(十五) 派手な傘
外は雨だというのに、なつ紀が傘売り場を覗いたとき客は一人もいなかった。日本人形のような彼女は、暇らしくレジに肘をついてぼんやりとしていた。どうやら今の時間、シフトは彼女一人のようだ。
「そんなふうに売り場で肘をついていると、誰かに見られてあとでお叱りの投書をされるわよ」
なつ紀は近寄って、彼女に声をかける。彼女は素早くぱっと身を起こしてなつ紀を見た。眉毛のあたりで揃えられた前髪が大きく揺れた。
「あれ。今、休憩?」
「帰るところ」
雨がいっこうにやみそうにもないので傘を見にきたのだとなつ紀が説明をすると、彼女は身を仰け反らせ、物好きだと言って笑った。切り揃えられた前髪がまた揺れる。
「傘売り場担当の私が言うのもなんだけど、その場凌ぎで購入するにはデパートの傘は高すぎるよ。ごらんのとおり、外が雨だからといって飛躍的に売り上げが伸びているわけでもないしね。悪いことは言わないから、コンビニで買ったらどう。デパートを出て五分もかからない場所にあったでしょ」
「私はただの一滴も雨に濡れたくないのよ」
本当は小雨程度なら厭わないが、何となく彼女の物言いに腹が立った。
並べられた傘の前につかつかと歩み寄ると、わざと値が張って奇抜なデザインのものを選んで手にとった。原色を組み合わせた大柄の模様は派手すぎてチカチカと目に痛く、ぱっと見に目を惹くもののそれだけで、デザインとしてはひどく野暮ったい。いつまでも売れ残りそうな感じのする傘だった。実際、そのために今まで売れ残っていたのだろう。
「これにする」
なつ紀が選んだ傘を差しだすと、彼女は一瞬びっくりした顔をした。おそらく傘売り場担当の彼女の目から見ても、その傘はまるで売れる見込みのないものだったのだろう。
「本当にこれでいいの?」
レジでバーコードを読み取りながら、彼女は何度も確認してきた。
「考えなおしたら? 一度使ったら、もう返品はできないよ。お金をドブに捨てるようなものだよ」
なつ紀はそれには答えないで、財布からお金を出して社員割引用のカードと一緒にカルトンに置くと、すぐに使うからタグを切ってくれるよう頼んだ。彼女は数回ためらったのち、ようやくタグを切ると傘をなつ紀に差しだした。
なつ紀はその傘をさして駅まで歩いた。
表に出てみると雨は先ほどと勢いがまったく変わっておらず、相変わらず激しくコンクリートを叩きつけている。一歩踏みだすと足元はすぐに濡れた。パンプスの爪先からじわじわと湿ってくる。
ときどき傘越しに通行人の顔を窺ってみたが、道行く人は誰もなつ紀のさす傘には目もくれていなかった。みな忙しなく家路を急いでいる。ほんの少しだけ残念な気がした。派手な色合いのおかげで、多少チカチカするものの視界が明るいことだけは利点だった。
結局その傘はその日以来一度も使われないまま、玄関の傘立てに放置されている。
「あの傘、欲しかったらあげましょうか」
話の途中でなつ紀は言った。透吾は傘の柄を確かめることもせず即座に断った。
「つまらないの」となつ紀はぼやく。「あの傘をさして歩く透吾の姿を見てみたかったのに」
「そんなの、ばかみたいに見えるだけだよ」
「そう? 透吾なら、案外似合うと思うけど」
まるで嬉しくはない。
そんなことよりも話の続きをしてくれるよう促すと、なつ紀はやや不服そうにしながら、デパートを出たそれからあとのことを話しだす。
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