地龍
「正直、勝てるかわからないけど」
森の奥から現れたドラゴンを見据える。
S級魔物『
今まで見たことのないような強さの敵。
これと比べれば、あのときのイレギュラーの鬼人も塵芥だろう。
鑑定した結果に、そのあまりにも高すぎるステータスに怯みそうになるけど。
「やるしかないっ!」
テオドールの『体内収納』から、『代償の黒柩』を取り出して私の目の前に突き立てる。
迷宮器を捧げて魔力に変換する迷宮器だ。
絶対、必要になる。
これをアンリエットに使ってもらえば、アンリエットも戦線復帰はできると思う。
だけど、鑑定で見た地龍の耐久力は果てしなく高い。
普通に戦っているだけじゃ、現状のアンリエットでは負けはしなくても勝つこともできないだろう。
それに一応だけど即席の作戦はもう考えた。
私にはアンリエットのように『魔物氾濫』を一気に倒す手段はないけど、強大な個をなんとかする手札なら揃ってる。
「リディちゃんなら勝てるよ!」
シェリーはぐっと両手を握り、まっすぐな目で私を応援する。
「リディ、他の生徒たちは私が守りますので、気にせず全力を出してください」
アンリエットは残った魔力で風の盾を張り、戦闘の余波から生徒たちを守る。
私は迫る地龍に指を突きつけ、召喚した仲間たちに号令をかける。
ヴィクト、テオドール、リーフィス、クーリエ、ミュール、レキ。
この子たちなら絶対勝てる。
「行くよ、みんなっ! 『
多くの魔力を消費して契約魔物を一時的に強化する『過重召喚』。
黄金のオーラに身を包む仲間たちが、一斉に動き出した。
先人を切るのはもちろんヴィクトだ。
大剣と大盾を手に、地龍の巨体へと立ち向かう。
その大きさの差は歴然。
だけどヴィクト青白く輝く大剣を掲げ、その鼻先に突きつけた。
『斬波』
イレギュラーの鬼人を屠った極光の斬撃が、開戦の狼煙だ。
『グラアアアアアアァァァァァアアアアアア!!!!!』
地を、森を、空気を揺るがす大音声。
ビリビリと響く雄叫びは、きっと地龍の怒りだ。
あまりの威圧に屈しそうになるけど、両足をしっかりと踏み締めて前を向く。
おそらくヴィクトの斬撃はたいしたダメージにはなっていないだろう。だけどこれでいい。
地龍はヴィクトに気を引かれてその歩みを鈍化させたのだから。
「リーフィスはヴィクトの補助に!」
ヴィクト一人では抑え切ることはできない。
いかに『
だけど、耐久力の一点に関してはヴィクトすら上回るリーフィスが補助に回ることでなんとか地龍の進撃を抑え込む。
「テオドールはバフ、ミュールはデバフ。クーリエは攻撃に回って!」
「ん!」
「りょうか〜い!」
テオドールの『加護』が『過重召喚』によって強化された魔物たちをさらに強化した。
ミュールは反対に地龍に対してひたすら状態異常とデバフをかけ続ける。
クーリエは最前線の戦場へと飛び込んで、地龍の攻撃を躱しながら『
「あ、あたしも!」
シェリーも『聖魔法』で加勢してくれた。
私の魔物たちの能力をさらに引き上げる。
だけど、これだけ仲間を強化してもなお地龍との能力差には圧倒的な開きがある。
盾としてその進撃を抑え続けているヴィクトやリーフィスはダメージを受け続けて、すぐに倒されてしまいそうになる。
といっても、そんなことは最初から織り込み済みだ。
「『
傷を負った契約魔物を全回復させる私の魔法。
契約した魔物専用とはいえ規格外の回復魔法だけど、その分『
魔力が早くも底をつきかけていることを実感した私は、躊躇なんて投げ捨ててテオドールの『体内収納』から取り出した迷宮器を『代償の黒柩』へと投入する。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛』
柩の蓋に描かれた女性のレリーフが不吉な声を上げると、『代償の黒柩』が開かれて魔力が溢れ出す。
ヴィクトとリーフィスが地龍を抑え、クーリエが攻撃し、テオドールとミュールとシェリーが支援。
ダメージを負えば私が『再召喚』で回復し、私の魔力がなくなれば『代償の黒柩』で供給する。
対して、地龍の耐久力はなかなか減らない。
完全な持久戦。
戦況が動くのは『代償の黒柩』に捧げる迷宮器が尽きるか、あるいは地龍が何かをしてくるか。
こう着状態なことに気づいたであろうアルベールが、こちらへとやってきた。
「リディ、お前こんな強かったのか。アンリエットが強いのは知ってたが……辺境伯領はどうなってんだ」
「余裕はないけどね」
話している間にも、迷宮器を『代償の黒柩』へと投入していく。
「……それ、迷宮器か」
「そう。迷宮器を魔力に変換する迷宮器。投入した迷宮器は当然帰ってこない。あとで請求してもいい?」
「ふん。ドラゴンを倒したなら、勲章でも爵位でも報酬でもいくらでもくれてやるよ」
「言ったね!」
勲章やら爵位やらはそんなに欲しいとは思わないけど、これだけお財布に大損害を負いながら戦っているのだ。
なんらかのリターンはもらっておかないと割に合わない。
「迷宮器がいるのなら、これを使え」
そう言ってアルベールが差し出してきたのはいくつもの迷宮器。
護身用だったりのさして貴重ではない迷宮器たちだ。
ありがたく『代償の黒柩』へとぶち込ませてもらう。
「わ、わたくしのも使いなさい!」
「エリザベート……」
アルベールに続いてやってきたエリザベートが、身につけていた迷宮器を私の前に放り投げた。
公爵令嬢らしく、その数はアルベールと同等の多さ。
あれだけ敵視されていたのに、意外だ。
エリザベートに倣って、取り巻きの子たちも迷宮器を差し出してきた。
「ありがたく使わせてもらうけど……あれもエリザベートの差し金?」
「ち、違いますわ! あ、あんなの、あれは計画にありませんわ!」
「計画ぅ?」
「あ」
冷や汗を流しながら両手で口を覆うエリザベート。
語るに落ちたな、こいつ。
多分、あの『誘魔剤』は彼女の仕業だったのだろう。
公爵令嬢なら禁制品だろうと入手する手段があってもおかしくない。
魔導機関車での意味深な言葉、わざわざ私たちのテント近くに撒かれていた『誘魔剤』。
そんなことだろうと思ったよ。
「お前……」
「エリザベート様……」
「今回のはさすがに……」
「お、おほほ。では、リディ・ネージュ。くれぐれも任せましたわよ!!」
アルベール、アンリエット、シェリー、ついでに私。
非難するいくつもの視線に耐えきれなくなったのか、彼女は風の盾の中へと一目散に逃げてしまった。
まぁ、『魔物氾濫』による被害はアンリエットのおかげでなかったし。
この地龍はエリザベートの差し金じゃないことはわかった。
迷宮器もくれたし。
生きて帰ったら、多分なんらかの罰があると思うけど多少の擁護くらいはしてやるか。
でも、それじゃあこの地龍はいったいどこから。
アンリエットの言っていた、
彼女の『
本当に、あれだけ大きな魔物が急に現れたのだ。
それって、まるで。
――私の『召喚魔法』みたいじゃ。
そんな思考をよそに、戦況は変わろうとしていた。
「あれは……」
私の魔物たちの抵抗によって少しずつではあるが、たしかにダメージを負い続ける地龍。
鑑定で見た耐久力的に、やっと一割削ることができたかな。とそんなときだった。
地龍の背中にある剣山のような棘が隆起し、体内から滲み出すように漆黒の体表が赤く色付いていく。
一目見ればわかる。大技の前兆だ。
魔力が高まり、地龍を中心に渦巻いていく。
圧倒的な力の奔流を前に、私は仲間たちを信じることしかできない。
「大技が来る! なんとか耐えて!」
アルベールやシェリーなど、風の盾の外にいた人たちがみんな中に退避する。
私は『代償の黒柩』を盾にして、その後ろに隠れた。
ひたすら『
やがて地龍の、全生物の超越種であるドラゴンの。
その全力が、解き放たれた。
『グルルルアアアアアアァァァァァアアアアアア!!!!!!』
ドン、と空気が爆ぜるような音がして。
一瞬、大地が大きく揺れた。
直後の静寂。
荒れ狂う暴風と、吹き飛ぶ木々や瓦礫の群れが周囲を蹂躙する。
私はただ『代償の黒柩』の盾の後ろでうずくまって、テオドールに降り注ぐ瓦礫を弾き返してもらうことでなんとか耐え忍ぶ。
やがて暴風が止み、吹き荒ぶ瓦礫の山が静かになり。
顔を上げた私は、見てしまった。
何も、ない。
そこにあったはずの森が、なくなっていた。
いや、一つだけあった。
変わらずそこに立つ、暴力の化身。
地龍だけが吹き飛んだ森の跡地、抉れた地面の上で静かに鎮座していた。
おそらく、衝撃波だったのだろう。
地龍の周囲を囲むような円形のクレーターができていて、森はすべて吹き飛ばされたのだ。
誰も声を発することができなかった。
アンリエットの風の盾はその役目を全うし、この場にいるすべての人間を守った。
だけど、身を守っても心までは守れない。
生徒たちの感情を表すのならば、それはただ一つ。
絶望。
これがS級の魔物。
理不尽の権化たる破壊の神、ドラゴンの力。
「こ、こんな……勝てるわけない」
誰かが言った。
その言葉は生徒たちにあっという間に浸透していき、誰もが諦めを口にする。
だけど私は、諦めない。
地龍が強いなんてことは最初からわかってる。
その上で、戦ってるんだ。
「――ヴィクトっ!!」
私の魔物たちは今の一撃でほとんど倒されてしまった。
再び召喚するには時間がかかる。
だけど、私にはとっても頼りになる騎士がまだいるから。
あの攻撃を耐え切ったヴィクトは、たった一体で地龍の前に立ち塞がる。
「ヴィクト! 勝利のために、その命を使い果たせっ!!」
白銀の騎士の体が、赤く赤く、闘志の輝きに燃え上がる。
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