第2話 散歩中の公園で二人

 その声を聞いて美夜子はクスクスと笑う。


「な、何がおかしいの? 私のこと、芸能人だから知ってるってだけじゃないの?」


「もしかして……覚えてないの?」


 質問に質問で返されて私は美夜子の抱擁を引き剥がして距離を取った。


「覚えてないって、何のこと? 私、高校に入ってから初めましてだったと思うけど、もしかしてサイン会とかに来てくれてたとか? それだったら、ノーカウントじゃない」


「……ならいい。思い出したら、また話してくれたら」


 思い出す? 何を? 

 私は、必死に過去について考えようとしたが、それを時間が許さなかった。昼休みの終わりを告げるチャイムを聞きながら、二人急いで教室へと戻った。

 そこからはいつもと変わらず、最強の防御力を備える立山美夜子と、元芸能人の咲洲陽菜に戻っていた。

 ただ、私の頭の中を美夜子が占領していたので授業に身が入らず、気がつけば放課後を迎えていた。


 隣りの席を見ると既に空席だった。

 私は早過ぎるだろうと、鼻で笑ってノート類を鞄に詰めて帰路へ着いた。


「疲れた……」


「どうしたの陽菜、珍しいわね」


「うーん……なんか色々合ってね……」


 帰宅するなり、お母さんに今日の事を話した。


「立山さん……そう言えばお母さんが昔に護身術習いに行ってた合気道の先生も立山さんだったわね」


「へえ、お母さんそんなの習ってたんだ」


 私に教えるために習いに行ってたとお母さんは話してくれたが、私は習った覚えがない……。


「まあ珍しいってわけじゃない姓だし、偶然かもね」


「かなぁ……」


 私は思い出すヒントになり得ないかと思いつつも、その話を終えた。

 部屋に入ると、私は制服を一気に脱いでゲーミングチェアに放り投げた。

 下着姿のままベッドに倒れ込むと、冷えたシーツと枕の感触で、昼にされた首筋へのキスの感覚を思い出してしまった。


「……なんで?」


 私は何故か美夜子が恋しくなっていた。抱き締められたり、甘い言葉を囁かれたり、キスをしたり、散々芝居でやってきた。

 なのに今日のヤツはそれらとは全く違う、けど何が違うのか解らなかった。

 それを確かめたい。そんな気持ちと、また美夜子とそういう事をしたいと思う気持ち、それらが入り乱れて、狭い出口に人が殺到している満員電車のようだ。

 火照りのようなもの。それを取り除くのに私は散歩に出かけた。

 何気なく歩いていると、小学生達が公園で楽しそうに遊んでいる姿や、小さな子どもと砂場で遊んでいるママさん達がそこに居た。

 流石に、それに懐かしさを覚えることはなかった。が、羨ましさを感じていた。

 不遇な中学時代。今と同じように完全に浮いていた。周りは私を芸能人としか見ず、同級生とは誰一人として見てくれない。

 だから私は、授業に出ずに課題を熟すだけでいいと言われ、教室に行かなくて済んだことに安堵していた。

 学校行事は全て欠席。私は元からいないものとして体育祭や文化祭、遠足に修学旅行が執り行われた。

 だが、私も仕事をして楽しいこともあって、それは同級生には味わえないことだとわかっていた。それこそ持ちつ持たれつの関係ではないが、自分にない分、みんなにはあったかもしれないが、その逆も然りということだ。

 今の私はどうだろうか。結局、芸能活動を辞めても同じじゃないか……。

 少し色づいた空を見え上げて溜息を吐くと、全て自分に降り注いだ。

 近くの自販機で缶コーヒーを買い、公園のベンチに腰掛ける。

 まるでおじさんみたいだなと、私は思った。微糖の缶コーヒーも現場の差し入れで飲み慣れているし、こうやって黄昏ながら考え事をするのも慣れている。

 今は芝居について考えたり、台詞を覚えたりしなくていいが、決められた道筋で、決められた結末が用意されていることに慣れてしまっていた。

 だが、このままだと私は中学時代と変わらない。何かを変えないといけないんだと、自覚はあるが覚悟がなかった。


「陽菜……?」


 とても美人なお姉さんに声を掛けられた。変装もしてないし、そりゃバレるか……。


「……サインですか? 写真は事務所通してもらわないとダメなんで……」


「ふっ、あはは!」


 お姉さんは突然笑い出した。もしかして、私のギャグとでも思ったのだろうか?

 だが、声に覚えがある。私は少し考えた後、一つの答えに辿り着いた。


「美夜子……?」


「正解」


「てかなんで……と言うかまるで別人じゃない!」


 ちゃんとすれば、ここまで凄いことになるのかと私は驚いていた。私はちんちくりんな格好をしているが、美夜子の方が芸能人っぽい。


「家、近くだし」


「そ、そうなんだ。私もそこまで遠くないし……てか、そんなおめかししてデート? あー、やっぱり彼氏いるんだね」


「そんなのいるわけないでしょ」


「じゃあなんでそんな格好してるのさ!」と、私は美夜子に向かってツッコミを入れた。


「美容院行ってたから……メイクとかしてあげるって言われて、私も勉強になるからしてもらっただけだけど……」


「へ、へぇ……そうなんだー」


 うちの社長に連絡してあげようか迷った。隣りの席の地味な子が、とんでもないダイヤの原石なんですけど、と。


「でも服は……」


「制服で行くわけには行かないでしょ?」


「私服がそれ!?」


 もう私はお笑い芸人くらいのノリでツッコミを入れている。昔、バラエティで共演した、つくね師匠を思い出していた。


「それより、答えは出た?」


 どこかワクワクしている美夜子を見て私は「まだ見当つかないよ」と答えた。


「ヒントあげようか?」


「ヒント? 何かあるの?」


「うん。でも、条件がある」


「何?」


 私は恐る恐るそれを聞くことにした。


「これから家に来て。今日……親いないからさ」


「え、普通に嫌」


「なんでよ!?」


「嫌なものは嫌なの!」


 親のいない家に行くのはダメだって昔おばあちゃんの教えが……あるわけなかった。


「だって、何されるかわからないじゃない!」


「陽菜って意外とそういうの詳しいのね」


「は、はあ!? 常識でしょ!」


 私がそう叫ぶと、一瞬だけ公園内が静まり返った。


「あ……」


 視線が私に注ぎ込まれて子どもと遊んでいたママさん達も私の存在に気がついていた。


「ちょ、美夜子逃げるよ」


「え?」


 私は美夜子の手を引いて公園を後にした。

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