ジャイアントキリング

『赤熱の心臓』

 以前戦ったイレギュラーの鬼人が持っていた迷宮器。

 その効果は五分間の間、使用者の能力を三倍に引き上げるというもの。


 かつてD級の魔物にすぎなかった鬼人は、この迷宮器によってその力をB級の領域に届くほどまで倍増させた。

 それは圧倒的な強さで、当時C級の魔物だったヴィクトを含めた私の仲間たちはかなりの苦戦を強いられた。


 だけどその迷宮器は今は私の手の中にある。

 私の持つ最大の奥の手だ。


 D級魔物の鬼人がB級に達する強さを得られる『赤熱の心臓』。

 それを、B級魔物であるヴィクトが使えばどうなるか。


 その強さは、刃は、S級へと届く。


「『過重召喚オーバーロード』『再召喚リピート』」


 普段とは異なる赤い燐光を放つ白銀の騎士は、さらに『過重召喚』の黄金のオーラを纏う。

 その能力はすでに地龍と互角。


 能力が互角であれば、ヴィクトは負けない。

 ステータスに現れない巧みな技術を持ったヴィクトの動きを地龍は捉えることができず、ただひたすらにその体に斬撃を浴び続ける。


「すごい……!」


 シェリーが感嘆の声を漏らす。


 S級魔物である地龍と、S級の領域へと達したヴィクト。

 巨体を揺らし、破壊を撒き散らす地龍。

 縦横無尽に戦場を駆け、ダメージを刻み続ける不屈の騎士。


 それはまるで、神話の戦いのようだ。

 綴られるは誇り高き騎士による龍退治の一幕。


 その光景は先ほどまで絶望を浮かべていた生徒たちの顔へと生気を取り戻させる。

 その騎士の背中を見て、勝てると誰もが思った。


 それは当然だ。

 なにせ、傍目から見れば地龍よりもヴィクトの方が強く見える。

 実際、『赤熱の心臓』と『過重召喚』の重ねがけによる強化で、そのステータスは地龍と互角だ。

 それでいて戦闘技術に勝るのはヴィクトなのだから、どちらが優勢かなんて誰でもわかる。


 その上、ヴィクトは『再召喚』によって傷を負った瞬間にすぐに癒えていく。


 負ける要素はない。

 そう見えるだろう。


「リディ、ヴィクトは勝てるのですか?」


「……エッタは気付くか」


 隣に立つアンリエットが、訝しげに問う。


「戦況は優勢です。リディの支援もあるのですから、ヴィクトが負ける要素は一切ありません」


 見たままの戦況分析を行なったアンリエットは、「ですが」と続ける。


「これで勝てるのなら、最初からやっているのではないですか? 『智慧の義眼』を持ったリディが彼我の戦力差を見誤るとは考えられません」


「たしかに……」


 アンリエットの言葉に耳を傾けていたシェリーが、同調して呟く。


「リディ、どうなんですか?」


「うーん……」


 真剣な眼差しのアンリエットに私は言い淀む。

 だけど、シェリーからも見つめられて観念した私は口を開いた。


「……あれ、迷宮器の効果なんだよ。『赤熱の心臓』って言って、能力を全部三倍にする」


「……すごいですね。ですが、それだけ強いとなると」


「うん、デメリットがあって。五分しか続かない上に、時間が過ぎたら死んじゃう。ヴィクトは召喚した魔物だから送還されるだけだけど」


 極めて強力な『赤熱の心臓』の弱点はその重すぎるデメリット。

 使用した者は必ず死ぬ。

 命が一つしかない人間には使えたものじゃない。

 私が『召喚魔法』の使い手で、そのデメリットを踏み倒せるから有用な迷宮器になっているだけ。


 私以外にとっては本当に無価値な迷宮器だと思う。

 売りに出しても、二束三文の値しかつかないよあんなの。


「で、でも五分以内に倒せば!」


 シェリーが言う。

 その言葉は正しい。『赤熱の心臓』の効果時間内に敵を倒せば、それで済む話。

 だけど。


「あいつの耐久力、本当に高くて」


 鑑定で見破った地龍のステータス。

 耐久力がずば抜けて高く、他のステータスで並んでいるヴィクトの耐久力と比較してもなお数十倍。

 明らかに、桁がおかしい。


 多分ゲームだったらレイドボスとか、そういう類の魔物なのだろう。

 間違っても、一人で立ち向かうような敵ではない。


「たった五分じゃ、ヴィクトがどんなに強くても無理だよ」


 私はわかっていた、この戦いは時間稼ぎにしかならないって。

 ヴィクトの制限時間は刻一刻と迫り続ける。


 それに対して、地龍の耐久力の残りはおよそ六割。

 ヴィクトが一騎討ちを始めるまでになんとか一割削ったことを加味すれば、ここまでヴィクトが削ったのは三割。


 あれだけの耐久力を持つ地龍の三割を削るなんて、本当にすごいことだ。

 仮に『赤熱の心臓』の効果時間が十五分もあれば余裕を持って勝利できただろう。


 だけど、そんなに効果時間が長ければアンリエットの言う通り私は最初から『赤熱の心臓』を使っていただろう。

 現実は、たった五分の効果時間しかない。


 私の言葉に、シェリーは困惑する。

 当然だろう。だって、勝てないと言っているようなものだ。


「リディは落ち着いていますよね。ヴィクトが負けるというのに」


「まあね」


 アンリエットの問いかけに、なんてことはないように返す。


 だって、最初から正攻法じゃ勝てないことはわかってた。

 魔物たちで囲んで多対一で挑んだところで勝てない。

 ヴィクトが『赤熱の心臓』を使ったところで勝てない。


 では、どうしようもない。

 鑑定で地龍のステータスを確認して、その途方もない耐久力を見た時点で私はわかっていたのだ。

 それこそ、この戦いを始める前から。


「私は最初に作戦を立てたんだよ」


「作戦ですか?」


「うん、ちょっとずるい作戦だけど」


 ヴィクトには『斬波』意外に、もう一つのスキルがある。

 B級へと進化した際に得た『守護』だ。

 効果は、味方の一人が受けたダメージを肩代わりすること。


 普段はこのスキルの対象を私にしているヴィクトだけど。

 この戦いにおいて、最初から私はヴィクトの『守護』を受けていない。


 全部、私の作戦のための布石。

 正攻法じゃとても勝てないと判断した私が即席で考えた、ジャイアントキリングの大作戦。


 結構綱渡りだったと思うけど、もう作戦の成功はほとんど目前まで来ていた。

 だから私は落ち着いているし、ヴィクトが負けるとわかっていても動揺はない。


 ヴィクトはそもそも時間稼ぎだ。

 私の作戦を達成させるための、死兵。


 というか今までの全部が時間稼ぎ。


 仲間の魔物たちが倒されていくのは心情的に嫌だけど、一時的に送還されるだけだから今は考えない。

 勝つことが最優先。


 まもなくヴィクトの『赤熱の心臓』の効果が切れる。

 それと同時に、この戦いは終わるだろう。


「……リディ、改めて問います。勝てますか?」


「勝てるよ」


 アンリエットの再度の問いに確信を持って答える。


「というか――」


 ヴィクトが倒れ。

 命を燃やし尽くした白銀の体が光となって消えていく。


 騎士の最期を合図にして、それは現れる。


 ヴィクトの『守護』を受けて戦場の中に潜み続けていた私の最後の仲間。

『守護』は最終的にダメージを肩代わりするが、攻撃自体を受け止めるのはあくまでも当人。

 痛みも怪我もなく、それでも攻撃を受けたという結果だけは残る。

 ちょっとずるい挙動だとは思うけど。


 それは受けたダメージを二倍にして返す迷宮器『痛みの刃』へと着実に蓄積され続けていた。


 そして、不意打ちによって威力を十倍へと高める『暗殺アサシネイト』のスキル。


 その二つが合わされば、それはランク差を覆し圧倒的格上を仕留める下克上の力と化す。

 

 最大の強敵であるヴィクトが倒れ、油断した地龍のその喉元へ。

 暗殺者の、致命の刃が閃いた。


「――もう勝った!」


 私は得意げに胸を張り、ニッコリと笑顔を浮かべ。

 崩れ落ちる地龍の姿に驚愕するアンリエットへと、勝利を示すブイの字を突きつけてやったのだ。

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