第40話 世界で一番可愛い君と(終)

 結局、あの告白から一週間。

 クラスメイトたちは体育祭で浮かれていたのもあって、概ね祝福してくれたような気がするし、怨嗟の声を上げていたやつもいた気がする。

 祝ってくれるやつがいる辺り、少しは変わったのかもしれないけど、俺たちの日常にはこれといった変化はなかった。


「空って本当朝弱いよね」

「……お前が元気すぎるんだよ」


 例によって千歌のモーニングコールで目を覚まして、千歌が作ってくれた朝ごはんを食べて──ちなみに今日は奥ゆかしい卵かけご飯と玉子焼きの卵づくしだった──いつも通りに二人で手を繋いで通学路を歩く。

 手を繋ぐ、というよりは腕を絡められている、といった方が正しいんだろうか。

 こっちは内心自慢のFカップにどぎまぎさせられてるというのに、わかっているんだかわかっていないんだか。多分故意犯だろうけどさ。


「ね、空……私たち、ちゃんと恋人同士になったんだよね?」

「少なくともお前が俺を嫌いにならなければ」


 少しだけ不安げに問いかけてくる千歌の問いにそう返して、込み上げてくるあくびを噛み殺す。

 しかし、自分で言っておいてなんだけど、逆のパターンが不安になってくるな。

 千歌が俺に愛想を尽かす未来か。想像するだけで恐ろしい。


「じゃあ私が空を嫌いになっても恋人じゃなくなるんだ」

「そりゃそうだろ」

「うひひ、めっちゃ不安そうな顔してる」

「……それもそうだろ」

「安心してよ、私は絶対空のことを嫌いになんかならないし、どんなことしても愛想もつかさないよ、多分」


 柔らかくはにかみながら、千歌が口ずさむように言う。

 多分ってなんだ、多分って。

 それに、千歌に愛想を尽かされるくらい大それたことをする予定は今のところどこにもない。そもそも俺がそんなやつだったら、告白すらされずに見限られていただろうよ。


「わかってんじゃん、さすがは私の彼ピ」

「お前そんなキャラじゃないだろ」

「いいじゃーん! 事実なんだし! 空は私の彼氏! 私は空の彼女ー!」


 そのまま放っておくと地面に転がってじたばたと駄々をこねそうな勢いだったから、俺は苦笑交じりに困った彼女を抱き寄せる。


「そうだな、今度は無期限終身雇用だ」

「うひひ、永久就職決まっちゃった」


 永久就職を考えているってことは、少なくとも一人で家計を支えられるくらいには立派な社会人にならなきゃいけないのか。

 先が思いやられる。こちとら特段クラスで目立つこともない、成績だって可もなく不可もない普通の人間なんだぞ。

 千歌の体温に触れて、胸板に預けられた頭を、その星より輝く白金を、そっと撫でる。


「わかってきたじゃん」

「許してくれてるからな」

「空以外には触らせたこともない私の髪はどうだー?」


 昔は、きっと嫌いで嫌いで仕方なかったであろうプラチナブロンドを手のひらにぐりぐりと押しつけながら、千歌がそう問いかけてくる。

 そうだな、きっと。


「嬉しいよ」


 きっと、千歌が自分の髪を「変なところ」や「異物」じゃなくて、「個性」として受け入れてくれたことも、その「特別」に触れていることも。

 全部が全部、嬉しくて仕方ない。

 ああ、俺も大概浮かれているな。


「……きゅ、急に褒めんなよぅ……」

「でも、ずっと前から思ってたことだしなあ」

「ずっと前って?」

「子供の頃から」

「……うひひ、ありがと」


 空が褒めてくれなかったら、私はきっとここにいないよ。

 千歌が呟いたその言葉には、重たく湿った過去の破片が刺さっていた。

 冗談じゃない。いなくなってもらっちゃ困るんだ。


「じゃあ、たっぷり褒めればいいんだな」

「そうそう、わかってんじゃん」

「……なら、そうだな」


 一呼吸おいて、俺はそういえばしていなかったような気がすることを、ここに至るまでに何段階も階段をすっ飛ばしていたせいで忘れかけていたことを口に出す。


「千歌。手、繋いでみないか?」

「……ん、そっか……そうだね、いいよ。空」


 お互いの同意をサインに、なんの捻りも衒いも外連もなく、俺たちは指を絡めて手を繋いでいた。

 なんか、あれだ。抱きつかれているよりも恥ずかしいかもしれない、これ。

 指先に伝わってくる、早鐘を打つ鼓動は俺のものなのか千歌のものなのか、それさえ曖昧になって体温が、心音が溶け合っていく。


「……ね、空」

「……なんだよ、千歌」

「大好き」


 満面の笑顔を浮かべて、千歌はそう言った。

 ああ、俺もだよ。大好きだ。

 世界で一番可愛いよ、お前は。


fin.

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クラスで一番の美少女にフラれたはずなのに、なぜか幼馴染を交えた三角関係になっている件 守次 奏 @kanade_mrtg

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