第1章 巣鴨エイリアンバスターズ
第1話 Dr.シュニはあやまらない
「エイリアン?」
「はい」
「巣鴨に?」
「そうなんです。巣鴨大学の命運をかけた研究です。くれぐれも、Dr.シュニ、大事にこのエイリアンの研究を進めてください」
「大学の進退がかかっているんです」
たてつづけに言われるシュニは、あごに手をあてた。
ミスター・シュニーブリテン・テオドルモは、巣鴨に住む27歳の、生命生物科学の準教授。
チェコと日本のハーフの巣鴨育ちだ。
短い金髪をつねに後ろになでつけ、グレーのひとみはいつもまっすぐ前を見ている。
まっすぐな姿勢で、長身で、毎週、同じ曜日に同じ服と、同じ白衣を身に着ける、”規律立った人”だ。
スター・シュニーブリテン・テオドルモは、Dr.シュニと呼ばれる。
シュニとは、ハンガリーなどで、「ハリネズミ」という意味もあり、シュニは、昔から母親に「ハリネズミちゃん」などと呼ばれてきた。
それは、語感がいいからだけではない。
Dr.シュニは、すこしばかり、”神経質”なのだ。
そして、潔癖症で、自分で決めたルールを、絶対に守り通すことに、生きがいを感じてすらいる。
そのルールは、月曜日に必ず、グレーのシャツとブラウンのジャケットとパンツ、緑の靴下を履き、ほこりのついていないブラウンの革靴を右足から履くということから。
絶対に他人とは握手しない、など多岐に渡る。
そして、言い換えれば、それらのルールが守られてなかったとき、Dr.シュニは、ひどく不機嫌になる。
それも、あまり可愛らしくない、不機嫌だ。
Dr.シュニは、他人への暴力などは行わないが、自分自身の守るためには、見境はない。
いままで、彼に送られてきた苦情のメールや手紙は、10000を越える。
それも、Dr.シュニに言わせると、「周りの愚鈍な人間が、自分の”ルール”を脅かすから」なのだ。
それでも、Dr.シュニは、学長に何度もいさめられ、どうにか自分の心を守るために、いろいろな発散の方法を見つけてきた。
たとえば、Dr.シュニの研究室には、常にバーナーが5本あり、焼かれてもいい鉄板が15枚ある。数は、それ以上も、それ以下も、ゆるされない。
Dr.シュニは、ときおり、1週間に5回くらい、このバーナーで、鉄板をあぶって、"心を守っている"。
そのように、Dr.シュニは「ハリネズミちゃん」と呼ばれ、家族の一部に愛されながら、自分のルールを守って生きてきた。
幸いにしていじめられることはなかったが、ザンネンながら友人は1人もいない。
そんなDr.シュニの目の前には、いま、ガラスケースにいれられた、緑色の物体がある。
「エイリアンです」
「これが?」
両手で抱えきれるほどの水槽には、緑色の物体がうごめいている。
「はい、エイリアンです」
「NO, ありえない。エイリアンの存在は、2023年のNASSAN研究の第555回目の宇宙交信研究で、否定されているはずだ」
「ですが、いたのですよ。生命生物科学の準教授であり、ハーバード大学で生物学の博士号をとった、優秀な教授のDr.シュニに、このエイリアンの分析を行ってほしいんです」
相手が下手にではじめるときは、だいたい面倒くさくなっているときだと、Dr.シュニは知っている。
「テレビや報道陣は、その安全性などが確認できるまで、それを秘密にしているんです。Dr.シュニは早急に解決してください!」
いまの時間は、6:20
シュニの退勤時間は、6:30
「わたしの退勤時間は、あと10分後なのだが」
「きみが1秒も残業をしない主義なのは知っている。ただ、わかってくれ。これは、先ほども言った通り、大学の進退をかけた、最重要な研究なんだ」
巣鴨にやってきたエイリアンの、その最初の検体を手に入れた。
それがどれほど重要か。
学長は語る。
けれど、Dr.シュニはNOといえる人間だ。
時計を見て、募っていくイライラに、シュニは自分の心を守るために、バーナーを持った。
そのDr.シュニを見て、学長はため息まじりに言った。
「もういいよ、Dr.シュニ」
という言葉に、Dr.シュニは学長の顔を見た。
「そうですか」
そして、Dr.シュニは突然――
ヴォーッ
最大火力のバーナーで、エイリアンを焼き消した。
そう、焼き消した。
「は?」
学長が、口と目を開けて、Dr.シュニを見つめる。
「は? 何してるんだ?」
学長は、溶けて液体になったエイリアンだったものを呆然と見て。
また、Dr.シュニを見た。
「学長、きみが、"もういい"と言ったんだ。わたしが焼いてもいいという意味だろう?」
「そういう意味じゃない! なんてことをしてくれたんだ!!」
突然怒り出す学長に、Dr.シュニはきょとんとする。
「不明瞭な言葉で話さないでくれないか?」
学長は、キレた。
「貴重な研究資料を……よくも! Dr.シュニ!!! きみはクビだ!!」
「失礼ながら、私の責任に帰すべき事由なく、退職勧告をするのは、違法になる可能性が――」
「いますぐここから消えろ!」
普段、絶対に怒らないと言われる学長をキレさせたミスター・シュニーブリテン・テオドルモは、荷物を持って、一度学長を振り返り、振り上げられたこぶしを見て。
早足で大学を去った。
Dr.シュニは、大学を辞めさせられた。
これが、初めてではない。
すでに5か所の大学をやめさせられている。
今回も、また納得のいかない理由でやめさせられたDr.シュニは、右手に持ったままのバーナーを見て。
それでも、いつも乗るバスに向かうため、早足で進んだ。
大学の門を出たとき、人が駆け寄ってきた。
「きみ、少し良いかい?」
Dr.シュニに声をかけたのは、右手に警察手帳をかかげた男だった。
「いいえ」
Dr.シュニは、NOが言える人間だ。
「すまないが、来てもらう」
「わたしの午後6:30以降は、わたしの自由に――」
Dr.シュニは、そのままパトカーにのせられた。
数十分後。
赤信号の間にパトカーから勝手に降りたDr.シュニは、巣鴨の人気のない通路で。
エイリアンに襲われた。
巣鴨エイリアンバスターズ てとらきいな @akaribook
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