いつかの、夢の続きを
myacoichi
1.陽菜と美夜子
第1話 出逢う、そして惹かれ合う
私の名前は
所謂、子役。キラキラした世界とテレビの中の世界に強い憧れを抱き、小学二年生の頃に親に無理を言い、芸能事務所のオーディションを受けた。そして、つい最近の中学三年生の冬まで、芸能活動をしていた。
過去形ということは即ち、今はもうしておらず、一応の名目上は活動休止状態だ。
本当のところは一旦、芸能界と距離を置きたかった。なんなら完全に辞めてもいいくらいだったのだが、事務所の社長が戻りたくなった時に戻れないのは嫌だろうと、何故か気を利かせてくれて所属のままになっている。だから、活動休止だ。
よくある話でもある。学業に専念するということを私でもよく耳にした。
高校は家からそう遠くない七高を受験した。偏差値等も踏まえて、極めて妥当だと進路相談の時、担任にも言われた。
忙しい芸能生活と、勉強を両立させていた甲斐もあり、少しレベルを落とした高校だったため、首席で入学となった。
そして、いきなりの任務がまさかの新入生代表挨拶になるとは思わなかった。
どんな映画やドラマの撮影よりも、どんな舞台よりも緊張したが、何とか上手くこなせた。が、そこから、私の苦悩の日々は始まったのである。
もうゴールデンウイークも視野に入りそうな頃、私はクラスで浮いていた。というのも、まず、今時の子達の機微がわからない……。話についていけなかったりしているうちに、誰も私に話しかけなくなった。
恐らくだがこれは大人の中で育ってしまった弊害ではないだろうか。私は何事も「マジうける」と言って笑えなかった……。
しかし仲間もいる。というか、彼女は鉄壁のガードをし、誰も寄せ付けないオーラを纏っている上に、暇さえあれば小説を片手に過ごしている。
なるほど文庫本でもかなりの防御力があるものなのだな、と私はそれを感心していた。
窓際の彼女が、小説を片手にうつらうつらしている姿を先週見た。 極太の黒縁メガネに、若干ボサついた黒のロングヘア。傷んでいるわけではないが単純に整えていないだけだ。
如何にもな地味系のクラスメイトには、その絶対的な防御力の文庫本に隠れている、最強の武器がある。 ブレザー越しでもわかるたわわな胸だ。
早くから、大人の胸をよく見ていたため、私もいつかはああなりたいと願ったが、今はまだ力を溜めているのか、控え目過ぎる胸元に、よく溜息を吹きかけている。
そして彼女、
羨ましさで嫉妬することも忘れるくらい、地味子+巨乳+高身長という最高の要素を、私は常に隣りの席から摂取していた。
彼女がこちらを向くことはない。これまで約一ヶ月の間、観察を続けてきたが、一度も言葉を交わしたこともなければ、目も合ったことがない。どうしてここまでガードが固く、高いのだろうか、と私はずっと首を傾げ続けていた。
私は恐らく、恋をしたのだと思う。こんなに気になるということは、きっとそうに違いない。学生生活には恋愛が付き物だ。
私は今まで
行き先は図書室。流石は読書家。毎日図書室に来ていたのか。もしかして、ここに友人がいるとかか? それもと……好きな相手でも居るのだろうか……。
恐る恐る、私は図書室へ入る。オリエンテーション以来、初めて踏み入った図書室は静寂と沈黙に包まれており、流石は図書室だと感じた。しかし、人の姿は殆どなく、閑散としていた。
奥へと踏み入り、彼女がどこに居るのかを私は探っていた。
一番奥、最早人の目にも触れられないところに人の気配を感じた。
「ね、いいでしょ? 俺と付き合おうよ」
「……」
こんなところで、誰かが誰かを口説いている。こういうのは何処にでもあるのだなと私は小さな溜息を吐いた。
「折角さ、良いもの持ってるんだし、もったいなよ」
男の声が、明らかにいやらしい事を言っているように聞こえた。
私は本棚の隙間から、二人の姿を確認してみると、私の隣人が、別にカッコよくもない男に口説かれていた。壁ドンならぬ、本棚ドンされている。
「ね、俺モテるからさ、今しかないよ?」
「……」
彼女は黙ったままそれを聞いている。私だったら反吐が出るな。今すぐにでも蹴飛ばして嫌味の一つでも言いたくなる。
「一年生ながら、これは学校一だと思うけどな……」
私は忍の気分になった。距離を詰めて、傍まで移動し、ビハインドで二人の様子を伺った。その瞬間、男の手が彼女の胸に伸びようとしていた。
「何やってるの?」
その手が触れる直前に、私の方を見て彼女はそう言った。
私は驚気のあまり、上手い言い訳が思いつかなかった。
「え? い、いや、その……声が聞こえたから……」
「そう……先輩すみません。私、彼女と付き合ってるんで。男に興味は無いんです。他を当たってください」
彼女は私の手首の辺りを掴み、引っ張って歩いて行く。私は特に何も言わずにそれに付いて行った。
図書室を出てから、そのまま階段を駆け上がり、人気の無い屋上へ辿り着く私は解放された。
「別に助けてとは言ってないけど、お礼は言っておくわ……ありがとう」
私は彼女のその透き通って脳髄まで届くような声に驚いていた。
「咲洲さんがあんな所に来るなんて……」
「えっと、たまたま図書室って行った事ないからって……」
なぜか私の言葉を聞くと、少し残念そうにした。
春の風が吹き抜けると、私は乱れた髪を整えようとしたが、彼女はただ私を見ていた。
「立山さん……隣りの席だけど初めて話すね」
「私、馴れ合ったりするの苦手なの……」
「あー、私も……立山さんと同じかな?」
私がそう言うと「あなた咲洲陽菜のくせしてよくそんなこと言うわね」と彼女は言い返してきた。
正直なところ、ご尤もだと私は思った。芸能人をやってたくせに、馴れ合いが苦手というのもおかしい。そりゃ、一部の役者にいることはあるが、私はそうでもない。
「……名前、知ってたんだ」
「え?」
「一度も話したことないのに、名前、覚えてくれてたんだって」
「ああ……隣りの席だもん。それに、私、クラスに友達いないし……」
私は目線を落とすと、一歩、彼女は距離を詰めた。
「じゃあ、私がなってあげる」
私の顎を持ち上げられると、何をされているのか理解できなかった。間近で見る彼女の瞳の綺麗さと、肌の美しさ、そして何より淡いピンクの唇に目が行っていた。
そして気付けば、キスをされていた。私はその瞬間、頭頂部から釣り上げられるように、爪先立ちになってしまった。
「と、友達同士でキスはしないでしょ!」
「でも、初めてじゃないでしょ?」
「そ、そりゃ……お芝居でしたことあるけど……何というか私生活では初めてだよ。てか、それは今関係ないでしょ!」
「それに、私は別に友達になるとは言ってない」と彼女はそう言うと私を抱擁する。
私は驚きのあまり硬直していた。
「な、何!?」
「私が、あなたの恋人になってあげる……」
耳元で囁かれた瞬間、私の脳みそは沸騰したようにグツグツと音を立てるようだった。
「恋人……? 立山さんが?」
「恋人なんだから、名前で呼んでよ。陽菜」
私は再び頭のてっぺんから爪先まで一気に震え上がる。この声、どうしてこんなに官能的なんだろう……。
「え、ええっと……美夜子だったっけ?」
「よくできました」
美夜子はそう言うと、私の首筋にキスをした。
側から見れば、身長差だけで言えば、男女がそうしてるように見えるだろう。
私と15センチメートルも身長差がある。
「ち、ちょっと待った!私、付き合うとか言ってない!」
「そう……残念ね」
「そうだ、返事するにも時間頂戴。そう!話を持ち帰らせていただくってやつで……」
「優柔不断な人はあまり好きじゃない」
美夜子がそう言うと、私はすかさず「じゃあ私は嫌いってことかー」と冗談ぽく言うとさらに強く抱きしめられた。
「陽菜は好き。ずっと前から……」
「え?」
私はその言葉に困惑して変な声を出した。
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