第6話 放課後の教室で……
殆どのクラスメイトは撮影の野次馬と化していたようで、どうやら美夜子もその流れであそこに来ていたらしい。
教室へ入ると、今度は私の元へ人集りができていた。
今人気の早川唯と友達であること、それに美夜子とのこと。皆んな、今まで訊きたいけど訊けなかったことを次々と質問してくる。
私は笑いながら、答えられないことに対応していた。
「ごめんねー、やっぱり言えないこともあるからさ」
デリカシーがない男子は、私のファーストキスについて質問を投げてくるが「美夜子だよ?」と、私は真顔で答えた。
しかし、それは本当のことだったからだ。撮影では上手くしてるように見えるように撮影をしていた。隣の窓際の席を見ると、美夜子は顔を真っ赤にしていた。
私は昼ご飯を食べ損なっていた事を思い出したが、この状況で、残りの休憩時間でどうも食べられそうにないので、お弁当箱は出さずに水筒のお茶を飲んだ。
予鈴が鳴ると人集りも解けて、私は一つため息を吐いた。
「陽菜……大丈夫?」
「うん。大丈夫だよ」
「そうじゃなくて、お昼、食べてないんじゃない?」
「まあ……大丈夫だよ。慣れてるし」
私はそう言うと教科書を取り出してから、嘶くお腹を擦った。
午後の授業は、満たされた胃袋が誘う夢の世界へと、後ろ髪を引かれながらこなすことが多かったが、今日は空腹により胃袋から来るデモ隊への対応に追われていた。
なんとか放課後になり、教室には数名残っている中、私は食べ損なっていたお弁当を取り出した。
「……私、お昼陽菜と食べようと思ってたのに」
「皆んなと食べればいいじゃん」
私はウインナーを口に運びながらそう言った。
「だって……」
「意外と子どもっぽい所あるんだね」
美夜子は鞄からお弁当箱を取り出した。
放課後の教室で、私達だけお弁当タイム。少し癖になりそうだが、空腹を我慢するのがネックだ。
教室には私達以外誰も居なくなっていた。美夜子の机に私の机をくっつけ、並んでお弁当を食べた。時折触れる、美夜子の体から伝わる体温がどうも愛おしい。
気がつけば、ずっと肩を寄り添い合ってお弁当を食べていた。
「あれ、まだ残ってる子居るの?」
上坂先生が教室を覗くと私達に気づき、なにか見てはいけない物を見るように、出席簿で顔を隠していた。
「ふ、ふたり近すぎませんか?」
「え? こんなものじゃないですか?」
もしかして、上坂先生は恋愛耐性が低いのか?
「ひ……咲洲さん、お昼はさすがだったわ。そうそう、益岡さんも後でお礼が言いたいって言ってたわよ」
「あ、まあ……あれくらいというか、大した事ないですよ」
私はそう言い、美夜子を見ると美夜子は首を傾げていた。
「それにしても、なんだか忘れていました……あなたがテレビに出てた人だってことを」
「そうなんですか?」
私は箸を進めながらそう聞いた。
「なんというか、悪く思わないで欲しいんですけど、特別キラキラしてるとかがないので、つい忘れてしまうというか……まるでそういう女の子を演じてるような」
私はその言葉にハッとさせられた。
確かに私は普通の女の子を演じていたのかもしれない。それが、逆に周りとの壁になっていたのかもしれない。
なぜなら、それにより、私を芸能人として扱うのがタブーと言っているようなものであり、そりゃ扱いづらい存在になる。
「陽菜はもっと自然体になった方がいい。ずっと見てたけど、無理に普通を演じてるようには見えてた」
「……それ、もっと早く言ってよ」
「咲洲さんは中学の時、ほとんど教室で授業を受けてなかったですもんね」
「え? はい……よく知ってますね」
私がそう訊ねると、上坂先生はハッとしたように口もごんだ。
「い、いやですね……そう入学生の資料をね……」
「何か隠してますか?」
「……実は、中学の時の咲洲さんの担任、私の義兄なんです」
世間は狭いと感じたことが、これまでに何度かあったが、あの時の担任の浜中先生が上坂先生の姉の旦那さんだったとは……。
「それで中学の時のことを?」
「ええ……お
「別にいじめがあったとかじゃないんで……単純にあんまり顔を合わせなくて気まずいから、私がそうしてもらっただけですから」
私はそう補足を入れて食べ終えたお弁当箱を片付けた。
「実はずっと不安だったの。咲洲さん、あんまり馴染めてないからどうしようかって色々学年主任と話したりしてたのよ? 私も担任受け持つの2回目だし、それに1年生の担任は初めてだし……」
「なら安心してください。私もなんか今日の撮影でどう立ち回ればいいかわかったんで」
「そうやってすぐ演じようとする……」
「……立山さんもなんだかんだ皆んなと仲良くなれてよかったですね」
「え、わ、私は……別に」
「美夜子、照れてる?」
「う、うるさい!いいから、早くしないと帰りのバス出ちゃうよ!」
美夜子はお弁当箱を片付けると、鞄を肩に掛けて立ち上がった。
私は机を元の定位置に戻して同じように鞄を肩に掛けた。
「二人とも、気をつけて帰ってくださいね。戸締りは私がしておきますから」
上坂先生に見送られて私達は教室を後にした。
学校近くのバス停には、同じ制服の男女が一組ベンチに座っている程度で、下校ラッシュはとうに終わっていた。
「日も長くなってきたね」
「そうね……ちょっとどこか寄ってく?」
美夜子の提案に私は難色を示した。大きな商業施設とかに行くのは苦手だ。
私は美夜子の自宅最寄りの停留所で一緒に下車した。
傾き色づき始めた太陽が西の空にある。心地よい風が吹き抜けて、街路樹の青い若葉達を揺らし擦らせ、隣の美夜子の髪を靡かせた。
美夜子は髪よりもスカートがあおられることを気にしていた。
少し歩いて、池のある少し大きめの公園に入った。
ベンチに座る美夜子に、自動販売機で買った飲み物を手渡す。
「陽菜は……コーヒー? しかも微糖?」
「微糖がちょうどいいんだよ」
美夜子は甘いカフェオレ。しかも微糖よりも容量が多い。
「程よい春の陽気って感じだね」
私はとっくの昔に散って青々としている桜の木を見て言った。
池のそばのベンチに腰掛けている美夜子を見遣ると、こちらを見て微笑んでいた。
「ど、どうしたの?」
「なんか、改めてこうして一緒にいるのって信じられないなって……」
美夜子にとって、私という存在はテレビの中に殆どいた。
幼い頃に出会いはしたが、そこで強い結びつきができたわけではなく、気づけば私はテレビの向こうにいた。
「再会できた、それだけでいいかなって思ってた。少しお喋りして、あの時一緒に遊んだって言えれば、それだけでいいやって。でもなんか、日に日に好きだなって思うようになった」
「……そうすぐ再燃しちゃうかなぁ」
「図書室であんな事なかったら多分、ずっと話さずにいたんだろうけど、なんかこう、堰が切れたように溜め込んで抑えてたものが溢れ出た感じ」
「そっか……私も罪な女だなぁ」
私は足元をバタバタさせて空を見上げた。
「実はね、活動休止した理由って、お父さんとマネージャーの不倫が原因なの」
「……えっ!?」
「私もお母さんも気付かなかった。昔からお父さんは現場に来てくれたりしてたけど、まさか不倫相手との逢瀬の為だなんて思ってなかった。それで相手が妊娠して、離婚ってなって……それが去年の夏頃。暫くはお母さんも精神的に不安定になってて、それで仕事やめようって思って」
美夜子は私の話に驚いていたが、少し難しい顔をした。
「でも……マネージャーさん変えてもらったりして続けたら……」
「ううん。問題はそこじゃなかった。私、お母さんと一緒にいたいって思ったの。それに、学生生活を謳歌したいってのもあった。丁度いい口実だった。流石に所属社員の不始末だから事務所も強く言わなかった」
美夜子はややあってから「お父さんとはそれっきり……?」と、訊ねてきた。
「うん。あとは慰謝料の話し合いで最初ちょっとだけ、お母さんとじゃなくて私と。もちろん、弁護士さんも一緒だったけど。もうそこで代理人同士で話すって決めたから、それ以来会ってない」
「そうなんだ……」
美夜子はそう言うと、私を抱き締めた。
私は何より美夜子の大きい胸が私を圧迫して苦しいので、美夜子をはがそうとした。
「い、いきなりすぎる!てか、ここ外だし!」
「でも、健気に頑張った陽菜をなんか抱き締めたくなって……」
「それは嬉しいけど……」
私は残りのコーヒーを飲み干し、ゴミ箱に缶を捨てに行った。
再びベンチに座り直すと、美夜子は優しくこちらを見て微笑んでおり、その頬は陽に照らされていたからか、少し紅潮しているように見えた。
「……美夜子って肉付きいいよね。脂肪というより、筋肉かな」
「昔から……道場で鍛えてたから」
美夜子は恥ずかしそうに自分の上半身を抱き締めた。
「いやそこよりも、私は太ももがいいなぁ」
黒いニーハイソックスの履き口が食い込み、辺りの肉がぷっくらしている様子を見て私は言った。
「脚太いの昔からコンプレックスで……」
「私は羨ましいかな? ほら、私って……」
私の細い太ももを脚を伸ばして見せると、美夜子は少し落ち込んでいた。
「私の方が羨ましいよ……陽菜、昔からスレンダーだったし」
「骨格もあると思うけど……あと美夜子背が高いじゃん。それも私、羨ましいなポイントなんだよね」
「陽菜は標準より少し高いくらい?」
「そうだね」
私達は立って背比べをした。
「確かに……」
「あんまり近寄ると胸が……」
「変態」
「そんなデカいのぶら下げてる方が変態だよ」
「馬鹿!」
美夜子は私の胸を突いた。
「……陽菜、着痩せするタイプ?」
「なんで?」
「見かけの割に、柔らかかったから」
「馬鹿にしてる?」
「してないけど……」
私は思いっきり美夜子の胸を揉んだ。すると、ブラウスのボタンが一つ弾け飛び、私の頬に直撃した。
「だ、大丈夫?」
「う、うん……帰ろうか。そのままじゃあれだし」
「そうね……とりあえず家に来て」
美夜子は恥ずかしそうに胸元を隠して、鞄を胸に抱えて歩き始めた。
「なんかお気に入りのぬいぐるみ抱いてるみたい。可愛い」
「可愛くなんかない」
「あ、ボタン付けるの私がやるから。こう見えて手芸は得意なんだ」
「……私が手芸苦手なの知ってたの?」
「え? 知らなかったけど」
そう話しているうちに、昨日来た立派な美夜子の自宅に着いた。
道場から聞こえる気合の入った声と、門が開く音。
美夜子が先に敷居を跨ぐとそこには美夜子のお母さんが、アプローチにある花壇の手入れをしていた。
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