シグザーの過去、寄り添う幸せ

「わぁ……結構重いんだね……」

「そうか?」

「うん。でも、なんかカッコいいな」


 銃を手に、ベレッタは楽しげに笑う。そんなベレッタの横顔を見ていると、俺まで楽しい気分になってくる。


「ねえ、シグザーは誰から銃を教わったの?」


 銃をじっくりと眺め終わった後、ベレッタは俺にそんなことを聞いてきた。


「……レミンだ」

「……その人って、昔一緒に住んでた人?」

「ああ」


 どう答えるか少し迷ったが、俺は正直に答えた。

 レミンとのことを話すのは、俺にとっちゃ自分の過去について話すようなもんだ。誰にも話したくねえことだった。

 だが、ベレッタには。俺のことを知りたいと言ってくれたベレッタには、話したいと思えた。


「……ベレッタ。お前は、俺の過去を知りたいか?」


 そう問いかけると、ベレッタは少し悩むような素振りを見せた後、真剣な目を向けてきた。


「うん。知りたい。シグザーが話してくれるなら」

「……そうか。少し長くなるが、いいか?」


 ベレッタは小さくうなづく。俺は覚悟を決めて、口を開いた。


「……俺はな、アンドロイドに育てられたんだよ。物心ついた時には既に、俺には家族がいなかったからな。俺はアンドロイドどもに保護されて、施設へ連れて行かれたんだ」

「……うん」

「施設での暮らしは、幸せだった。奴らは俺に、人並みの生活を与えてくれたからな。……だが、そんな暮らしの中でも俺は、満たされなかった」


 俺は一つ、ため息をつく。


「幸せなんだろうが、どっか物足りなかったんだ。それが何なのか、外の世界に出てみれば分かるんじゃねえかと、そう思った。だから俺は、施設を抜け出したんだ」


 俺は奴らから『テクノトピアの外の世界は地獄だ』と教えられてきた。だが、俺はどうしても外の世界を見たくなった。自分が満たされていない理由を知りたかった。


「……抜け出すまではよかったんだがな。ガキだった俺は、そっから先なんか考えてなくてよ。そのまま森で迷って、途方とほうに暮れて。そこに現れたのが、レミンだった」

「……そっか。レミンさんは、シグザーの恩人なんだね」

「ああ。レミンは俺を助けてくれて、家に住まわせてくれたんだ」


 ベレッタに頷きながら、俺は続ける。


「レミンと暮らすようになって、俺は本当の幸せってもんを初めて知った。初めて満たされた。レミンと一緒に笑うことが、過ごす時間が……俺にはすごく幸せだったんだ」

「……うん」

「だが、その幸せは長くは続かなかった。アンドロイドどもが、ソーシャライツ地区を支配しようとたくらんだんだ」


 地区の仲間たちは、黙って支配を受け入れるしかないと諦めてた。

 ……だが、俺は。


「俺は、奴らの言いなりになるなんて嫌だった。幸せな暮らしを失いたくなかった。だから俺は、独りで奴らと戦おうとした」


 俺は自分の感情に従い、単身で奴らの元へ向かった。自分の想いを奴らに叫んだ。


「やり合おうとしたところで、結果なんて分かりきってた。俺は奴らに殺されかけた。……その時、レミンが止めに来たんだ。レミンは、自分を身代わりにして俺を逃がそうとしてくれた。それでレミンは……奴らに連れていかれた。その日以来、ソーシャライツ地区に奴らは来なくなった。レミンとの取引で、奴らは地区に人間を引き込むやり方に変えたんだ。……だが、俺は後悔したよ。あんなことしなけりゃ良かったって。俺が反抗したから、俺が本当の幸せを知っちまったから、レミンは犠牲になった。全部俺のせいだ。だから俺は独りで生きると決めた。これ以上、俺のせいで誰かが犠牲にならないように──」


 そこまで言ったところで、俺の手に温かいものが触れた。見れば、隣に座るベレッタが俺の手を握っていた。ベレッタは──泣いていた。


「ベレッタ……?」

「ごめ……っ、でも……悲しくて……」


 ベレッタは目元をぬぐって、言葉を続ける。


「シグザーは、悪くないよ……だって、みんなの幸せを、守ろうとしたんでしょ……?」

「……でもそのせいで、レミンは犠牲になった」


 俺の口からは無意識の内にそんな言葉が出ていて。だが、ベレッタは首を横に振った。握っている俺の手を、さらに強く握り締めながら。


「違うよ。レミンさんは、シグザーに幸せになってもらいたかったんだよ。シグザーの幸せが、レミンさんにとっての幸せだったんだよ」

「……そう、なんだろうか」

「そうだよ。だから、そんなに自分を責めないで。シグザーは悪くないんだよ。幸せになっても良いんだよ」


 ベレッタの言葉が、ゆっくりと俺の心の中へと染み込んでいく。

 そうか。俺は幸せになっても、良かったんだな。


「……ありがとな、ベレッタ」


 俺は手を握り返す。


「お前のおかげで、俺は救われた」

「そんな……あたしは何もしてないよ」


 ベレッタは照れたように笑う。その笑顔を見て、俺はまた胸が温かくなるのを感じた。

 ああ、やっぱり俺はベレッタと──人と一緒に居たい。俺はそれを望んでるんだ。


「なあ、ベレッタ。散々遠ざけるようなことを言っておいて何だが……これからも、一緒に居てくれねえか? お前と過ごす時間は、すごく幸せなんだ」


 俺がそう言うと、ベレッタは嬉しそうに笑って頷いた。


「もちろん! あたしだって、シグザーとずっと一緒に居たいよ。もっと、色んなことをしたい」

「そうか。じゃあ決まりだな」

「うん!」


 俺たちは顔を見合わせて笑い合った。

 俺はもう、自分の本当の気持ちを押し殺すことはしねえ。独りで生きるんじゃなくて、誰かと共に生きていくんだ。それが、俺の望む幸せだからな。

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心のままに、幸せを求めて。 夜桜くらは @corone2121

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