第九節 ソロモナルの重大発表
配信は予めアッシェラートによって告知されていたようで、彼女たちが枠を開いた瞬間、即座に視聴者が雪崩れ込んできた。
ダンジョン攻略の後の配信というのもあり、コメント欄には期待に胸を膨らませているようなコメントがずらりと並んでいる。
リスナーの期待値が高まっているのも仕方ないだろう。この配信はソロモナルの公式チャンネルによって放送される予定だったので、何かしらの重大報告があるとリスナーは踏んでいるからだ。
「はーい注目! ソロモナル所属のミカエラ・ロンギフローラムと」
「同じくロロ・クラークと」
「エイスキア・アルアビュールです。いえーいぱふぱふ」
配信の入りとして恒例の挨拶を済ませる。
彼女たちが姿を現しただけでコメント欄の流れが加速的に上昇し、既に一種のお祭り状態となっていた。
画面の中に美少女たちが揃い踏みするだけでも盛り上がるのだろう。
「今回は告知にあった通り、重大な発表があるわ。まあ、あんな事があった後だから何となく予想できてる人もいるかもしれないけど」
[やはり、あれか]
[やっぱりあの人か]
[あれしかないよなー正直言って]
[それにしても顔が良いな皆んな。こうして集合するとレベルの高さが更に際立つ]
[容姿はダンストの中でもトップクラスって言っても過言じゃないしな]
[そしてこの中に、タメを張る奴がね]
「おっと、ネタバレは禁止だ。私としてもサプライズのつもりで発表したいからね」
「わっちも皆んなと同じでソワソワしてるから、お口チャックね?」
二人の注意喚起により、訓練された犬のように了解のコメントが投稿されていく。
澱みなく進行していく手腕にティクヴァールは感心する。
配信する場合はこういった司会能力というべきか、ぐだらずに展開を前に持っていく為の能力が必要になるのだと理解した。
自分は雑談は好きだが、トーク力があるかと言えばそうではない。果たして、このまま彼女たちと同じように視聴者を惹きつける事できるのか、少しだけドギマギする。
「じゃあお待ちかねのお知らせは、なんと────」
「何が出るかな、何が出るかな」
「エイハ、それいいね。サイコロにお題を書いて投げる企画を後で検討してみようか」
「そういうのは配信の後にしなさい」
[どっかで見た企画で草]
[パクリじゃねえか]
[ロロさんや、自分で思いついたアイディアだと思ってるんだろうけど、もうあるで]
[ロロさん、しっかりしてるようで無知なところがあるからな]
[そのギャップがいい]
ロロのこういった発言は初めてではないようで、ある種のお約束のようなコメントが流れていく。
なるほど、様式美を作るのも配信者に必要な要素かとティクヴァールは頷いた。
「脱線しちゃったじゃん。こういうの、ダラダラと引き延ばしてもダレるからさっさとしたいんだけど」
「ミカはせっかちだね」
「効率的と言いなさい」
「ミカは早漏だね」
「隙あらば下ネタに持っていこうとすんな!」
[出た、エイハちゃんのセクハラ]
[さすががソロモナルのエロリ。どんな場面でも下ネタをぶっこむ女]
[ブレねぇなぁ]
[可愛い声のロリの下ネタ助かる]
[脳と性癖をやられた患者は数知れず]
エイスキアのセクハラ発言にコメントが盛り上がる。
小動物のようなとろける声から下ネタが出るのだ、男のリスナーにはかなりの需要があるのだろう。自身の長所を理解している彼女の強かさにティクヴァールは唸った。
「まったく。それで、今日あたしたちがお知らせするのは、何と────ソロモナルに新メンバーが加入する事になったわ!」
「祝え! 新たなるメンバーの加入を!」
「ついにわっちにも後輩ができる!」
配信の様子を観察していると、そろそろ自分が登場する頃合いになったようで、期待により場の雰囲気のボルテージが上がる。
「じゃ、早速登場してもらうわよ。カモン! 期待のニューカマー!」
ミカエラの招聘する声に応答するように首を縦に振り、ティクヴァールはカメラの前に立つ。
そこに緊張や興奮は見られない、どこまでも自然体な佇まいであった。
「────ティクヴァール・マリアンだ。本日付けでソロモナルに所属する事となった。色々と未熟で若輩者ではあるが、よろしく頼む」
何の面白味もない無難な自己紹介をする。
既に世間では注目を集めている彼だ、変に奇を衒った自己紹介などせずとも、ただ登場して自身の今後の事を話すだけで大いに盛り上がる。
[知ってた]
[知ってた]
[知ってたけど、改めて公式から発表されると感慨深いわぁ]
[今世界でもっとも注目されている男が所属発表だもんな]
[爆速でトレンドにも乗るわ]
[これでソロモナルの知名度も一気に上がったくない?]
[ソロモナルがまさかの世界進出かぁ]
[俺の推しが世界に認知されて嬉しいような、寂しいような複雑な感情]
爆速でコメントが流れる様子を見たティクヴァールは満足そうな顔で頷く。
見る限りネガティブなコメントは見受けられず、それなりに歓迎されているのもあるが、ようやく配信者としての第一歩を踏み出せたからだ。
しかし満足げな彼とは正反対に、不満げな表情を浮かべているエイスキアが隣に立って言葉を投げかける。
「緊張してる?」
「いんや?」
「こういう撮影は初めて?」
「まあ初心者ではある」
「じゃあ緊張をほぐすために簡単な質問から答えてもらおうかな」
「だから緊張してねえって」
[AVのインタビューじゃねえかwww]
[何の前触れもなくぶっ込んでいくスタイル。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね]
[誰も見逃さない定期。エイハちゃんが近づいた時点で察したよね]
[そして何も知らない新人。これが下ネタだと気づかない辺り無知なのか無垢なのか]
どんな意図を含んだ質問か気付きもせず、ティクヴァールは素直に返答していく。尚、無知で無垢な少年に下ネタをぶつけていたエイハは笑顔であった。
同僚の悪い部分が早速発動したので、進行係のミカエラはジト目でエイハの頭頂にチョップを繰り出し、新人で遊ぶなと注意する。
「あのね、ティっくんはネット初心者なんだから手加減しろ。アンタの悪い癖が移って下ネタを平気でぶっ込む人間になったらどうすんのよ」
ここでミカエラが発した名前……ティっくんという愛称を聞いたリスナーたちが大きく反応する。
[ティっくん!?]
[ティっくんって言った!?]
[早速愛称とは、ミカちゃんも手が早い]
[イケメンなのに可愛らしい愛称だな]
[記憶に残りやすいし呼びやすい。これは配信上での呼び方は決まったな]
[キャー! ティっくん!]
[お兄ちゃーん!]
[お兄様ー!]
[お姉ちゃんって呼んでも良いのよ?]
[存在しない筈の妹と姉ワラワラで草]
[なんだコイツら]
度し難いコメントを目にした気がするが、ミカエラは見なかった事にして進行を続ける。
「ティっくんは入りたてで、配信の右も左も分からないペーペーだから、当分の配信は誰かに同行してもらう事になるわ」
「配信に必要なノウハウを教える名目だね」
「常識を教えるとも言う。突拍子のない事しそうだし」
その発言を受けてティクヴァールは「俺の事をなんだと思ってるんだ」と解せない顔を浮かべる。
彼は自分をそこまで常識知らずだとは思っていないらしく、多少世間について知り得ない事がある程度だと考えているようだ。
ミカエラたちの懸念は実は正しい。文明の利器に触れる機会が少ない田舎で育った弊害か、ティクヴァールの持つ常識と世間一般の常識には大分齟齬がある。よって、彼の思うがままに行動させればトラブルを招く事は想像に難くない。
[確かに一人にさせるのは危ないかも]
[人の形をしたビックリボックスみたいなもんだしな。自由にやらせたら世間様が頭抱えるよ]
[引率係は必須やね]
[つまりティっくんは幼児ってこと!?]
[ティっくんのショタ概念来たな……閃いた!]
[↑通報しました]
[↑豚は
[そんなー]
コメントも、ティクヴァールの謎の自信とは裏腹なお気持ちが投稿されている。
思ったより信用されていない己の評価にティクヴァールは少しだけむくれた。
「……んだよ」
「拗ねないでよ。別に子供扱いしてるとかじゃなくて、新人には先輩が付き添って指導するもんなの。これもその一環よ」
「……そうか」
「アンタって分かりやすいのね」
[あからさまに機嫌直した顔で草生える]
[子供か! 一応ぎり子供だったわ]
[かあいいね。お姉さんとイイ事しない?]
[まったく本当に子供なんだから。私がしっかりしないダメね]
[定期的に出てくる幼馴染派閥と姉なるもの派閥に恐怖しか感じない]
ミカエラの説明により機嫌を直し、気を改めてこれからの活動について口を開く。
「これからだが、とりあえず試運転の為の配信枠を取ろうと思っている。なんでも、そこら辺の原生生物を相手にしてる俺を見たいんだとか」
「正直言ってダンジョンで戦ってた様子は訳が分からなくて強さの指標が掴めないんだわ。ゴーレムはワンパンで終わったし、もう一機は変態挙動だったし」
「だからじっくり見たいんだよね。……わっちはアレの力も個人的に見たいし」
「確かに、私も近くで見物したい気持ちはある。ふふ、これが同僚特権か。羨ましがる者は多数出てくるだろうな」
[アレが近くで見物できるって確かに羨ましい]
[我ソフィア教徒、キレそう]
[草]
[草]
[聖言漏れてますよ?]
[デスメタル聖歌で発散してもろて]
[何だよデスメタル聖歌って]
[知らんのか? 聖なるデスメタルでレムレースを祓うんだよ]
[我ソフィア教徒、風評被害でキレそう]
[草]
ロロが言った通り、コメントでも羨ましがる声がチラホラと見える。
成る程、今まで隠し通してきた力には余程需要があるようだ。既に世間に知れ渡ってしまったので遠慮する事なく、存分に力を振るって視聴者の需要を満たしてみせようとティクヴァールは奮起する。
彼のやる気が伝わったのか、少女たち三人も挑戦的な顔を浮かべた。
「それじゃ、次の配信を楽しみにしてなさい!」
レガリアント/レディアンス・レコーズ グレンデル先生 @Keni77
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