秋の終わりと冬の始まり

 私は今、シトルイユ王国の王都にある王宮。

 その謁見の間にいた。


 広い謁見の間の、玉座へと続く赤い絨毯の上。

 私は跪いて頭を下げていた。

 隣にはアンリエットと、ゼフィール領の領主様である辺境伯が同様に跪いている。


 そんな私へと、威厳のある低い声がかけられた。


「リディ・ネージュ。面を上げよ」


「はっ!」


 打ち合わせ通りの返事をし、言われた通りに頭を上げる。


 目の前のモジャモジャの長いひげを蓄えたサンタクロースみたいなおじいちゃんがいた。

 彼こそが、この王国の国王陛下であった。


 目の前に立つおじいちゃんは、厳かに声を上げる。


「そなたは王国の未来を奪う危機に対し立ち向かい、地龍を討ち取ることで数多の命を守ってみせた。その強さと勇気、そして智慧を讃え、ここに『剣付騎士聖銀十字章』を与える」


 隣の秘書官から小さな箱を受け取った陛下は、箱の中から勲章を取り出す。

 ミスリルで出来た正十字、その後ろに交差する剣が模られた勲章だ。


 この式を行うにあたり事前に話は聞いていた。

 十字勲章は王国民で、主に軍事など戦闘面での功績を讃えた勲章の一つ。

 一番下の『騎士十字章』から始まり『騎士金十字章』、『剣付騎士金十字章』へと位が上がっていき、一番上がこの『剣付騎士聖銀十字章』となる。


 建国以来、この勲章を与えられたのは五十人にも満たないとか。

 こんなすごい勲章を与えられたら恐縮してしまう。

 でも、勲章や爵位に興味なかったとはいえこうしていざもらえるとなると。


 めちゃくちゃ嬉しかった。


 陛下は取り出した勲章をみんなに見せるように掲げた後、私の制服の左胸の部分へと直々に付けてくれた。

 セクハラだなどとは言ってはいけない。

 国王陛下自らの手で勲章を付けてくれるのは、王国民としてたいへん栄誉なことなのだ。


「並びに、その功績を讃え、そなたへと『騎士』の爵位を与えよう。今後はシトルイユ王国貴族の一員として、その血と忠誠を国家に捧げよ」


「謹んで、拝命いたします」



 その後を話そう。


 一代貴族である騎士爵へと叙爵された私だけど、その生活はあまり変わらない。

 相変わらずダンジョンと学園に通う日々だ。


 変わったと言えるのは、周りからの目。


 めちゃくちゃすごい勲章である『剣付騎士聖銀十字章』を与えられ、貴族となり。

 私と同時に『剣付騎士金十字章』を与えられたアンリエットと揃って、レヴール王立学園の『二人の英雄姫』なんて呼ばれ出した。


 王宮が私の叙勲・叙爵と龍狩りを大々的に報じたので国中へと噂が広まっているのだ。

 今国内でもっともホットな話題は吟遊詩人の語る『小さな人形姫の龍狩り譚』。

 劇団でも連日この演目が垂れ流されているとか。


 とても恥ずかしい。勘弁してほしい。

 いつぞやブロカンテのマスターが、自分のことを吟遊詩人に語られていることについて渋い顔をしていた気持ちがわかったよ。


 学園内でもいろいろと変わった。

 あの夜をともに乗り越えたみんなはもはや戦友。

 派閥争いもなくなり一致団結した和気藹々とした学年へと早変わりだ。

 当然、私やシェリーへのいじめや嫌がらせなどはなくなった。


 なんだか『魔物氾濫』やら地龍やらで有耶無耶になりそうだったけど、いじめをなくすという目的は達成できたらしい。


 あと、エリザベートについてなんだけど。

 彼女が家の権力を使って『誘魔剤』を持ち出したことは当然ながら重罪。


 犠牲者が出なかったとはいえ許される話ではない。


 エリザベートのいじめや嫌がらせは腹が立ったし、今でも彼女のことが好きかと言われると別に好きじゃない。


 だけどあの場でエリザベートやその取り巻きが『代償の黒柩』に捧げる迷宮器をくれなかったら、魔力が足りなくて地龍を倒せなくなってたかもしれない。


 それに、一番の被害を受けていたシェリーはあの後エリザベートからの謝罪を受けて和解した。

 ちゃんと反省していると言ってくれた。


 なので私が音頭を取って、減刑をお願いする署名を募った。

 私たちの学年はあの夜を乗り越えたことで、みんな揃って仲間意識が極めて高い。

 もちろんその仲間には、エリザベートだって含まれてる。


 快く書いてくれた学年全員分の署名をアルベールを通して王宮に提出した。


 だけど、そんな嘆願も虚しくエリザベートは王宮へと連れてかれてしまう。


「わたくしは自分のためにどんなことでもするけれど。その結果も、責任も。すべてわたくしのものなのよ」


 なんて堂々と胸を張って、裁判のため王宮へと連れ去られていくエリザベートの姿は今でも印象に残っている。


 だけどその次の日。


「あら、ネージュさん。ごきげんよう」


 などと何事もなかったかのようにしれっと教室にいるエリザベートの姿はもっと印象に残った。


 アルベールに聞いた話なのだけど。

 王国の貴族の中でもとくに影響力のある公爵家が、こんな不祥事を起こしたとなれば国が揺れる危険性があるとのこと。


 そのため、表向きはお咎めなしとして国民の目を欺く。

 完全に隠蔽工作だけど『誘魔剤』なんて使われてなかったし、『魔物氾濫』は地龍に追い立てられた影響で発生したもの。

 表向きはそういう話になったのだ。


 実際はレテネーブル公爵家へと王宮の監視員を派遣したり、向こう十年ほど閑職に回されることになったりと。

 けっこうな罰が与えられている。


 そんな事情もあって、リディ・ネージュとかいう英雄の誕生を国民に対して大々的に報じたのだ。

 貴族の不祥事から目を逸らさせるためのスケープゴートである。


 なんかとばっちりを受けたような話だ。

 だけど署名を集めたのは私なのだし、何はともあれエリザベートが処刑とかにならなくてよかった。

 これくらいは甘んじて受け入れよう。


 そして、今日。

 レヴール王立学園の前期終業式が終わってその帰り道だ。


「んー! 冬休みだね!」


 ひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだシェリーが、ぐっと体を伸ばして楽しそうに笑う。


「ですね。一ヶ月以上ありますが、何をしましょう」


 アンリエットが、むむと悩むように答えた。


「いろんなことしよう! 思いつくこと全部! 三人だから楽しいよっ!」


「そうだよ、エッタ。これから三人で考えよう」


「ふふ。二人の言う通りかもですね」


「そうそう! 冬休みは長いんだからっ! あ、リディちゃんはダンジョン控えめにしてね! それか行く時はみんなで行こ!」


「うぇっ!?」


「ダンジョンも楽しいけど、せっかく長期休暇なんだから普段はできないことしようよ!」


「……まあ、それもそっか」


 楽しみだね。なんて、三人で笑い合いながら。

 冷えた空気の中を寄り添いあって歩いていく。


 これからの冬休み、きっと楽しいことがいっぱいある。

 私はなんとなく駆け出した。


「寒い! 早く帰ろう!」


「あ! 待ってリディちゃん!」


「二人とも、ゼフィール家の別邸がどこにあるか知りませんよね! どこ行くつもりですか!」


















 そういえば、乙女ゲームってどうなったんだろう。

 ヒロインのシェリーは攻略対象のアルベールじゃなくて私たちといるし、悪役令嬢のエリザベートは改心したし。


 なんだかめちゃくちゃにした挙句、フラグやらシナリオやらなんやら破壊してしまった気がする。


「……ま、いっか!」


 もう気にしないことにした。







いつもお読みいただきありがとうございます!

今話にて一章部分が終わり、次話から二章に入ります。

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転生少女、チートな『召喚魔法』でダンジョン無双しついでに乙女ゲームも破壊する 秋町紅葉 @trah

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