現代陰陽奇譚【紅月の殲滅者】

流石ユユシタ

第1章 土御門本殿襲撃編

  ──今日は父の葬式だった。


 俺は思う、命の価値は人によって違うと。


 生きるべき人は居るし、同時に死んでもいい位の奴もいる。


──そして、俺の父は生きている価値がある人である。他人の為に生きて生きて、施しをずっと続けてきた人だった。


 いくら搾取され、騙され続けても善意を持ち続け振り撒き続けていた人だ。


 そんな父が死んだ。病気だった。元々は体の弱い人などではなかった。


 寧ろ強いとすら言えるだろう。なぜなら彼は陰陽師おんみょうじと言われる職業をしていたからだ。


 陰陽師とは妖魔ようまと呼ばれる人を襲う化け物と戦う職業だ。平安時代から現在の2048年まで続いている。


 父も陰陽師として元は活動をしていた。しかし、ある時に痴漢の冤罪として世間から大きなバッシングを受けた。俺は知っていた、父親が嗚咽するほどに精神がマイってしまったこと。


 その頃に母親にも捨てられた。もともと浮気をしていた母親だが金が稼げないと分かると俺を捨てて家を出て行った。


 父親はそれでも笑っていた。なんで笑っているのかと怒りすら湧いていた。しかし、父親は精神的に病んでしまっても陰陽師を続けた。以前よりも活動はしづらく、疲弊をしていく。


 人を救っても救っても評価されず、今まで助けた人たちから冤罪を責められる毎日が続き、遂に陰陽師を辞めることになった。それからはアルバイトを始め、俺を育ててくれたのだ。


 それで話は終わらなかった。とある女と再婚したのだった。彼女は味槍みやりと言う名だ。そして太陽と月、と言う二人の子供を引き継いれていた。太陽は弟に月は妹となった。


 そこから幸せな生活が始まることは一切なかった。再婚した女は適当に子供を預けて育てもせずに遊び呆けた。そんな姿を見せられ、俺はすり精神がすり減る感覚を持った。


 対して父親は義理の娘と息子を育て続けた。彼は優しかったのだろう。そして、再び妻に子供を残して捨てられた。


 だけど、それでも彼は子供を育てる為にアルバイトを増やし、三人の子供を育て続けた。

 その果てに彼は体を壊して入院をして、死んでしまった。


黎明れいめい、太陽と月を頼むよ……』


 最後まで彼は優しかった。そして、優しさが仇になって死んだ。


 俺は思う、この人ほど生きるべき人はいないと。誰よりも幸せになってもいいはずなのだと。


 沢山の人を救い、騙されても、押し付けられても、辛くても子供を育て、自分が死ぬ時ですら心配をかけまいと笑顔を見せた彼がなぜ死ぬのだろうか。


 なぜ、父を捨てて子供を捨てたバカな奴らがのうのうと生きれるのか。


 痴漢の冤罪の時になぜ父親を庇う人たちがいないのか。散々助けてもらっていたはずなのに。


 この時に思った。


 ──彼は救うべき命を間違えていた、優しくすべき命を間違えていたのだと。


 だから、俺は──


「お兄ちゃん」

「月か」

「大丈夫?」

「あぁ」


 父親の葬式が終わり、俺は空を見上げていた。遺骨を持って空を見上げていると妹の月が心配そうに下から顔を覗き込んでいた。


光と黄金が入り混じったかのような髪の色。髪の前髪だけには紺色。短髪のショートボブな髪型で三日月の髪飾りをしている。


目がパッチリとしており目がよく見える二重、海の表面のような美しい瞳も持っている。


「兄さん」

「太陽も心配かけて悪いな」


  弟の太陽は月と同じ髪色。髪型は逆立っているような感じで彼は太陽の髪飾りをしている。

 目はつり目で月と同じように綺麗な青色の瞳だ。


 葬式が終わった後に二人が俺を支えるように気遣ってくれた。


 俺達は家に帰る為に歩き出す。


三人しか出席をしない葬式の帰り道。式場から出ると大きなリムジンが俺達を待ち構えるように止まっていた。


堺黎明さかいれいめい様、堺つき様、堺太陽たいよう様ですね」


 リムジンの前には黒子姿の人物が立っていた。黒い布で顔が見えず、体つきも黒い服でシルエットだけでは性別は判断がつかない。しかし、綺麗なソプラノのような声で女性と分かった。


「私は国家上位級陰陽師倉橋蒼くらはしあおいと申します。本日は御三方に急用の用事がございまして馳せ参じました」

「国家上位級陰陽師……」


 かなりの位の高い陰陽師だ。それに倉橋と言ったか。陰陽師の中でも最も最優の一族である土御門の分家じゃなかったか。


「積もる話は車の中でお願いをしたいのですが、端的に申しますと。太陽様と月様。お二人は土御門の人間でございます」

「「……」」

「これについて早急な対応が求められており、当主様が御三方を連れてこいと仰っております。お葬式の後で苦しいお気持ちはあると思いますが、何卒」


 倉橋蒼は頭を下げた。下げてはいるがこれは付き合わないと帰さないとも取れる。それに、太陽と月はどこか納得をしているような顔をしている。


「わかりました、乗りましょう」

「ありがとうございます」


 俺達三人はリムジンに乗った。ここから、俺の人生は大きく変わることになる。



■■ 



 倉橋蒼という陰陽師が乗ってきたリムジンのような車に俺達は乗った。その間は俺たちは終始無言だ。


「今から向かうのは福井県になります」

「随分遠いですね。ここ豊島区ですけど」

「このリムジンには術式が付与されているので、通常よりも格段に速い移動ができます。それでも少々お時間はかかるのは申し訳ないのですが、ちゃんとお話がしたいと現当主が仰ってまして……到着まで時間あるので洋画とか見ます? ゾンビ映画とか面白いがあって……あ、葬式の後ですよね、すいません」


 倉橋と言ったな……土御門の分家か。あんまり陰陽師については知らないけど。


 陰陽術と言うのを使ったリムジンが空を飛びながらの移動をし、俺たちは土御門家に到着した。


 大きな格式がある家だった。現代とは思えないほどに古臭いが汚いとは一切思わない。神聖で清廉な門だった。


 中を通ると、大きな和室に案内された。そこにはすでに白髪に白髭の男性が座っている。


「初めまして、堺黎明さかいれいめい殿。私は現土御門家当主、土御門大道つちみかどだいどうと申すものだ」

「どうも」

「なぜ、君がここに呼ばれたのかわかるかな」

「少しですが」

「聞いているとは思うが君の義理の妹、弟は……土御門の血を引く人間なのだ」

「そう、ですか」

「あまり驚かないのだね」

「感情の起伏が激しくない方ですから。現当主殿、なぜ二人が土御門でありながら俺の弟と妹になっているのですか」

「うむ、元二人の母親であり、一時的な君の母親でもあった味槍みやりは実は土御門味槍つちみかどみやりと言う名で私の娘なのだ。娘は一度家出をし、そこでとある男性と子を儲けたのだ。その男性はすでに亡くなっているのだが、その後、娘は君の父親、堺悟さかいさとるに二人を託し、消えた」

「……数段階ほど話を飛ばされているようですので、細かく教えていただきますか?」

「味槍は元々土御門家の優秀な陰陽師だった。しかし、厳しい家の家訓があまり好きではなかった。制限された生活に耐えられず家を飛び出し行方不明になり、その道中で出会った男性と子を儲けた。だったのだが、その男性とはうまく行かず。そこで出会ったのが……君の父親だった。味槍は二人を託し再び失踪をした。そして、つい先日、土御門家である我々は味槍を遺体にて発見をした。そこでようやく行方不明であった味槍の存在を見つけ、そこから逆算をして」

「……太陽と月が見つかったと」

「うむ。色々と理解が追いつかないと思うのだが……これが真実なのだ」

「……」

「度重なり申し訳ないのだが、二人は今後、土御門太陽、土御門月と名を変え、君とは赤の他人となってしまうだろう。君と君の父親が面倒を見てくれたことは──」


──ショックはなかった。元から血が繋がっていないことは知っていたからだ。だけど、


 この二人は父の人生を縛ったのか……と思いかけてしまった。俺は妹と弟を大切に思っている。性格も生き方も恥のない者であると知っている。俺の父の影響で人を救いたいと陰陽師になろうと毎日頑張っていると知っている。


 俺よりも命の価値がある人間であると思っている。だが、微かに思う、この二人がいなければ父もあそこまでの無理をしなかったのではないかと。


 だが、そこまで思いかけてやめた。思いっきり自分の頬を叩いて。


「……! 大丈夫か」

「はい」


 当主殿が俺の奇行に驚いている。


 その方向にだけでは物事を考えないようにした。


 ……二人と今後暮らせないのは寂しいがさほど驚きは本当になかった。二人は優秀で陰陽師としても才能があり、誰もが認めている。


 父は二人を守れと言っていたが、守る必要もなかった。


「これからのことだが」

「はい……?」

「どうかしたのか?」

『あの……そちらにいるのはどなたですか?』

「……?」


 現当主様の隣、隣というよりも部屋の端っこに誰かがいる。白髪の顔立ちが整っている。土御門当主と太陽と月は血の繋がりがあるのだから顔が似ている。しかし、そこにいる「誰か」も三人と似ていた。彼は和服、狩衣という服装を着ている、男性……?


「倉橋、誰か見えるか?」

「え!? 私!? え、えっと誰も見えません……」

「二人はどうだ」

「……僕は、なにも」

「……私も」

「黎明殿、すまないが私にも何も見えない。恐らく混乱して幻覚でも見えているのだろう。いきなりこのような事を伝えてしまい申し訳ない。父を失ったばかり──」


──いや、確実にいる。誰だ、あれ……


 誰も見えないのか? そんなわけが……噂に聞く陰陽術とかだろうか。いや、名家、しかも土御門、倉橋。その二つが見えないって術じゃないのか。


『……』

「……」


 誰かがいるのは絶対だ。だって、あっちも俺を認識している。


「倉橋、黎明殿を一時茶室に連れて行ってあげなさい。冷たい飲み物とお茶菓子で休息を」

「は、はい! 黎明さん、こっちに」

「はい」


 彼女に連れられて部屋を出た。


  驚くことにあの白髪の幽霊男は俺が部屋を出たらついてきた。


「あ、あの色々と混乱していると思うのですが、お気を確かに」

「落ち込んでたりはしないですけど」

「父親が亡くなったのに?」

「……覚悟はしていました。いつも死ぬかもしれないと思って会っていたから。寂しくないといえば嘘になりますけど……あぁ、でもやっぱり寂しいです」

「ですよね、甘いもの食べて気分をリフレッシュ……とか、あ、そんなんじゃ気分変わらないですよねすいません」

「はい」


 倉橋蒼に案内されて、個室に案内された。


「えっと、しばらくお一人でごゆっくり……」


 冷たいお茶と団子を出された。食べる前に一緒に部屋に入った何かに話しかけてみようか……


「あの、誰ですか?」

『……我が見えるか』

「見えます。他の方には見えないのですか?」

『……我の見る限りでは知らんな』

「あぁ、そうですか。幽霊とかみたいな感じですか」

『……さぁな。我にもわからんことよ。小僧、名は』

「堺黎明です。幽霊さんは?」

『……安倍晴明』

「幽霊ジョークと言うやつなのか……?」

『……違う』

「安倍晴明って、陰陽師の中でも最強とか言われているやつですよね。あなたみたいなヘンテコな幽霊が安倍晴明とは思えませんが」

『……誰がなんと言おうと我こそは安倍晴明だ』

「あ、そうですか」


 変な幽霊なんだな。これは俺にしか見えていない幻覚と幻聴と思った方がまだ納得できる。父が亡くなったのは正直ショックだ。二人がいるからあまり表には出さないつもりだったが


 感情を抑えすぎている反動なのか


『……少し、話を聞いた。父親が死に至ったとな』

「はい」

『衝撃か』

「……はい」

『……お前が後ろの弟と妹に気を遣わせないために虚勢を張っていたのは魂の存在だけの我も分かると言うもの。立派であろう』

「……自分のことを安倍晴明だと勘違いしている幽霊のくせに良いこと言いますね」

『……我は安倍晴明である』

「それは信じられませんが……ありがとうございます」

『……幽霊に深々と頭を下げられるのは感心。褒めてやろう』


 幽霊くらいには本当のことを言ってもいいだろう。下らない話だが、人には吐けないのに幽霊に弱音を吐けるとは。


「少し、俺の話を聞いてもらっても良いですか。自称安倍晴明さん」

『……聞いてやろう。俺も若人と話すことに飢えていた。それに我が本当に安倍晴明であると分からせておく必要もあるようだしな』


 そこから、俺たちは対話を交わすことになる。自称安倍晴明は自分は安倍晴明だと俺に熱弁をしていた。



■■


 ──そのころ、倉橋蒼は太陽と月を本家案内するために外に出た。田舎で自然に囲まれている、空気は異様に澄んでいる。


「お二人の良いお兄ちゃんそうですよね!」

「そうだね。ただ、お兄ちゃんとは会わない方がいいのかもね」

「え?」

「あの人、私達のことあんまり好きじゃないかもしれないしさ」

「えぇ!? そ、そうなんですか!?」

「幼い時に私と太陽はあの人の父親に引き取られて、私たちにとっては幸運だった。けど、あの人からすればいきなり知らない人が来て、それが自分と父親の時間を奪っていると見えても不思議じゃない」


 倉橋蒼の問いに黎明の妹である月が答える。複雑な家庭環境があるんだなと思い、これ以上は聞かないようにするべきであると判断する。太陽はあまり話すタイプではないので口を閉ざしていた。


「そういえば倉橋さんって国家上級陰陽師なんだよね。凄いじゃん」

「あー、まぁ、倉橋家ですし。これくらいはね!」

「なんで黒子なの? 顔隠しているの不思議だね」

「あー、分家という立ち位置なのを明確にするためらしいです。昔からのしきたりですよ」 


倉橋蒼と太陽と月は話をしながら歩き続けた。全く気分転換にはならないが二人からしたら、どこか懐かしい感じもする場所だった。


「あー。そうだ、この辺りにですね」

「土御門太陽、そして、月だな?」

「「「っ!」」」


 気配も音もなく、唐突に現れた存在。それに対し言葉を交わす間もなく全員が臨戦体制に入る。倉橋は陰陽術「風刀・刹那」を発動した。


 圧倒的な間合いを得意とする陰陽術。風にて刀を構成し、切れ味は言わずもながらに太い木を切れる。更には風の刀はどこまでも伸びる。


 倉橋蒼の顔には黒い刻印のようなモノが刻まれる。


「さすが倉橋、術式を付与するのがはやいな」

「何者ですか。ここが土御門の敷地内と知って気配を消して接近を試みたと判断して良いでしょうか」

「あぁ、構わない。そして、臨戦体制に入ったのも許す。元から戦うつもりだった。そっちの土御門の二人、渡してもらう」

「刹那・伸縮ッ」

「おっと」


 伸びた風の刀身を羽虫を掴むように掴んで見せる男。


「なッ!?」

「大したもんだ。術式・剛鬼童体」


 青い髪をしている男、顔は褐色。彼の顔にも黒い刻印が浮かんでいる。それに対して倉橋蒼は懐から白紙を取り出し、それを空に放り投げた。紙は鶴のように勝手に形を変えて、本殿の方向に飛んでいく。


「紙鶴……当主様の元へ!」

「ほぉ。式紙をすぐさま展開し、異変を報告をする。護衛としては最善行動だな」

「相手の正体が分からなくとも異変はすぐに報告しろと口を酸っぱくして言われているものですから」

「それは素晴らしい。流石は倉橋家と言っておこう」


 倉橋蒼は太陽と月を守るように二人の前に立つ。しかし、彼女の行動とは裏腹に二人は彼女に並び立った。


「困ります。お二方は私の護衛対象なのですが」

「お兄ちゃんが本殿いるのに逃げるとか無理」

「……僕はあの人と、あの人の父さんのように人を守る為に陰陽師になりたいんだ。こんな所で逃げられない」

「あぁ、もう! しょうがない! 当主様が来るまで援護お願いします。お二人には──」

「「──術式縛り」」

「左様です、お願いします」


 倉橋蒼が刀を抜刀し、それと同時に太陽と月が手を体の前に出し構える。すると、襲撃をしてきた男の体に更に刻印が無造作に刻まれる。


「術式縛りか」

「そうです! そしてこれで終わりです!」


 倉橋が刀で切り掛かる。しかし、それら全てを吹き飛ばすような突風が襲撃者より突如発生した。


「術式。鳳凰暴風」

「なっ!?」


 刀にて切り掛かっていた倉橋蒼は吹き飛ばされ、更には太陽と月も体を支えられる飛ばされた。


 三人は土御門本家まで飛ばされる形となる


「あーあ、飛ばし過ぎたか」

「く、倉橋さん」


 月が倒れ込んでいる倉橋の元に駆け寄る。己自身も傷だらけであると言うのに。太陽も傷があるが再び立ち上がっていた。


「流石は土御門ってか。あの大先生が欲しがるわけか」


 襲撃者が軽口を叩いていると、本家から黒子姿の者が数十人、そして土御門大道が飛び出す。


「倉橋! お前、何者だ」

「どーも、元十二天将様。堂本楽と申します」

「堂本楽だと?」

「知っているのか、知らないのか、どっちでもいいが。アンタら土御門家の最強にして頂点である土御門泰親つちみかどやすちかと陰陽塾で同期だったと言えば分かるか?」

「お前は死んだはずではなかったのか……」

「大先生に拾われてな。生きてたぜ。さて、今回はその黄金の卵を二つもらいにきた」

「させん!」


 黒子姿の者達が一斉に襲いかかる。しかし、堂本楽は溜息を吐きながら全員の顔と胴体を引きちぎった。だが、体からは血は出ず、体が紙切れとなって空に舞って行った。


「式紙。しかも人間の姿を限りなく模しているか。流石術式の質は濃いな。だが、それだけだ」

「……くっ」

「元十二天将、しかし実態はほぼ生きた木偶の坊。聞いていた通りだがここまでだと……ガッカリだぜ。吹き飛べ」


 爆風が再び現実に引き起こされる。それにより、土御門大道ですら意識ごと飛ばされる。


「なんだ」


 そして、異変を察知した堺黎明が茶室から顔をだす。多大な突風により本家は崩壊状態になり、黎明がいた茶室も崩壊していた。


「あ? お前は……堺黎明だっけ?」

「兄さん……」

「お兄ちゃん、逃げて」

「太陽……、月……」

「はい、はい。お疲れ」


 堂本楽が太陽と月、二人を棍棒で殴り気絶させた。軽く首を捻り、気軽に辺りを見渡す。


「もう終わり、本殿もこんなもんか。まぁ、土御門家の二大スターと倉橋の秘蔵っ子も居ないんだから。この程度で終わりか」

「……」

「おいおい、お前は術も使えない素人だろ。どうやって俺に勝つんだよ」


 堺黎明が落ちていた刀を拾って、刀身先を堂本楽に向けていた。


「……はぁ。雑魚狩りの趣味はないんだけどさ。まぁ、やってやるよ」


  ここから、最弱の歪んだ少年の運命は大きく、変わる


■■


  崩壊をしている家、倒れている人。それを見て、


 ──俺はどうでもいいと思ってしまった。


 父はずっと陰陽師としてこう言った死にかけの人。困っている人を助けていた。しかし、その先に何もなかった。 

 彼自身は素晴らしい人であったと言うのに彼が助けていたのは自分よりも価値がない人間であり、搾取をされていた。


  それを理解できず、誰彼助けても意味のないと俺は知った。それを見ていたから俺は、陰陽師になれないと思った。


 ──誰でも助けると言う崇高な考えはできない。そんな考えの俺もクズだけど、弟と妹だけは違う。


 俺は知っている。弟は父の話を聞き、陰陽師を目指していると。妹は必死に父の看病に行っていたことを。


 俺の父が唯一、助けて価値があった命なのだ。


 そして、俺よりも生きる価値がある弟と妹。


 俺は何度でも思う。自分より価値がない命はどうでもいい。

 それを続ければその道の先には搾取が待っている。そんなのは父を見ていて絶対にごめんだ。


 ──だけど、自分よりも命の価値がある存在の為ならば、俺は命でも捨ててやる


『小僧、死ぬぞ』

「構わない。長生きをしたいとすら思っていない」

『なに?』

「俺は自分よりも価値がある命の為に、命を捨てたい」

『酷く傲慢で、狂った思想だ』

「狂ってるのは世界の方だ。善人ほどに搾取され、悪人ほど潤う。今もそうだ、弟と妹は何も悪くないのに、傷つく。俺の父は真っ当に生きていたのに搾取されて命が消えた。優しい人ほど死んでいく、早く終わっていく」

『……』

「なら、今生きている俺すらも善人じゃないとすら思う、酷く悪い気分だ。でも、父が育てた命を無駄に捨てるほどの度胸はない。だから、だからだからだからだから」

『……』


「──せめて、命の価値がある人を救う、そうだ、俺は死場所を求めていた」

『……我も数多の人間を見てきた。だが、混沌の時代だった平安にもお前ほどの狂っている奴はいなかったであろうな』


 気づいたら大きな独り言を言っていた。近くには幽霊がいるから会話になっているのかもしれないが見えないやつからしたら独り言に見えているだろう。


「ぶつぶつうるせぇな。念仏には早いだろ」

「念仏唱えて悪いか。父親の葬式が終わったばかりだ」

「口だけは達者だな」


 目の前には術師が一人。土御門本家を壊滅させ、分家の倉橋も倒している。きっと俺には到底及ばない存在なのだと悟った。


 それでも自然と恐怖だけはない。


「……死なば諸共しなばもろとも

「死ぬのはお前だけだよ、堺黎明」


  刀など振ったことがない。荒事もしたこともない。走って、刀が当たるところまでは近づく。


 ある程度まで近づいた時、俺の体は急激に軽くなった。そのまま立っていることもできずにその場に倒れ込んだ。視線を下に移すと自分の腹に大きな穴が空いていた。


 真っ赤になった自分の腹部、力が徐々に抜けていき下を見る力もなく、仰向けになった。


 ──襲撃者の男は二人を連れて、去ってしまった。


 空は青い、これで終わりなのか。結局何も残すことなく終わるのはらしいと言えばらしいのだろう。


 穴が空くのは激痛だが、さほど騒ぐ気もなかった。ただ、血がなくなって眠くなっていくだけだった。


『死ぬか、小僧』


 最後に最後に、見るのがまさか幽霊の顔になるとは思わなかった。


「走馬灯、も、見れねぇ。なのに最後が、幽霊か」

『このまま死ぬのか』

「生き、られる、わけないだろ」

『……お前が死ねばお前の妹と弟も死ぬ』

「……」

『だが、お前はまだ死力を尽くせる』

「なん、だよ」

『端的に言おう。泰山府君祭と言う名の土御門に伝わる秘匿術がある。魂を別の肉体に憑依させる術だ。だが、土御門家の人間ですら片鱗すら扱えていない』


 死ぬ間際に何を聞かされているのか。しかし、自然と聞き入ってしまっている自分もいた。この幽霊自分のことを安倍晴明と語るが、妙にカリスマ性のような何かがある。


『魂だけの存在を知覚できた、ましては対話を交わす存在など聞いたことがない。だから、賭けてみる気はあるか』

「……救える、のか」

『さぁな。お前と我次第だ』

「……や、る」

『いいか、我の言う通りに『言霊』を発せ』

「……は、い」

『この世離れし者、虚空埋めん。汝の法を脱し、再び体与えん』

『この世、離れ、し者、虚空、埋めん。汝の法、を脱し、再び体与えん』


 言葉を満足に発することができない。薄れゆく意識の中で出来るだけ力を込めて発した。最後にそれだけ言うと俺の意識は消えてしまった。


 しかし、薄れゆく景色にて俺は確かに見た。



──空に浮かぶ『紅い月』を




■■



 堺黎明の腹部には大きな穴が空いている。そこから、大量に血が流れている。


 彼は既に気を失い、もう死ぬ。いや、既に『死んだ』。



 ──だったのだが



 彼は唐突に目を覚ます。腹部の傷は途端に、時間が巻き戻るかのように塞がる。


 髪の色が、【黒】から【白】に塗り替わる。


 そして、彼の【黒】の瞳は、【紅】に染まった。


 人間の穴の空いた腹部が急に治るなどあり得ない。更に髪と瞳が急に色を替えるなどと言う現象も本来ならばあり得ない。


 しかし、彼の体はまさしくそれを成していた。


 瞳の色だけでなく、その鋭さ。人として纏う雰囲気も全くの『別人』となっていた。



『……』



 彼が動き出す。ゆっくりと一歩踏み出した。彼の背中には真っ赤な『紅い月』が浮かんでいた。



──現代に蘇った、『紅月』が動き出す




◼️◼️


 堂本楽は式紙を使用した。全長メートルの巨大な鶴のようになった。


 彼はそれに乗り、口の中に土御門月と土御門太陽を格納し空を飛んでいた。大空を飛び、既に土御門本殿からは距離をとっていた。



「……これで終わりか。才は認めるが、所詮この程度の奴らに大先生も何を期待しているのかねぇ」




──異変は突然起こる。




 その日は晴れた日であった。時間は正午を越した程度、であったはずなのに既に夕暮れ景色が見えた。時間が急加速で進むように辺りが暗くなる。



「……なんだ」



 何らかの術を行使を自身にされていると感じた堂本楽は辺りを見渡す。しかし、術者が見渡らない。




「術師はどこだ……」




 異変はどんどん大きくなる、暗転した世界。一気に空は黒く染まり、夜空と化した。


 そして、何よりも摩訶不思議であるのは暗闇に紅二点、



──真っ赤な紅い月が、二つ浮かんでいたことだ。




「……不気味な月だ。どんな術構造してやがる? 結界……にしちゃ、違和感が大きいな」




 大鶴の背に乗り空を飛び回る堂本楽。その背中を追うように紅い月が徐々に大きくなっていた。紅い双月は瞳のようだ。




「……瞳のような月だな。そんな訳ないが監視されている感覚に近い。っち、出口はどこだ」




 舌打ちをしながら飛び回るが一向に出口はない。いくら飛んでも飛んでも終着点がない、永遠ゴールが来ないマラソンでもしているかのような違和感。



「……幻術、の類か?」

「──違う」

「ッ!?」



 突然の解答。大空から世界を見下ろしていた彼が空を見上げる。そこには一人の少年が見下ろしていた。



「お前、堺黎明か……?」




 髪の色が黒から白に変わり、瞳の色も同様に黒から紅に変わっている。

 だが、顔つきは確かに堺黎明のそれであった。



「お前、術師だったのかよ」



 堺黎明は空に浮かんでいたのだ。無重力のように浮き続けるなど人であればあり得ない。このような現象を説明するには陰陽術しかなかった。



「それで、この世界はなんだよ。結界かそれとも幻か」

「ここでは話しにくかろう。場所を変えようか」

「──ッ」



 手の平を向けられた堂本楽は大鶴ごと地面に向かって吸い寄せられるように落ちた。地面と激突しするが、すぐさま眼を頭上に向ける。



 紅い月を背中に、赤い光によって照らされた彼は神のように神々しくすら見えた。


 堂本楽は体を起こし、上に向かって言い放つ。


「そろそろ、降りてこいよ。見下ろされるのは大先生以外にされるのは癪だからなぁ!」


 強く地面を蹴り、『堺黎明?』の元に飛ぶ。拳を強く握り、彼の顔面に向かって殴りかかった。数センチほどに拳が近づいた時、衝撃の光景が眼に浮かんだ。


 既に己は殴り飛ばされていたからだ。


「時間が飛ばされた……? いや、そうと錯覚するほどに速いとでも言うのか…ッ」


 気づけば彼は地面に背をつけていた。首を振り、口元の血を拭いながら腰を上げようとする、がしかし、彼は再び腰をついてしまった。


(あの一撃で、この俺が立てぬほどに毀損されているとでも言うのか……ッ? まさか、この男、大先生よりも……そんなはずはない。あってはならない)


 息を大きく吐き、自らの体に対して治癒の陰陽術を発動する。ものにして数秒により彼の体は元の丈夫な体に復元を成功させた。



「術式・剛鬼童体」


 堂本楽の体に黒い帯のような刻印が刻まれる。ゆっくりと息を吐いて彼はもう一歩踏み出す。


「お前の身体能力も大したもんだが、俺には決して及ばない! 決してな!」

「……」


 彼はゆっくりと上から降りてきた。まるで重力に逆らうようにゆっくりと風に飛ばされた綿毛のように。



(……風系統の術か。いや、ならなぜ体に刻印が刻まれない? 術師は刻印を刻まなければ術は発動できないはずだが)



 黎明の姿を見て、堂本楽も眉を顰め首を傾げる。陰陽術を使うには術式を体に刻まなくてはならず、その刻んだ証として刻印が体に刻まれるのだ。

 

 だと言うのに彼の顔や手には一切その様子が見て取れない。



「……ふん、考えるだけ無駄か。俺は握り潰すだけだッ!」




 再び、彼は拳を握る。術によって強化された強靭な体を残酷なまでにフル稼働し、黎明に殴りかかる。

 

 その拳に対して、素の拳にて相対をする。黎明は左拳を打ち出し激突させた。二つの拳の激突とは思えぬほどに大きな音を周囲に撒き散らす。


 トラック同士の衝突事故のような重音が二人の鼓膜にも伝わった。



「おい、マジかッ。素の拳だろうがッ」

「……」



 両者一度仕切り直すのように、適度の距離を取る。堂本楽は先ほど打ち出した自らの拳を再び握り返していた。軽く、その後に、強く握り自らの体の状態を確かめるかのように。



(俺の体、どこも調子悪くはねぇ……。寧ろ絶好調だ。術式・剛鬼童体は自身の身体機能を全て大幅な上昇をさせる。その上で強化された身体能力が更に十倍になるんだぞ……)



(あいつ、術式刻んでる気配すらねぇ。マジのマジで、本来の機能だけで俺と撃ち合ったのか? だとしたらどんなバケモンだよ。マジで大先生以上かッ?)




 反対に黎明も体を確かめるように手を握り、首や頭をペタペタと生まれたての赤子が全てに興味があるかのように触れる。



「……この体は、そう言うことか。眼だけでなく、体も特殊とは笑わせてくれる」



 黎明は悟ったように笑うと再び、黎明は拳を前に出し戦闘の構えを取る。自分から動く様子はなく、堂本楽が来るのを待っているかのようだ。



「……疲労でもしたならば、茶を飲む時間をやろうか?」

「いらねぇ、なめてんじゃねぇぞ!」




 三度、両者激突。堂本楽の拳の雨が黎明を襲う。しかし彼は全てを紙一重で完璧に避け続ける。



(お、俺の拳を全部紙一重で……この野郎が。それにこの紅月の世界はなんだ!? 拳同士の衝突、その感触から幻ではないことは間違いない)


(ならば結界と考えたいがその気配は感じられない。だとするならなんの変哲のない『現実』が一番しっくりとくるッ。だが、だが、あの『紅月』がその結論を拒絶するッ)



 ──月は紅くはない。それは誰しもが知っていることなのだ。月は二つ存在しない。それも誰もしもが知っている事である。




「何度も月と眼があうようだが……答えは出たか?」

「この世界はなんだ?」

「ここは我の箱庭。名を紅月世界あかつきせかいと言う」

「……それは冗談か?」

「まさか」




(大先生が言っていた……安倍晴明は紅月世界と言う、もう一つの現実を保有していると。詳細は聞かなかったが、瞳のような紅い月と何度も目が合った……ぼやいていたな)




「お前、まさか……いや、そんなはずがないッ」



 堺黎明の拳を堂本楽が腕にて防ぐ。だが、強すぎる威力に体が耐えられず、投げ出されるように地と足が離れる。


(本来の全く情報と違いすぎる。反応、拳の撃ち合い、判断、全てが一級品ッ! 更にそこに付随する余裕)


(冗談じゃない。冗談ではなく、冗談で済ませていい程の強さでもない!!)


(まさか、まさか、まさか──)


──この男は伝説の



「クソが、加速させりゃ、まだッ」

「瞬きする余裕があるとは、我の姿をとくと拝め」


 気づけば目の前、黎明が迫っていた。防御に備えようとした束の間、既に閃光の拳が振り終えた姿が眼に映っている。



(──なッ、まだ疾さの先があるのかッ!!??)


 思考すら追いつかないほどに疾い、黎明の一撃。彼の右拳が堂本楽の腹部に刺さる。



「あつぇッ」



 痛いよりも先に感覚にあるのは熱いであった。ナイフにて何度も腹部を芯から刺されていると認識を誤るほどに驚愕がある。



(刹那前まで、距離あったのに、既に殴られているッ。ここまでこいつ術使ってねぇってマジかよ!)


(悪い夢でも見てるようだ)



 常識を砕く、閃光の右腕。その動き先刻より疾く、鋭く、力は更に増していた。

 

 



「ようやく、この体に慣れてきた」



  

 力が増していることに気づいた堂本楽も考えを改め、別手段に講じる。殴られたことにより、幸いにも距離ができる。飛ばされるのと同時に地面に手のひらをつき、術を発動する。


(もし、この紅月世界が本物で俺の考えが正しいならば……無駄な殴りが通用するはずもない)



「土地に術式を刻むのは得意ではないが……術式・土広断崖ノ剣どこうだんがいのつるぎ



 彼の手から黒い帯が伸び地面に伸びると、大地に亀裂が走る。その亀裂から鋭く巨大な剣が発生し、黎明の元に向かう。


 しかも、一本ではない。数十、数百。それで済まず耐えず発生する。




「……散漫した剣で我が斬れると思うとは。笑話としては完璧だ」




 一瞬、にて手刀が断崖ノ剣を両断する。だがしかし、耐えず剣は発生し続ける。相対するように手刀にて黎明は切り刻む。



「土地に術式を刻むとは、器用な奴よ」

「バカがッ、それは前菜だよ」




 堂本楽は両手を突き出し、全身に力を込める。彼の体に再び先ほどとは別の刻印が刻まれる。



「術式・竜王ノ息吹おうがッ!!」



 

 両手はまるで龍の口蓋、そこに極大の炎が発生する。それを今から黎明に放とうというのだ。勝ちの確信。龍が炎を吹く。


 全ての生命を破壊する光線が放たれる。黎明の体が一瞬にて光に包まれる。そして、辺り一面にあった木々は発生した突風にて飛ばされ、大地は溶岩と化した。



「流石に……いくら伝説いえど、これで死ぬだろ。六千度の炎だ。太陽の表面と同じだぞ……」



 煙が上がり、視界が暗い。炎で焼け始める木々、この場所は既に人が居るべきではない場所になりかけた時、唐突に強烈な突風と雨が発生した。



「な、なんだ。なぜ急にこんな天気が変わるッ」

「──随分と懐かしく、後処理に困る技だ」

「……嘘だろ、なんで生きてるんだよ」

「我からすれば庭が少し荒れた程度、生きていて当然」


 渾身の一手、王手ではなく、チェックメイト。それを行ったはず。慢心もなく傲慢ですらない全力を後処理が面倒と言う言葉で済ませる。



 ──人の生命としてずれており、同時に外れた埒外の存在。


 化け物の中の化け物。理不尽な神とでも言うべき圧倒的な力を持つ存在。それが遂に牙を剥く。



「──さて、若人との話も飽きた。そろそろ終わりにしよう」



──その言葉と同時に、空浮かぶ『紅い月』は動き出した





◼️◼️


「──さて、若人との話も飽きた。そろそろ終わりにしよう」



 黎明の指を一本だけ突き出し、堂本楽の方に向けた。まるで死刑宣告をするかのように真っ直ぐに向いている。



 すると、ゴゴゴと大地が鳴く音が響いた。彼が見上げると紅月、その一つが彼の方に向かって堕ちてきていた。


 大気中が震えて、周囲の温度も上がる。



「大鶴ッ!!」



 急いで式紙を先程とは別個体を発動し、慌てて彼は飛び乗った。猛スピードで彼は大空に待った。


 しかし、紅月はどこまでも追い続ける。




「なんなんだよ、ほんとに……ッ!」




 紅月は瞳のように見えた。巨大な月がどこまでも彼を追い続ける。



(月を落とすなど出来るわけがない!! だが、あれは幻じゃない、確実に俺は死ぬッ)



 大空を翔ける鶴も星の落ちる速度には敵わない。



(本当に、本当に……これは、この男は大先生が言っていた『安倍晴明』!)



「──紅月墜下あかつきこうりん



 堺黎明が最後に呟くと堂本楽は鶴ごと一緒に月に飲み込まれた。塵すら残らずに焦土と化した。


 安倍晴明。彼の一般的な異名は『陰陽神』と言われている。


 だが、安倍晴明は平安時代の一時、別の名で呼ばれていた。


 ──その名を紅月あかつき



 

「小僧の体、これは特異なものか。魂の在り方すらも。お前は陰陽師になれ。小僧ならば我を越せる陰陽師に……」


 彼の白髪が徐々に黒髪に戻っていく。それと同時に真っ赤な眼も黒い眼に巻き戻っていった。


 それと同時に摩訶不思議な世界は幻想のように消えていく。



■■



「いやー、まさか土御門家が崩壊してしまうとは」

「これって、どうなるんですか?」


 倉橋蒼は崩壊した本殿の後片付けを行なっていた。土御門月もその片付けの手伝いをしている。既に月も土御門の人間だからだ。


「うーん、取り敢えず全国報道はされるでしょうね」

「マジですか」

「そりゃもう、土御門本家はそもそも『災害指定地域』に入ってますからね。そこに侵入をしてきて、本家を崩壊させたなんて大ニュースですよ」

「災害指定地域ってなんだしたっけ?」

「えっと術式が付与された土地のことですね! ではではここで、土御門家になったばかりの月さん、術式のおさらいです! 術式とは陰陽術の使う時の能力の大元です。印、言霊、そういったプロセスを得て、自らに能力が使える元を付与する。その元が術式」

「それは習いました。プロセスが正しくても術者本人が未熟であれば失敗もするんですよね」

「その通り! 本来なら術式とは生き物の体に付与するのが一番安定して出力が出せます。とは言っても凄腕の術師によって出力も変わりますが。ですが、生き物が一番安定はするのです」


 倉橋蒼は先生になったかのように雄弁に語る。月は目をパチパチさせながら聞きに徹していた。


「さて、ここで私のさっきの言葉に戻りましょう。災害指定地域とは土地に術式を付与している地域のことです!」

「なるほど。あれ、術式は生き物じゃなくても付与ってできるんですか?」

「あくまで安定して一番ポテンシャルが発揮出ると言われているのが生き物、であると言うだけで付与できないわけではないんですよ。まぁ、普通は自分の体に一個の術式を刻むのが精一杯なのですが、天才に理は通用しないです」

「なぜ、そんなことを……」

「それは土御門家を守るためでしょう。一般に出していない本家のみの術式、そう言った物も保有をしています。まぁ、陰陽師として才能ある一族ですからね、あらぬ争いがあり、人も貴重なので失うのは厳しい。土御門と言うのは昔からそれだけ特別扱いの家でもあったのですよ」

「……じゃあ、今回の襲撃者って」

「相当の手だれであったと言うことでしょう。災害指定地域の術式が無効化されていたらしいですから」


 二人は先ほどの襲撃者である堂本楽と言う人物のことを思い出した。圧倒的な力と術式を保有していた。


「あの、堂本楽? って誰だったんですか?」

「現在、土御門家にて最強、安倍晴明に最も近いと言われている。土御門泰親、その同級生だとか。かつては神童とまで言われてたらしいですが任務で行方不明になり、死んだと思われていました」

「それが、急に現れた……私と太陽と狙って」

「うーん、それが分かりませんよね。狙ってたと言っていたのに『なんで、何も獲らずに消えてしまったのか』」


 二人の疑問はもっともだった。堂本楽は土御門家を崩壊、そして当主や術師を全て倒したと言うのに何もしなかったのだ。全員が目を覚まし、意識を取り戻した時にはただ壊された本殿が残っており、それ以外は何も取っとはいなかったのだ。


「トラブルがあったとかですかね?」

「うーん、現在土御門家の術師は他にいないですけど。災害指定地域の術式まで無効にしたくせに何も取らずに出ていくって、動きの意図も意味も分かりません。太陽様と月様を連れていくのも容易であったはずですし。それに、こちらの状況を細かく理解もしていた、想定外が起こるような状況は土御門家も相手側にもないような」

「……土御門家でも、堂本楽でもどっちでもない異分子がいたとしたらどうでしょうか?」

「そんなのいます?」


 倉橋蒼にそう聞かれて、月は思わず……堺黎明を思い浮かべた。彼は崩壊した家の茶室に気絶をしていた。腹の部分の服はなぜか破れていたがそれ以外に変わった様子などはなかった。


「もしかしたら……いや、そんなはずはないか。すいません、今のは忘れてください」

「あ、はい。ただ、調査は続くらしいので何かわかればすぐに連絡します」

「はい、これからもお願いします」

「いえいえ。あ、それと言い忘れてたんですけど、私護衛クビになりました」

「えぇ!?」

「守れなかったですし。別の方が近々来るそうなので宜しくです」

「倉橋さんって、結構淡白な方なんですね」


 月は倉橋蒼と言う人物のことがイマイチ理解できなかった。そして、場所は変わり、土御門本家の医務室にて堺黎明は眠りについていた。


 彼以外にも怪我をした者達は居たのだが、不思議なことに誰一人として怪我をしてはいなかった。正確に言えば怪我をしていたはずが、眼を覚ませば何事もなかったかのように五体満足で一滴の血も流れていなかったのだ。


 全てが夢であるかと思われたが、本殿は崩壊しており夢ではない。全ての人間は本殿の作業に向かっている。


 今、寝て休んでいるのは堺黎明だけだ。



 彼も怪我は一切ない。腹の部分の服が無くなっており、血痕が残ってはいたが気持ちよさそうに寝ている。



■■



『黎明……』

「……父さん」



 夢を見ている。昔の夢を。



『今日から弟と妹になる太陽と月だ。仲良くしてあげてくれ』



 そんなのいらない。俺は別に寂しくはなかった。普通でよかった。ただ父と普通に暮らしているだけで良かった。


 父に頑張って欲しいなんて思ってなかった。見窄らしい姿になっても働いても嬉しくはない。諦めて欲しかった。


 誰かに優しくすことをやめて欲しかった。



『黎明……二人を頼む』



 

 別にどうでもいいだろと言いたかった。もう、死んでしまうのに。なぜ他人をそこまで考えられるのか。理解もできない。


 俺はそれだけは絶対にできない。他人にひたすら優しくしたアンタが死ぬんだ。絶対に優しくなんてしない。でも、その姿を間違っているとは思わない。


 優しくすべき人間を選んでいれば搾取されることもなかったのに……。だから俺は本当に優しい人だけを助ける。


 ──俺は優しくない。俺も屑な出来損ないの人間だ。


 誰よりも立派な父の姿を見て、こうはなりたくないと思ったのだから。


 ──でも、父のような人は必ずいる。きっと俺よりも生きるべきで、俺よりも命の価値がある父のような人は絶対にいる。


 だから、俺は自分の命よりも価値がある、そんな人を助ける。それ以外は死んだっていい。死場所を探す。



 それが俺の──




 意識が切り替わる。チャンネルのスイッチが書き換わるように俺の視界には見たこともない景色が飛び込んできた。


『兄様……!』

『何のようだ』

『僕、兄様のようになりたいのです!! 必ず兄様のように』

『そうか』



 自然豊かな草原の上に二人の少年が寝転んでいる。どこか太陽と月に似ている二人だ。

 一瞬だけ、それが見えた。



 そして、今度はテレビが電源を切られたように急に意識が覚醒する。ゆっくりと視界に光が入ってきた。


 ふと、目が覚めた。誰もいない医務室のような場所で。


 辺りを見渡しても誰もいず、同時に外は少し騒がしい。あれから、何が起こったのかよく覚えていない。自分は死んだと思っていたが生きているようだ。

 

 それに驚きつつも、死場所はあそこではなかったのかと理解した。


 体を起こして、眼を何度も開けたり開いたりする。


 すると……



『目が覚めたか。小僧』

「なんで、まだ幽霊がいるんだよ」


  目を覚ました俺の元に、再び幽霊が仁王立ちし、腕を組んで立っていたのだ。なぜこいつがまだいるんだ?


 

「小僧、お前は陰陽師となれ。我が才能は保証する」

「はぁ?」

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現代陰陽奇譚【紅月の殲滅者】 流石ユユシタ @yuyusikizitai3

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