3-7 手がかり

 翌日の早朝、僕たちは新聞を手に入れるべく宿を出た。

 宿屋のおばさんが言うには、ここから一番近い新聞の販売場所は冒険者ギルド付近とのこと。

 早速、足早にそこへと向かう。


「ふぁ~、ねむーい」

「さっきからうるさいぞ、フラム。お前は一番ぐっすりと眠っていただろ」


 フードの中で何度も欠伸をするフラムさんに、カリムさんは胸ポケットの中から舌打ちを飛ばす。


「まだ昨日の疲れがとれてないのよ」

「疲れ? お前はそこでずっと寛いでいただけだろ?」

「むか! そんなわけないでしょ! 私だって……そ、それなりに活躍したわよ。そうでしょ、リオ?」

「……」

「リオ?」

「おい、人間、何をぼうっとしている?」

「え? あ、はい、そうですね。フラムさんは、えっと……しっかりと寛いでくれてましたよ」

「リオ!?」


 あれ? あまり話を聞いていなかった。


「人間、昨日はしっかりと寝たのか? どれくらい寝たんだ?」

「えっと、あまり……」


 結局あの後、僕は眠気を忘れて絵に熱中してしまったのだ。

 そろそろ寝ようかと思った頃には既に朝日が顔を出し始めており、たぶん一時間も寝れてない。


「絵を描いていたのか?」

「はい……」

「まったく、お前らは適度な睡眠もろくに取れないのか」

「わたしも?」

「お前は寝過ぎだ。まぁいい、時間を見つけてしっかりと休んでおけ」


 呆れたようにため息をつくカリムさんだったが、意外にも最後はそんな言葉をかけてくれた。


「はーい」

「お前には言ってない」


 それから歩くこと数分。目的地へと到着。

 早朝ということもあってか、道中はあまり人を見かけなかったが、冒険者ギルドが近づくに連れて次第に賑やかになってくる。


「はーい、朝刊だよ! 銅貨五枚ね!」


 新聞屋と思しき人が台の上から声を張っている。

 銅貨五枚か。紙にしては少し安い気がするが、紙にも色々とあるのかもしれない。

 昨日準備しておいたお金を具現化し、僕も新聞を手に入れた。

 そして人気の少ない路地裏へ。昨日、フラムさんと来た場所だ。


「どうだ?」

「はい、今確認します」


 関係ない記事を読み飛ばし、目的の見出しを探し出す。

 そして、


「ありました! オークションの記事!」


 僕たちは食い入るようにその記事に目を向けた。


『今年も開催! セントナイアの解体オークション! ついに出品情報公開か!?』


 遂に一週間後に迫った解体オークション!

 言わずと知れたこのオークションは、大陸中の上流階級が注目する一大イベントだ。動くお金も莫大で、帝国中にもたらす経済効果は決して無視できない。

 そこで我々取材班は、オークションの関係者に情報を聞き出すべく突撃取材を敢行した!


取材班 「今年も滞りなくオークションは開催出来そうですか?」

某関係者「ええ、もちろん」

取材班 「各商会からの出品は締め切ったとのことですが、今年の品揃えはいかがでしょうか?」

某関係者「そうですね、例年に比べると質も量もかなりのものですよ」

取材班 「質も、ということは希少な種族が出品されると言うことでしょうか?」

某関係者「ははは、目ざといですね。はい、その認識で合ってますよ」

取材班 「ずばり、その種族とは?」

某関係者「いやぁ、勘弁してくださいよ。秘密ですよ、秘密」

取材班 「では、ヒントだけでも!」

某関係者「うーん、ヒントですか……そうですね、今回の目玉商品は二つあります。一つはとても大きくて、一つはとても小さいです」

取材班 「なるほど! これは、かなりのヒントではないでしょうか! ご協力ありがとうございました!」


「あの、これって!」

「あぁ、ほぼ間違いないと言っていいだろう」

「うん、竜と妖精のことだと思う」


 ようやくたどり着いた確かな手掛かりに、僕たちは顔をほころばせた。

 しかし、すぐに思い至る。

 同時にこれは最悪の事態でもあるということに。

 そう、ハフマンさんの語ったオークションは本当に存在したのだ。ただの噂ではなかったのだ。

 そして、そこに出品されるということはつまり……。最悪の結末が頭を過った。


「手遅れになる前に向かうぞ」

「はい」

「でも、場所は? セントナイアってどこにあるの?」


 そうだ。まずはそこから調べる必要がある。


「カリムさん、フラムさん、二人はその中で休んでいてください。ここからは人間である僕の出番です」

「分かった」

「よろしくね、リオ」


◆◆◆


 僕はすぐに冒険者ギルドへと向かった。

 そして入口から中に入ろうとしたところで、


「あれ?」


 扉が開かないことに気づく。中から施錠されているみたいだ。

 そうか、まだ営業時間じゃないから……。

 いきなり出鼻を挫かれてしまったな。


「どうかしたのか?」

「えっと、それが……」


 気にかけてくれたカリムさんに、僕が答えようとした時だ。

 背後から別の誰かに声をかけられる。


「あら? 誰かと思えば無職のイズミ様ではありませんか」


 聞き覚えのある声と、その皮肉めいたセリフですぐに誰だか分かった。


「レイナさん!」

「こんなに朝早くから就職活動ですか? ご立派ですね」

「違いますよ……」


 レイナさんは相変わらずだった。

 しかし、昨日とは違って可愛らしい私服姿をしている。

 制服姿の時は大人っぽい雰囲気が強かったが、今のレイナさんはどこか年相応という感じがして何となく親近感が湧いてしまう。僕より年上なのは間違いないだろうけど、それほど離れているというわけでもなさそうだ。


「レイナさんこそ、こんな時間からどうしたんですか?」

「わたくしは就労者ですので、出勤をしていたのです」

「そ、そうですか……あ、でもちょうど良かったです。色々とお聞きしたいことがあって、少しお時間いいですか?」

「申し訳ございません、イズミ様。只今は営業時間外ですので」


 丁寧にお辞儀をするレイナさん。

 そして「イズミ様が職に就けることを願っております」などと言い残し立ち去ろうとしてしまう。


「あれ? 冒険者ギルドじゃないんですか?」

「はい、営業開始まではまだ時間があるので、近くの喫茶店で朝食でも取ろうかと」

「一人でですか?」


 僕が何となく口にした疑問。

 それにレイナさんは凍てついた笑みで答えた。


「そうですが、何か?」


 こ、怖い……。何か僕はまずいことを口にしてしまったのだろうか。

 しかし、怖気づいている場合ではない。この機を逃すまいと、僕は勇気を振り絞った。


「あの、良かったら僕もご一緒していいですか?」

「……」


 今度はキョトンとするレイナさん。

 そして、すぐに怪訝そうな目を向けてきた。


「イズミ様、無銭飲食は感心しませんよ」

「いや、そんなことしませんよ!」

「では、わたくしからたかろうということですか……図々しいですね。見損ないました」

「どうしてそうなるんですか⁉ むしろ色々と教えて貰えたら、僕のほうがご馳走しますから」

「イズミ様が?」


 いまだにレイナさんは疑いの視線を止めてはくれない。

 そうか、昨日僕が無一文だったから……。

 仕方がない……。

 僕はリュックの中から、金貨の詰まった袋を取り出した。

 他の人には通用しなくとも、たぶんレイナさんなら食い付いてくれる。そんな気がしたのだ。


「な、なんですかこれは⁉」


 やっぱり……。

 目を見開いて、お金に釘付けになるレイナさん。

 そして口を開いたまま、僕とお金の間で視線を行ったり来たり。

 普段は落ち着いた物腰のレイナさんだが、今は好物を目の前に置かれた子供のように目を光らせて……いや、好物を目の前に吊るされた獣のように目を血走らせている。

 レイナさん……こんな一面もあるのか。

 しばらくして、徐々にレイナさんの顔つきが普段のキリッとした表情に戻っていく。

 そして「まさか強盗を……」とか言い出した辺りで、話を先に進めることにした。


「とにかくお金については心配いらないので、二人で食事でもどうですか?」

「え?」


 一瞬レイナさんは僕の顔を見つめたまま固まった。


「えっと、ですから、その……僕と一緒に……」

「こ、こほん。そうですね。ええ、そういうことならいいでしょう。こちらです。ついてきて下さい」


 あっさりと了承してくれた。


◆◆◆


 冒険者ギルドのちょうど裏手にある喫茶店。

 早朝ということもあってか、まだ店内のお客さんの姿はそれほど多くはなく、喧騒も控えめ。

 話を聞いてもらうにはちょうどいい雰囲気だ。

 二人分の朝食が運ばれたところで、早速僕は本題を切り出そうとしたのだが。


「イズミ様はご就職の方はなさらないのですか?」

「はい?」

「十五にもなれば、親の仕事を手伝ったり、帝国の騎士団見習いに志願したり、あるいはどこかの魔法学院に通ったりと、何かしらをして将来に備えているのが普通です。その歳で何もせずに過ごしているのは、よほど親が裕福で将来が約束されている貴族様か、もしくは行く宛もなくスラム街でその日暮らしをしている人くらいですよ。現にわたくしも十四の頃には既にギルドの雑務を行っていました」

「……」

「せっかく秀でた能力があるのに勿体ないかと」


 真剣な眼差しで諭すように語るレイナさん。

 早く本題に入りたかったが、思わず聞き入ってしまった。

 この世界を生きて行く上で、聞き漏らしてはいけない内容な気がしたのだ。

 それに、もしかしたらレイナさんは僕のことを心配してくれているのかも知れないと、そう思った。


「イズミ様のお顔立ち……それと雰囲気でしょうか……大変好感が持てます」

「え……?」

「何と言うか、頼りがいがなさそうで、人畜無害そうな感じです」

「……」


 これ……褒められてないよね?

 一瞬頬が緩みかけたが、すぐに引きつった。

 だが、


「力があって強そうな男性を好む女性も多くいますが、わたくしはイズミ様のような優しそうな人の方がタイプですね」

「……⁉」


 何なんだ、さっきから……。今一状況が飲み込めない。

 僕は今、何を言われているんだ……?

 綺麗な年上の女性が、年下の僕にタイプだとかなんとか……。

 からかわれているのだろうか……いや、絶対そうだ。

 現にレイナさんは顔色一つ変えずに、淡々と朝食を口に運んでいるし。

 因みに僕は、フォークを肉に刺したまま顔を真っ赤にして固まっていた。


「痛ッ!」


 なぜか突然、後頭部に痛みが走る。


「イズミ様?」

「な、なんでも無いです。というか、からかわないで下さいよ、レイナさん」

「いえ、そんなつもりは。とにかく仕事はしたほうが良いと思いますよ。無職であることを除けば、イズミ様は女性から見れば結構魅力的に映りますから」

「あ、ありがとうございます……」


 なるほど、そういうことが言いたかったのか。

 嬉しいような、恥ずかしいような……いまだに顔の火照りが抜けきらない。


「すみません、話を遮ってしまって。わたくしに聞きたいことがあるのでしたよね?」

「あ、はい、そうなんです!」


 レイナさんは顎に手を添えると、ふっと笑みを浮かべた。

 それはいつもとは違う、例えばいたずらを思いついた時のような、そんなあどけない笑み。


「わたくしは独身です。歳は今年で十九になります。年収はおいおい、好きな男性のタイプは……」

「あの、レイナさん……」

「冗談です」


 そんなこんなでようやく本題へと移ることが出来た。


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