英雄
私の勝利宣言を近くで聞いたアルベールが、颯爽とみんなの前に躍り出て、剣を掲げた。
なんだこいつ。
と一瞬思ったけど、その思惑はすぐにわかった。
「聞け!! 恐るべき地龍は我らが友、リディ・ネージュが討ち取った!! 王国の歴史に、偉大なるドラゴンスレイヤーが生まれたのだ!! 勝ち鬨を上げろ!!!!」
『うおおおおおおお!!!!!』
大歓声。
立場も身分も関係なく。男子も女子も、派閥が違えども。
みんなが近くの人と抱き合って泣きあって。
周囲を昂揚と熱狂が支配し、誰もが喜びを分かち合っていた。
勝ち鬨て。お前ら何もしてねーじゃん。
などとは言わない。
私は空気の読める女なので。
「リディちゃんとアンリエット様以外、何もしてないですよね?」
シェリーが不思議そうに首を傾げた。
彼女は空気が読めなかったらしい。
「みんな生きるか死ぬかだったんです。仕方ありませんよ」
苦笑を浮かべたアンリエットがとりなした。
「死ぬと思っていたのに、生き残った。その喜びの矛先がリディの勝利を讃えることに行き着いたのです」
「……なるほど」
シェリーも納得したように頷いた。
生徒たちは『
かと思えば地龍が現れて絶望して、私が押さえ込んだことで希望を抱いて、だけどあの大技で絶望して。
今度はヴィクトが互角に戦いだして希望を抱いて、ヴィクトが倒れて絶望……ではなく同時に地龍も倒れて。
そしてこの熱狂。
山と谷を何度も往復する感情のジェットコースターだ。
多分みんな、振り回され過ぎて感情が壊れてしまったのだろう。
そこにいるのは栄誉あるレヴール王立学園に通う上流階級の子供たちではなく。
ただ、一人一人の等身大の人間だった。
「というか! リディちゃん本当に勝っちゃった! すごすぎるよっ!!」
「魔物たちのおか――むぎゅ」
シェリーに抱きつかれて口を塞がれてしまった。
恐るべき巨乳め。恨めしい。
「ええ、本当にリディはお手柄です。今のうちにサインとかもらっておかないと」
アンリエットはキラキラした目で見つめてきた。
どうやら強さを信奉する彼女のお眼鏡に叶ったらしい。ブロカンテのマスターを見ていたのと同じ、ヒーローを見る目だ。
でも今回地龍に勝てたのは、たまたま私の手札がジャイアントキリングを達成するために揃っていたからだ。
私じゃアンリエットみたいに『魔物氾濫』を収めることはできなかった。
しかもその後に彼女は風の盾で地龍からみんなを守ってみせた。
私はアンリエットもヒーローだと思うけど。
それに頑張ったのもすごいのも私じゃなくて仲間の魔物たちだよ。
『ネージュ!! ネージュ!! ネージュ!! ネージュ!! ネージュ!!』
アルベールが音頭をとりながらなんかやっている。
恥ずかしいんだけど。
というかよく見たらエリザベートまで混ざってる。なんだあいつは。
「あるじ様ー!!」
可愛らしい声ともに、小さな女の子が抱きついてきた。
レキだ。
大役を果たした暗殺者。地龍退治の立役者だ。
「レキ、ありがと! 大義であったな!」
「もったいないお言葉ですっ!」
ねぎらいと感謝をこめて、頭を撫でくりまわすと「きゃあ」なんて言って機嫌よさそうに喜んだ。
献身的で自己主張が控えめで、見た目通り忍者っぽい性格のレキ。
それでも今回ばかりは、レキだって感情を抑えきれないらしい。
なんたってC級の魔物である彼女がS級の地龍にトドメを刺したのだ。
大金星なんて言葉じゃ足りないほどの大活躍だった。
「レキちゃん! かっこよかったよ!」
「お見事でしたね」
「えへへ」
シェリーとアンリエットにまで褒められたレキは、にこにことご満悦だった。
そんなとき、テオドールからも俺も撫でろと言わんばかりの思念が届いたので遠慮なくもふもふを撫でまくる。
この子もみんなの支援に私の護衛にと頑張ってくれたのだ。
本当はヴィクトたちのことも目一杯褒めてやりたかったけど、再び召喚可能になるまではまだ時間がかかる。
あとでたくさん褒めてあげないとね。
「ネージュ、お前が地龍を?」
「先生」
私たちのクラスの担任教師、シャグラン先生だ。
それは疑問というより、確認のようだった。
「はい、なんとかギリギリでした」
「そうか、よくやったな」
それは、満面の笑みだった。
いつぞや見た怖いものではなく、心からの笑みに見える。
「先生の方は、生徒たちは無事ですか?」
シャグラン先生は『誘魔剤』の報告を聞いて、すぐに森に取り残された生徒がいないか確認しに行ったのだ。
「ああ、全員無事だ。安心しろ」
「よかったです」
少しだけ気がかりだったのだ。
戦っている間は余裕がなかったのだけど、先生たちにも見つけてもらえず取り残された生徒がもしいたら。
地龍との戦いに巻き込まれてしまったのではないかって。
みんな無事なら安心だよ。
「それにしても、やはり素晴らしい力だな。『召喚魔法』は……」
「……?」
小さく呟く先生の目は、私に向けられているようで向けられていない。
なんだか、変な感じがする。
だけど、そんな違和感はすぐに霧散してしまった。
「おい、リディ! こっちに来い!」
「え、アルベール?」
やってきたアルベールに腕を引かれて、勝利の余韻に興奮するみんなの前へと連れてこられた。
「おお! 我らが英雄リディ・ネージュ!!」
「ドラゴンスレイヤーよ!!」
「きゃー!! ちっちゃくてかわいいわ!!!」
「強くて賢い! そして可愛い!!」
「結婚してくれ!!」
あっという間にみんなに囲まれて、めちゃくちゃ褒められた。
あちこちから怒涛のように浴びせられる賞賛の声に、私は思わず顔がにやけてしまう。
「えへへ」
私の肩に手を置いたアルベールが、声を張り上げる。
「お前ら! 胴上げだ!! 英雄を讃えろ!!」
「え、え、あれ」
あれよあれよとみんなに持ち上げられ。
「ちょ、ちょい……待って、こわ……ひゃあ!!」
私は一人、宙を舞った。
『わーっしょい!! わーっしょい!! わーっしょい!! わーっしょい!!』
もう郊外演習どころの騒ぎではなかった。
それどころか、生徒だけでなく先生すら混じったお祭り騒ぎ。
だけど、みんな笑顔で。心の底から楽しそうで。
立場も、地位も、性別も、年齢も、それぞれ違って。
心だけは、みんな同じ。
暗い星空を明るく照らすような喜びの輪は、太陽よりも暖かく。
私はきっと、この夜の熱狂を一生忘れることはないだろう。
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