共に過ごす、楽しい時間
翌朝。俺はベレッタが起き出す前に、仕事に出ようと決めていた。だが、リビングへ向かったら既にベレッタが居た。
「あ……シグザー、おはよ」
ベレッタはぎこちなく笑う。俺は何も返せなかった。あんな風に怒鳴っちまった手前、どう接したらいいのか分からなかった。
「……昨日は、ごめんなさい」
俺が何も言えないでいると、ベレッタは目を伏せてそう言った。
「あたし……シグザーの気持ちも考えずに、勝手なことばっかり言って……本当にごめんなさい」
「いや……」
俺が悪かった。お前が謝ることじゃねえ。そう言おうとしても、上手く言葉が出てこなかった。
「でも、あたしは……シグザーと一緒に居たい。あなたのことを知りたいし、あたしのことも知ってほしいの」
「……そうかよ」
俺はそれだけ返すのが精一杯で。狩猟道具を背負い直し、玄関へ向かおうとした。すると、ベレッタに呼び止められた。
「どこに行くの?」
「……仕事だ。狩りに行ってくる」
「仕事! ……そっか。……あたし、シグザーが狩りをするところ見てみたいなあ。一緒に行ってもいい?」
「駄目だ。ほっといてくれ。……俺なんかに付き合わずに、お前はお前の時間を過ごしてりゃいいんだ」
「あたし、シグザーと一緒に居たい。それじゃ……ダメかな?」
ベレッタは真っ直ぐ俺を見つめる。その視線に耐えられず、俺は顔を背けた。
「勝手にしろ」
「……! うん!」
ベレッタは嬉しそうに返事をすると、俺の後をついてきた。
◇
近くの森まで向かい、俺は獣を狙う罠を仕掛けていく。ベレッタは興味津々といった様子で見ていた。
「……そんなに面白いもんじゃねえだろ」
「ううん。そんなことない。楽しいよ」
ベレッタは微笑んで言った。まあ、本人が楽しいってんならいいが。
罠を仕掛け終え、少し移動する。俺は背負っていたケースから猟銃を取り出した。
「わぁ……すごい! 銃ってこんなに大きいんだ」
「おい、危ねえから離れろ」
「あっ……うん」
俺は銃に弾を込め、獲物が罠に掛かるのをじっと待つ。空気が張り詰め、風の音や木々の揺れる音さえも遠ざかる。
しばらくして、罠が作動する音が耳に届いた。掛かったな。急がねえと。さて、獲物は……鹿か。
銃を構え、引き金を引く。銃弾は狙い通りに命中し、鹿はその場に崩れ落ちる。よし、仕留めた。早いとこ血抜きしねえと、肉の質が下がる。
「……すごい」
……と、ベレッタの声。こんな作業、別にすごくも何ともねえだろうに。いや待て、ベレッタぐらいの歳の女には刺激が強えか? そう思って顔を上げると、ベレッタと目が合った。いつの間に近付いてきたんだ、こいつは。
「わっ、ごめん! 邪魔しないから続けて?」
「……おう」
心配いらねえみてえだな。
俺は作業を再開する。ベレッタはまた、俺の
しばらくして血抜きと内臓抜きを終え、近場にある作業場まで運んだ。洗浄作業を行い、解体を始めると、ベレッタはすぐ傍に寄ってきた。
……そんなに面白いか。そうか。
解体を終え、後片付けをして家路につく。道中、ベレッタは俺の方をちらちら見ながら、やけに嬉しそうにしていた。
「ねえ、シグザー」
「何だ」
「さっきのシグザー、すごくカッコよかったよ」
「……急にどうした」
「思ったことはちゃんと伝えようって思って。……シグザー、すごく真剣で、でも楽しそうだった。あんなに素敵な顔をするんだなって、思ったの」
ベレッタはにこりと笑って、そんなことを言う。
「俺が、楽しそうだった?」
ただ淡々と、生活のために狩りをしていただけだ。アンドロイドに狩りは出来ねえから、それを仕事にすれば奴らの邪魔にはならねえ。それが理由だったはずだ。そこに楽しさなんて──
「シグザー、すごく生き生きしてた。猟師の仕事が好きなんだなって、伝わってきたよ。……あたし、シグザーの好きなことを知れて嬉しいな」
ベレッタはそう言って笑う。
ベレッタの言葉は、俺の中にすとんと落ちてきた。
ああ、そうか。俺は、猟師の仕事が好きだったんだ。それを俺は、忘れていた。いや、忘れようとしていたのか。
「……あたしも、銃を触ってみたいな。シグザーが好きなことを、あたしも好きになりたい」
ベレッタの呟きはまた、俺の心の奥にあった感情を思い出させた。
ああ、そうだ。かつての俺も、レミンの好きなことを好きになりたかったんだ。銃の手入れをしているレミンの顔が幸せそうに見えたから、俺にも銃を教えてほしいと頼んだんだ。レミンは笑って、優しく教えてくれた。
レミンと一緒に狩りができるのが、同じ時を過ごせるのが、嬉しかったんだ。それなら、俺は──
「ベレッタ……」
「あっ、無理ならいいの。ちょっと思っただけだから……」
「いや、違う。そうじゃねえ」
俺はベレッタの言葉を
「シグザー……?」
「……触らせてやる。帰ったら、な」
目を合わせんのは気まずくて、俺はついそっぽを向きながらそう答えた。
だが、ベレッタは嬉しそうに微笑んでいて。
「うん! ありがとう!」
そう、言ってくれた。
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