第4話



          †


「へえ、じゃあ、今は金太郎きんたろうが梅ちゃんなんだね?」

「はい、そういう事になるみたいです」

「そりゃあ、あんた、美和みわちゃん。そうとう驚いたろう」

「驚いたなんてもんじゃありませんよ」


 「ははあ、ほほう」と、感心したように腕を組んで見せたのは佐倉さくらツネコさんだ。


「まあ、一番びっくりしてんのは俺なんだけどな」


 ツネコさんとふたり、畳の上であふりと欠伸をしながらいう梅村さんに視線を向ける。


「あんた、カッサカサ乾いたじじいが女の子の一人住まいに図々しくも上がり込んでからに」

「犬だ犬。今の俺は犬」


 同年代の気軽さからか、二人の応酬には遠慮がない。隠しておこうと思っていたのだけれど、ツネコさんにはそうそうに梅村さんのことがバレた。うっかり部屋の鍵を閉め忘れていたところに、ノックの習慣が希薄なツネコさんがいただきものの温泉饅頭を持ってきたからだ。


「まったく図々しい爺だね。葬儀も出してやったのに感謝ってもんがない」

「それはありがとう。俺の骨は適当に処分してくれ」

「ああ。役所に問い合わせて、共同墓地に入れさせてもらうことになったから」

「えっ」


 びっくりして思わず声を上げてしまったわたしに、今度は二人から視線が注がれる。


「どうしたの美和ちゃん。だめ? 梅ちゃんの骨」

「や、駄目ってことじゃ……ないんです、けども」


 そこでツネコさんが「ああ」と、ちゃぶ台の上で頬杖をついた。


「なに、あんたたちようやくお互いに白状したんかい」

「は?」


 次はわたしと梅村さんがツネコさんを凝視した。

 ツネコさんは「え」と、手から顔を浮かせた。


「いやだから、あんたたち二人とも相愛だってのに、長いことうじうじ――」

「いやちょっと待てツネお前何言っ!」

「なんで知ってるんですか⁉」


 血相(?)を変えた梅村さんが噛みつきそうな勢いで立ち上がるも、横からうっかり口をすべらせたわたしに「は⁉」と向き直る。


 しまった。

 やってしまった。


「あ、だからあの、わたし、あの」

「いや美和ちゃん、あの」


 再び、「はああ」とツネコさんが溜息を吐く。


「何小芝居やってんだよいい大人が二人して」

「誰のせいだと思ってんだばばあ!」


 ぱちーん、と、ツネコさんのてのひらがちゃぶ台を叩いた。


「口の悪い爺だね⁉ ――心残りがあったってことだろ? こうなってんのはさ」


 う、と二人して固まる。


「梅。あんたはおっんだ。そんで美和ちゃんは郷里に帰る」

「そ、そうなのか? 美和ちゃん」

「は、はい」


 眉間に皺を刻みながら、鼻息荒くツネコさんは言い放つ。


「神さまからの、じゃなきゃ、金太郎からのプレゼントだろうよ」

「――そう、さなぁ……」


 「くぅん」としょげてしまった梅村さんと、同じくうつむいてしまったわたしを前に、ツネコさんは「よっこらせ」と立ち上がった。


「本来なかったはずのチャンスだろうよ。邪魔者は退散してやるから、ちっと真剣に取り戻してみな」

「取り戻すって」


「あんた達自身を大事にして生き切る、ってことさ」




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