第四話 依頼 と 冒険者

4-1 依頼内容

「なるほど、分かりました。まず地図の方ですが、冒険者ギルドで購入が可能です。後ほど手配しておきますね」

「はい、ありがとうごいざいます」

「それからセントナイアの行き方ですが、こちらはおおむね三通りあります———」


 シンプルに地上から行くコース。

 パウデラ遺跡を使って地下から行くコース。

 中継都市フィーノを経由して列車で向かうコース。


 レイナさんが挙げたのは、この三つだった。

 そして僕が最初に食いついたのは、


「え? 列車があるんですか?」

「はい、ありますよ」

「ということはつまり、ここから列車でフィーノという場所に向かって、そこからまた列車でセントナイアに向かえばいいってことですよね?」


 列車があるなんて予想外だった。

 これなら案外楽にセントナイアにたどり着けるかもしれない。

 しかし、レイナさんは首を横に振る。


「いえ、少し違います。あくまで列車が開通しているのはフィーノとセントナイア間だけですので、ここアムナイアからフィーノまでは自分の足で向かわなければなりません」

「そうでしたか……」

「ちなみに出来るだけ早く到着したいとのことでしたが、具体的にはどれくらいでしょうか?」

「早ければ早いほどいいですが、遅くとも六日……いえ、五日以内には到着しないと……」

「であれば、こちらの方法はあまりお勧めできませんね。ここからフィーノまでは、順調に行っても二日、運が悪ければ四日以上かかってしまいます。おまけに方角的にもセントナイアとはかなり外れた位置にありますし、そこから列車を使うとなると……」


 レイナさんが言うには、この方法が最も到着までに時間がかかる行き方らしい。

 列車を使えばフィーノからセントナイアまでは約一日足らずで到着できるようだが、そもそもこの列車、予約制で普段は席の空きがないのだとか。そのせいで数日待ちや一週間待ちなんて当たり前とのことだった。

 時間より快適さを優先させたい人が好んで使うようだ。


 ならば残るは二択。

 しかし、これはもうほとんど考えるまでもない。

 アウラに乗って地上から飛んで向かった方が早いに決まっている。

 ただ一応念のためだ。


「じゃあ、地上と地下ならどちらのほうが早く到着できますか?」

「そうですね……単純に距離だけでみるなら地上でしょうか。地下と違って確かに山や窪地を超える必要はありますが、それでもここからセントナイアに向かってほぼ一直線に進めますから」


 パウデラ遺跡はかなり複雑な構造をしているとカリムさんも言っていたし、地下から行くとなると単純な一本道とはならないのだろう。

 しかし、レイナさんは続ける。


「ですが、それはあくまで何も障害が無ければの話です」

「障害……?」

「ええ、主に天候と魔物ですね。特に魔物……地上での遭遇率は地下とは比較になりませんから。現に、昨日も近隣の森で竜の目撃情報があったと聞きます」

「……え?」

「竜です。しかも金色の。わたくしも驚きました。何かの見間違いではないかと思ったのですが、どうやら本当みたいですよ。何人かの冒険者の方が向かったようで、昨日はその話でもちきりでした」


 間違いない……アウラのことだ。

 一気に血の気が引いていく。


「それっていつのことですか⁉」

「え⁉ あの、そうですね……確か最初にその話を聞いたのは、ちょうどその冒険者の方たちがギルドに戻ってからになりますので、夕方くらいのことだったかと。イズミ様が帰られて少し経ったくらいです」

「それでその竜は⁉ 竜はどうなったんですか⁉」

「えっと、確か逃げられたと言っていました。元々偵察のために向かっただけだったようで、深追いするつもりはなかったみたいですよ」

「そ、そうですか……」

「あの、大丈夫ですか?」


 下から覗き込んでくるレイナさん。

 いつのまにか僕は中腰の態勢で立ち上がっていたみたいだ。


「あ、すみません。驚かせてしまって」


 とりあえずアウラが無事なようでよかった。

 僕との約束をちゃんと覚えていてくれたのだろう。


「そう言えばイズミ様は、竜を捕獲しに行った商人の方を探していると言っていましたが、この件と何か関係ありそうですか?」

「あ、いえ、ないと思います……」

「さようですか。では、話を戻しますが……えっと、どこまでお話ししましたでしょうか……?」

「はい。えっと、確か地上から向かう際は魔物に遭遇する可能性が高いと……」

「あ、そうでした。つまりですね、一般的には地下からのルートの方が結果的に早く到着できると言われているんです。天候にも左右されませんし、魔物との遭遇も滅多にありませんから。順調に行けば、三日から四日程度で到着できると思いますよ」

「そうですか……」


 アウラがいないとなると、少し話は変わってくる。

 一番分かりやすいのは、もう一度竜の絵を描くことではあるが……。

 しかし、三日から四日程度なら地下から行ってもぎりぎり間に合いそうだ。

 だからと言って、早いにこしたことはないわけで。

 ならば、やはり空から行くべきか。

 いや、でも、待って。そもそも空から行くにしても、地図だけで向かうことが出来るのだろうか。

 少し方角を間違えるだけで、全く明後日の方向に向かいかねない。

 最悪、セントナイアを通り過ぎてしまうなんてこともあり得る。

 なら、やっぱり、地下を使って確実な方法で向かった方が……。

 ぐるぐると思考の渦に飲まれていく。

 僕一人では最善の判断にたどり着けそうになかった。


「迷ってらっしゃいますか?」

「ええ、まぁ……」

「地下からの方がよろしいかと思いますよ。遅い早い以前に、そもそも安全で、比較的快適ではありますから」

「そうですよね……」


 レイナさんは何をそんなに迷っているのかといった顔で見つめてくる。

 僕だって単に観光で行くだけなら、迷わず地下を選んでいた。

 竜の背に乗って空から行くことも考えてますとは言えないし。


「あ、言い忘れていましたが、地上から行くにせよ、地下から行くにせよ、必ず冒険者を雇うことにはなりますので、そのおつもりで」

「冒険者ですか……それもギルドの方で手続きをするんですか?」

「はい。ただ、お急ぎであれば早めに依頼内容を掲示した方がよろしいかと思います。タイミングや条件によっては、受注されるのに時間を要する場合も少なくありませんから」


 レイナさんは、その辺についても簡単に教えてくれた。

 冒険者が依頼を選ぶ時のポイントは二つ。

 依頼内容の難易度と、その報酬だ。

 この二つのバランスを見て、冒険者たちは依頼を受注する。ようは割が良いのか悪いのかという話だ。

 難易度の割に低報酬だったり、稀ではあるが、難易度が高すぎて誰も達成出来ないような依頼だったりすると、いつまでたっても受注してもらえないのだとか。


 今回の僕の依頼内容は『セントナイアまでの護衛』

 比較的簡単な依頼らしいが、拘束時間が長いことがネックとなるみたいだ。

 どれくらい報酬を積めるかが鍵となってくる。


「お金については、全く問題ありません」

「流石でございます! イズミ様!」


 頬に手を当て、なぜか顔を赤らめるレイナさん。

 なんだこの人……。


「こほん、失礼しました。そして、もう一つ、気にしておくべきことがあります」


 それは、依頼のタイミング。

 レイナさんが言うには、冒険者が最も集まる時間帯はギルドが営業を開始してから三十分後。

 その時間になると、当日分の依頼が公開されるためだ。

 この時、腕利きの冒険者や経験豊富な冒険者は、その顔を利かせて率先して割の良い依頼を受注していくことになる。

 つまりこの機を逃せば、新人冒険者や未熟な冒険者しか残らないということだ。


「イズミ様の依頼は、魔物からの護衛に加え、セントナイアまでの正確かつ最短ルートでの道案内。ようは十分な知識と経験が必要になりますので、相応の冒険者でないと務まりません」

「なるほど……」


 今すぐにでも依頼内容を決めないと、そもそも依頼をこなせる冒険者がいなくなってしまうというわけだ。

 しかし、僕はまだ上空から行くのかどうかを決めかねている段階なわけで……。

 一度、どこかでカリムさんと相談したかったけど、どうやら時間のようだった。


「……すみません、イズミ様。そろそろわたくしはお時間みたいですので」

「もうそんな時間でしたか。色々とありがとうございました。すごく助かりました」

「そう言ってもらえて何よりです。あ、それと、もし内容がお決まりでしたら、わたくしが代理で依頼書を作成しておくことも可能ですが、いかがなさいますか?」

「あ、えっと……実はまだ……」


 と、言いかけたところで、ポケットの内側から胸をトントンと二回ノックされる。

 カリムさんからだ!

 そしてこれは前もって決めておいた合図。

 一回なら『はい』、二回なら『いいえ』だから……、


「あの、やっぱりお願いできますか?」

「はい、かしこまりました。それで、どちらになさいますか?」

「じゃあ、地下から……」


 二回のノック。


「ではなく、地上からでお願いします」

「地上からでよろしいのですか?」


 一回のノック。


「はい……たぶん……」

「たぶん?」

「いえ、地上からでお願いします」


 そしてレイナさんと簡単に依頼内容の確認をする。

 金額やその他の細かい条件については、おおよそレイナさんに任せることにした。

 依頼の完遂に数日を要することや、高ランクの冒険者に受注してもらうこと、さらには即日の出発であることを考えると、それなりの金額になるみたいだ。


「出来るだけ相場に近づけますが、少し覚悟しておいてください」


 なんて言われてしまった。

 が、正直その辺はあまり気にならない。また追加で金貨の絵を描かないとなぁ、と思ったくらいだ。


「それではお先に失礼させていただきます。後ほどギルドでお待ちしておりますね」

「はい、よろしくお願いします」


 後で改めてお礼を言っておかないといけないな。

 そんな風に思いながら、僕はお店を出ていくレイナさんの後ろ姿を見送った。


◆◆◆


 冒険者ギルドの営業開始までは、まだ少し時間がある。

 ということで、僕はしばらく喫茶店に残ることに。


「あの、良かったんですか? 空からではなくて」


 僕は周りの人に気づかれないようコップで口元を隠し、小声でカリムさんに話しかける。


「問題ない。上空から行くのも手だが、その場合、セントナイアまでの道や方角を知っている人間を一人拘束する必要があった。それはそれでリスクが高いからな」


 そんな過激なことを考えていたのか……。

 でも確かに、言われてみればその通りかもしれない。

 正確な方角を維持するには、それを知っている人間の協力が必要不可欠だ。

 しかし、竜がいるとなるとその方法も限られてくるわけだ。


「それに理由なら他にもある。密猟者……いや、人間達は冒険者と呼ぶのか。そいつらを同行させた方が何かと情報を得られると思ったからだ。セントナイアの地形やオークションについても出来る限り聞いておけ」

「そうですね、わかりました」

「ただし、襤褸ぼろは出すなよ」


 と、カリムさんは付け加えた。


「あ、じゃあ、どうして地下ではなく地上にしたんですか? 地下の方が早く到着できるって言ってましたけど」

「地下は万が一の時、逃げ場がないからよ」


 答えたのはフラムさんだ。


「あ、確かに」

「その点、森はわたしたちの領域。比較的簡単に逃げられるし、場合によっては反撃だって出来る。でしょ?」

「そういうことだ。急いで空回りをするより、確実な方法で向かう方が健全だ」

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異世界スケッチ ~具現化スキルで、スローライフは送れない! 仕方がないので、異世界ごと描き換えることにした~ シグオ @fsigma2337

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