんは私達を見てクスクスと笑っていた。


「そうそう、新しい入浴剤買ったからそれ使ってね」


「うん、わかった。そうだお母さん。これ、えっとポストに入ってた」


 私は嘘をつきながら、制服のポケットから鍵を取り出した。


「鍵?」


「多分、お父さんの」


「そう……」


 私は少し心配そうにお母さんを見てから、脱衣場に向かった。

 美夜子が「大丈夫なの?」と、訊いてきたが「多分、大丈夫だよ」と、私は答えて、制服を脱いだ。


「しまった。ブラウスの替えを持ってくるの忘れた」


「じゃあすぐ洗う? 乾燥機使えば大丈夫だろうし。てかニーソックスは持ってきたの?」


「それは、うん」


 私はなんでニーソックスは持ってきて、ブラウスを忘れたのか面白くて笑いそうになっていた。


「……笑いたければ笑えばいいじゃない」


「いや、そんなつもりはないんだけど……あ、ついでに私のも洗っておこう」


 私は慣れた手付きで洗濯機を操作し、洗剤と柔軟剤を投入した。


「これで乾燥まで一気にやってくれるから」


 私は美夜子を見ると、お互い下着姿だったことを失念して、思わず「わぁ!」と声を上げてしまった。


「……?」


 美夜子は首を傾げて、私をただ見ていた。

 そうか美夜子は、さっきのボタン付けの最中、私に下着姿を見せてたなと思いつつ、やっぱりボリューミーな美夜子の胸元を私は凝視していた。



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