第5話 本当の気持ちは分からずじまい

 翌日、いつものようにバスに乗って学校へ向かう。

 最寄りのバス停でバスに乗り込んだ私は、割と空いている路線のため難なく座ることができた。


「隣、いいかしら?」


 二つ先の停留所で乗り込んできた、黒髪ロングの背の高い肉付きの良い女性。同じ高校の制服を着た立山美夜子がそこにいた。


「え、美夜子? てか、メガネは……」


「今日は、ちゃんとしようかなって……とうか、あのメガネ伊達メガネというか、ただのブルーライトカットメガネだから」


 私の承諾を得ずに、空いていた席に座る美夜子。私は怪訝そうな顔で美夜子を見ると、美夜子は私の手を握ってきた。


「私、いつもこのバスに乗ってるんだけど美夜子に気づかなかったよ」


「そうよね、だって陽菜はいつも窓の外見て、乗ってくる客のことなんて気にしてなかったじゃない」


「だけど、そうしないと私一応は有名人だし……」


 美夜子は少し笑うと、私に体を寄せた。


「ちょっと重いんだけど……」


「カーブだからしょうがないじゃない」


 確かにカーブに差し掛かったところだが、明らかに体重移動させるにはタイミングが早かった。


「あ、そうだ。美夜子、メッセージのID教えてよ」


「いいけど……交換してなかったわね」


 私は美夜子のIDを検索窓に打ち込んで美夜子を探し出す。


「このアカウント名……」


「どうかした?」


「ツブヤイターのアカウント名と一緒?」


 私のツブヤイターの呟きによくコメントをつけてくれていたアカウント。爆速で反応するから、私はよく覚えていた。


「意外……認識されてるとは思わなかった」


「まあ、いつも怖いくらい早く反応するからね」


 私は苦笑いを浮かべると、美夜子は少し嬉しそうだった。そうこうしているうちに、学校の最寄りの停留所に着き、私達はバスを降りた。

 とはいえ、ここから、二十分程歩かなければいけない。いつもは一人で音楽を聴きながら歩いていたが、今日は美夜子がいる。


「私、夢みたい」


「何が?」


「咲洲陽菜と一緒に登校するって……なんか不思議」


「ねえ、美夜子は私のファンなのか、幼馴染なのかどっちなの?」


 幼馴染は少し言い過ぎたか、そう言っても数回、あの公園で遊んだ仲なのだから。


「どっちも、なんならまだ告白の返事待ち中」


「あれ、本気だったの?」


「当たり前じゃん」


 私は美夜子が歩幅を合わせてくれていることに気付く。身長15センチ差なのだから、もっと歩幅が広くてもいいだろうが、美夜子はずっと私に合わせてくれている。


「美夜子はさ、私のどこが好き?」


「全部。その容姿も、性格も好みも」


「嫌いなところは?」


「はっきりしないところ」


 痛いところを突くなと私は思った。それが図星だったからだ。

 美夜子の申し出に私はどう考えてもOKを出すはず。どのルート分岐を選んでも、美夜子ルートなはずなのに、選択肢を選ばない状態で止まっている。


「昔とイメージが違うから、難しいところなんだよね……男の子って思ってた美夜子には幼いながら初恋をしていたんだと思う。けど……今はなんというか」


「私じゃダメ?」


 気持ちに正直になるべきなのだろうが、私は決心がついていない。

 それが果たして正解なのかも分からない。

 もし今後、芸能界に戻るとすれば、波風立てない方がいいはず、だけど同性だからなんとか誤魔化せるかなど、様々なことを考えていたが、面倒になり私は自分に素直になることにした。


「正直に言えば、まだ美夜子のこと完全に知ったわけじゃない。それに、美夜子も私のことを知らないと思う。嫌なところとかも出てくる。でも、それを知っていくのが付き合うことだとしたら、私は美夜子と付き合いたいよ」


 美夜子は足を止めて、こちらを見て顔を赤くしていた。


「どうしたの?」


「まさか、本当にOK貰えるとは思ってなかったから」


「断ると思ってた?」


「ううん、はぐらかされるかなって」


 私は美夜子の手を取り「早く行かなきゃ遅刻するよ」と、その手を引き歩き始めた。

 その手は熱く、美夜子は終始顔を伏せたままだった。

 そのまま校門を潜り、下駄箱で上靴へ履き替えると、教室へ向かう。手を繋いだままお互いの席に行くと、その様子を驚きの目でクラスメイト達は見ていた。

 その驚きというのは、私達が手を繋いで入ってきたことと、恐らく、私と一緒に来たのは誰か、皆わかっていないのだろう。

 ざわつく教室に上坂先生が入ってくるや否や、美夜子を見て少し驚いていた。


「はい、静かにして。出席取るよ」


 五十音順に名前を呼ばれる。美夜子の番になった時に、皆がそれを立山美夜子と認識した瞬間だった。

 私が言うのもなんだが、美夜子は恐らく学年トップの美貌だ。

 これも私が言うのもなんだが、私のような可愛らしさと言うよりはその肌の白さを綺麗な長い黒髪が引き立てて、キリッとした目つきと筋の通った鼻、程よくふっくらした唇。何よりGは軽くある豊満なバストに、黒いニーハイソックスが太ももに食い込んでるのも、私的ポイントが高い。

 昼休み、美夜子はクラス内の人気を一気に得て、私は一人ポツンと取り残されてしまったかのようだった。


「あはは……」


 少し青ざめながら私は教室を出た。

 トイレでため息を吐いていると、足音が聞こえて私はそれが気になった。


「立山さん、いきなりどうしたんだろうね」


「多分、陽菜ちゃんじゃない? 手を繋いで登校してくるくらいだから、なんか弱みでも握られたとか」


「陽菜ちゃんがそんな女王様気取りなこと、するかなぁ」


「芸能人だもん。我儘かもしれないじゃん」


「まあ確かに、なんか距離あるし、私達を下に見てるっていうか……」


「そんなことないと思うけど……でも、立山さんはカッコいい系だから、可愛い系の陽菜ちゃんとお似合いとは思う」


「それな」


 メイクを直しに来ただけの女子がその場をさると、私は個室から出て行った。


「酷い言われようだな……」


 手を洗いながらそう言うと、ハンカチで手を拭いて、私は教室へ戻った。人集りはいまだに美夜子の席周辺にできており、私の席も飲み込まれていた。

 私はため息は再び吐き、廊下に出る。

 校内を彷徨いていると、後ろから呼び止められた。


「陽菜ちゃん、久しぶり!」


 そう言って抱きついて来たのは、私と同い年で同じ時期にデビューした盟友である早川唯だった。


「まさかこんな所で会えるなんて……」


「ゆ、唯? なんでうちの高校に?」


「取材だよ。私今ね、スポーツ番組でコーナーやってて、この高校のバスケ部の取材で来たの」


 確かに、バスケ部は公立高校ながら全国大会へ出場したのは聞いているが……。


「ね、石黒さん、折角だから陽菜ちゃんにも出てもらいませんか?」


「ちょっと唯、何勝手に話進めてるのよ。それに事務所に話通してもらわないと……」


「いいよ、出ても」


 石黒ディレクターの奥から見覚えのある男性が姿を現した。


「しゃ、社長……」


「自分の通う高校の紹介くらいしても、ギャラも発生しないし別に構わないよ」


「でも私、バスケ部とは関わりないし……」


「それなら今から打ち合わせするから、一緒に来て。昼休みも始まったばかりでしょ?」


「……まあちょっとだけなら」


 私は断り切れず唯の後について行った。

 バスケ部のマネージャーが緊張で貧血を起こしており、ベンチで横になっているのを私は横目に見ていた。


「元々、益岡さんが作ってた台本があるから、参考にして」


「あ、ありがとうございます」


 倒れていたマネージャーの益岡彩花の手書きの台本。元々、テレビ局側との折衝を行なっていたため、コーナーの流れは把握しており、自分なりに立ち居振る舞いを考えたのだろう。


「でもこれ、バスケ部マネージャーとしてって設定は厳しい気がします。この際、私の名前でどうにか演出ってできますか?」


「そうだね、その方がいいだろう。変に勘違いされたら嫌だから、咲洲陽菜の名前を使うほうがいいだろう」


 社長がそういうと、石黒さんは頷きながら台本に書き込む。


「じゃあ、私の友人である陽菜ちゃんが通ってる学校ですって導入にしますか?」


「そこまで大っぴらにするのは、学校側の許可がいるんじゃないの?」


「それはさっき交渉してきた」


 流石は社長だ……というか、この現場になんで社長が……?

 そこからいくつか打ち合わせし、撮影を始める。

 本来だったらマネージャーへのインタビューシーンが、私へのインタビューに変わり、撮影が始まると、私も不思議と芸能人スイッチが入った。

 私は知らなかったが、結構前からこの撮影があることは学内で周知されていたらしく、野次馬が群がっていた。


「え、あれ早川唯の隣にいるの、咲洲陽菜じゃない? リボンの色……一年じゃん!」


「本当に? ああいう衣装なんじゃないの?」


 そう言った声を受けながら撮影準備が整っていく。


「陽菜ちゃん、もしかして……」


「なるべく存在感消してるからね……面倒になっても困るし」


 唯の驚いた目に、私も驚いた。


「そりゃ、中学では浮いてたからね。ほとんど学校行けなかったし、慣れてるもんだよ」


「でも……まあ、陽菜ちゃんらしいか」


 何がらしいのか理解はできないが、とにかく、撮影が始まった。

 バスケットボール部については殆ど知識がなかったが、益岡さんの台本を資料代わりに、何を喋るかを選んでいった。

 なんの滞りも無く、撮影が進んで後は唯一人のシーンの撮影のみとなり、私は解放された。


「ありがとうね、陽菜ちゃん。というか、あえて嬉しかった。なんか現場とか近づかないのかなって思ってたから」


「いやいや、私今日撮影あるって知らなかったし」


 私は撮影スタッフ達にお辞儀をしながら挨拶をし、その場を去ろうとした。


「陽菜ちゃん!」


 唯が私に飛びつくと、私は蹌踉めいたが、なんとか唯を受け止めた。


「ど、どうしたの唯」


「私、陽菜ちゃんに戻ってきてほしい……本当はこの仕事も陽菜ちゃんにってオファーがあったものだし……」


「んー、今は無いかな。インプットする時間がほしいなって思ってたから、この機会に色んなことを学びたいんだ。勉学だけじゃない、人として成長したいんだ。だから……」


 私は唯の抱擁を解くと、一つ微笑んでみせた。


「でも陽菜ちゃん……」


 私は遠くで美夜子がこちらに視線を送っていることに気がついた。


「ごめん、また連絡するから。それじゃあ撮影頑張ってね、唯」


 私は半ば強引にその場を去り、美夜子の元へ駆け寄った。


「美夜子!」


「ひ、陽菜!?」


 私は美夜子の胸に飛び込んだ。美夜子はびくともせず私を受け止めた。

 周りの野次馬は、それに驚いた様子で、私とそれにこの高身長の美女が誰かという話題になっていた。

 私は、美夜子の手を引きその場を去り、教室へ向かった。

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