第57話 これからも、ずっと一緒に
それから俺は店長と奥さんに俺と夜宵の話をした。
今まであったこと、そしてこれから俺がどうしたいか、それは正しい選択なのか。
お客さんが来ては話を止めてを繰り返したが、俺は思いの丈を全て二人に打ち明けることができた。
店長は否定も肯定もせず、黙って頷きながら俺の話を聞いてくれた。奥さんは優しい笑顔で、少し離れたところから見守ってくれていた。
そんなことをして気がつけば八時になっていた。
「もう店を閉めるよ。神楽くん、一杯飲むかい? まだ話には付き合うよ」
「いえ、これ以上はご迷惑に……」
その時スマホ画面にポンと通知が表示された。ドキドキしながらスマホを確認すると夜宵からだった。
『本当にごめん! 今気がついた!』『朝からずっと打ち合わせで!』『九時に配信終わる! その後でも岬が大丈夫なら会おう!』
胸が高鳴った。ロックを解除する手が震えた。息が勝手にハッと漏れた。
「店長、本当に申し訳ないんですが、九時まで付き合って貰えますか」
「いいよ」
俺は震える手で『九時半、駅前のイルミネーションで待ってる』とメッセージを返した。
それからというもの、気が気ではなかった俺は店仕舞いの手伝いもままならなかった。震える手では皿も運べないしカップも洗えなかった。
そんな俺の様子を見て店長は甘いホットココアを淹れてくれた。奥さんは残ったケーキを「今日までだから」と出してくれた。
二人の優しさに目頭が熱くなった。
そして俺が使った食器を片付け終わった頃、遂に時計の針が九時を回った。
「さあ、言ってらっしゃい、神楽くん」
「はい!」
俺はエプロンを脱ぎ、コートを羽織ってDinerを後にする。
その足取りに、もう迷いはなかった。
「若いっていいねえ……」
「ええ、本当に……」
街路樹がライトアップされた駅前のイルミネーション。辺りにはカップルが溢れていたが、その隅に一人佇む小さな少女の姿があった。
「ごめん、突然」
「ううん……」
夜宵は俺を見つけて安心そうな顔をして、そしてその声に不安の色を滲ませていた。
ぼんやりイルミネーションを眺める二人。「綺麗だね」の一言すら、今は余計だと分かっていた。
意を決して俺は口を開く。
「進路のこと、迷ってたんだ。それで優柔不断な自分にずっとイライラしてて……。もしそれが伝わっていて不快にさせていたら本当にごめん」
「ううん。そんなことないよ」
「ありがとう。……進路、真剣に考えたんだ。父さんや、信頼出来る大人――店長とかと話して。きっと今から話すことはとても身勝手で、そして君にとってはとてつもなく重い話だと思う。だけど、話さずにこのまま適当な人生を歩むのは嫌だと思ったから、どうしても君に聞いて欲しい」
「うん。分かった」
意味もなくイルミネーションを見るのを止め、俺は夜宵の方へ向かい合った。
彼女の大きな目から放たれる真剣な眼差しは、まるで目から俺の頭を貫き通すかのようだった。
「夜宵、俺は君のことが好きだ。本当に好きだ。心の底から好きだ。きっと君が思う以上に、君のことが好きだ」
今は、この言葉に微塵も恥ずかしさを抱かなかった。
「うん。ありがとう」
「だから、君とずっと一緒にいたい。どうしても。何の責任も負えない高校生の俺がこんな言葉を使うのは無責任かもしれないけど、本気で、嘘偽りなく心の底から一生傍にいたいんだ」
「うん」
「だから、どうすれば君と釣り合うかばかり考えてた。その……、天才的な才能と努力の結果君はもう一流のプロゲーマーで、だけど俺はただの高校生で……。どうすれば君の横を歩くに相応しい人間になれるか考えてた」
「そっか。そうだったんだね」
「そしてどうやったら君のためになるのか考えた。そうしたら、一つの選択肢が頭に浮かんだんだ。A大の経済学部。今の俺から見たらかなり頑張らないといけない目標だけど、そこにいって将来的に税理士の資格を取りたいと思っている。税理士ならきっと君の活動の支えにもなれると思うし、その……恥ずかしい話、収入の面でも今よりは君に顔向けできる程度にはなるんじゃないかと思う」
「そうかもね」
「……話したいことは、これだけ。ごめん、結局は進路をA大経済学部にするよ、ってだけのこと。忙しいのにこんなことで呼び出して」
ここまでが、俺の用意してきた言葉の全てだった。
彼女の返答がどうあれ、一切の後悔を残さないよう綿密に練り上げた心からの言葉の全てだった。
「ううん。岬くんの覚悟が聞けて良かった」
「ありがとう、夜宵」
「でも──」
でも……その逆接に俺の背中が凍りつく。
「でも……どんな岬くんでもいいよ」
「…………!」
「私は、どんな岬くんでも好きだよ。税理士になんかならなくても、岬くんは今でも美味しいご飯を作ってくれて支えてくれてるよ。ううん、仮に岬くんがご飯を作れなくても、それでも傍にいてくれるだけで私は助けられてるよ」
「夜宵……」
「だからそんなに負い目に感じないで。私は、今の貴方が大好きだよ」
「うん……。ありがとう……」
気がつけば自然と涙が零れていた。
「私のために沢山考えてくれてありがとう。沢山悩んでくれてありがとう。その想いはちゃんと伝わってるよ」
「うん……」
夜宵にそっと抱き締められる。小さな彼女の体が、今は俺を包み込むように大きく感じだ。
「私も、同じ気持ちだよ。私も、岬くんとずっと一緒にいたい。自分の命を懸けてまで守ってくれるような男の人に惚れない女の子はいないよ」
そう言って彼女が笑うから、俺までつられて笑ってしまう。泣いたり笑ったり、俺の感情はもうぐちゃぐちゃだった。
「きっと岬くんは心配だったんだね、私が手の届かないところに行っちゃうんじゃないかって。そんなこと絶対にないよ。私は一生、貴方のものだよ」
彼女の鞄には熊のキーホルダーが揺れる。指には銀のリングが光り、爪先には黒のネイルが輝いていた。
「だから岬くんも、一生私のもの。……いつか、今度は薬指に指輪をはめてね」
「ああ。約束する」
イルミネーションの下、二人は強く抱き合う。二人の間にはそれ以上の言葉もキスも要らなかった。
その時、昂った感情を冷ますかのように冷たい粒が顔に触れた。
「……雪だ……」
「綺麗だね」
「そうだね。来年も、また見に来よう。夜宵」
「うん。来年も、再来年も、その先もずっと。これからも、ずっと一緒に──」
「あーあ……終電なくなっちゃった……」
「ごめん! こんな時間に呼び出して! タクシー呼──」
「さて……クリスマスの夜に空いてるホテルはあるのかな……」
「え、夜宵──」
「覚悟……確かめよ……?」
「ははは……」
誓うよ。俺の前だけで見せるこの悪戯な笑顔も、パソコンの前で見せる真剣な眼差しも、学校での眠そうな顔も、全部俺が守る。
どんなことがあろうと、絶対。
「夜宵!」
「ん……?」
「大好きだよ」
「うん、私も……!」
──── 完 ────
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あとがき
最後までお読み頂きありがとうございました!ささいなものでも是非お読み頂いた評価、感想、レビュー等の率直なフィードバックを頂けると幸いです。皆様の応援があれば、岬と夜宵の二人の物語を書籍化という形で続けられるかもしれません!
また、この後新作も投稿予定です。『美少女プロゲーマー』を通して私の作品に興味をお持ちになって頂けた方はユーザーフォローの方もよろしくお願いします!
小難しい話から入って大変恐縮ですが、最後に少しお付き合い頂けたらと思います。
民俗学的な観点から見ると、おむすびという食べ物には霊的な力があるとされます。「むすぶ」という行為には手のひらから出る霊的なものをおむすびの内側に込めるという意味があるのです。食事とはかつてこうして人と人を「むすぶ」ものでした。
この現代、コンビニ行けば機械が文字通り機械的に作った食料品が並んでいます。手料理だとしても、顔の知らない赤の他人が作った料理を赤の他人が運んできて、それを一人で食べたりするのでしょう。
そんなこの時代に、目の前で親しい人が作った料理をその人と一緒に食べる。当たり前に思うかもしれない日常的な行為には、人類が何千年何万年と紡いできた絆の物語があるのです。
この作品を通したテーマのひとつがそうした「食事」でした。皆さんもこれを読んで、長く会っていない家族や友人を思い出し、一緒に食事を楽しむなどといったきっかけになると嬉しく思います。
読者の皆様がこれからも素敵な日々を送れるよう、ささやかながら私からお祈り申し上げます。また、私のこの作品がそんな皆様の日々にほんの少し彩りを与えられたらと思います。
それでは、またいつの日かお会いしましょう。
──駄作ハル
隣の席の無愛想美少女の正体が天才プロゲーマーだと知っているのはクラスで俺だけ 駄作ハル @dasakuharu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます