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マイケルはアレルギーを幾つも抱えていて、卵や豆を食べてはいけない、夏でもあまり肌を出してはいけない、などと日常生活を制限されることが多く、それがいつのまにか彼を引っ込み思案にさせた。母のメアリーはマイケルが赤ん坊の頃から息子をベビーシッターに預けて働いており、マイケルは広い家でひとり遊びをすることが多かった。
ひとりでいることには慣れっこのはずだったのに、ジュニア・ハイスクールへの進学を控えた今頃になって、人けのない家に居るのがつらくなった。マイケルは放課後、暗くなるまであたりをぶらぶらするようになった。図書館や公園に行くことが多かったが、教会でクリスに話し相手をしてもらうこともあり、そんなときには随分心が慰められた。
その日、マイケルはいつも以上に落ち込んでいた。次の誕生日には別居中の父を招いてパーティーをする約束だったが、多忙な母はマイケルの誕生日がいつなのかということさえ、忘れているようだった。仕事が立て込んでいるのか、連日深夜に疲れきって帰宅する母に何も言い出せずにいるうちに、当日を迎えてしまった。
声をかけられたのは、ひどく惨めな気持ちを持て余しながらイースト・エンド通りを歩いていたときだった。
「……ねえ、これ、落としたよ」
夕闇に包まれた公園の、木立の陰に隠れるようにして彼は立っていた。マイケルと同い年か、ひとつふたつ幼いぐらいに見える少年は、プラチナ・ブロンドで、金色に光る眼が猫を思わせた。マイケル同様アッパー・イーストサイドの富裕層の子なのか、仕立てのよいシャツを身につけ、ロリポップを差し出している。
「ぼくじゃないよ。そんなの、持ってない」
「じゃあ、あげる。何か欲しいって、顔に書いてあるよ」
「こんなものもらったって仕方がないよ。いらないよ、……誕生日に、飴玉なんか」
内心の寂しさを読まれたような羞恥に、マイケルはつい邪険に言い放った。少年は意に介さないふうで、妙に赤い唇を吊り上げて微笑んだ。
「今日が誕生日なの? ハッピー・バースデイ」
祝福を、といって少年はマイケルを抱きしめた。その日初めてかけられた祝いの言葉と突然のハグに、スキンシップに不慣れなマイケルは面食らった。風に長くあたっていたのか、少年の体はひんやりと冷たかった。
「……ありがとう」
「僕はルーク。きみは?」
「マイケル・エヴァンズ。みんなはミッキーって呼ぶよ」
マイケルはロリポップを受け取った。ルークと名乗った少年をまじまじと見つめると、瞳の金色に吸い込まれそうな気がした。初対面であることを忘れて、マイケルはルークに心のうちを打ち明け、語り合った。
それから、マイケルはいつも同じ時刻、同じ場所にいるルークに会いに行くようになった。ルークはマイケルに家出の計画を持ちかけ、マイケルも意気投合した。二人で自由に暮らす計画を話し合っていると時間は瞬く間に過ぎた。
「ミッキー、膝を怪我してるじゃないか。どうしたの?」
「ああ……転んで」
帰りがけにクラスメイトにからかい半分に小突かれて、バランスを崩して転んだときに擦りむいたのだが、その経緯をあまり言いたくなかったマイケルは曖昧に言葉を濁した。
「ふうん。消毒はしたかい?」
ルークはそう言うと、身をかがめてまだ乾いていないマイケルの傷口にくちづけ、血を舐めとった。マイケルは驚いたが、ルークの舌が妙に心地よく感じられ、為すがままに任せた。その夜はどうやって家に帰ったのかマイケルは思い出せない。いつのまにか眠くなり、気がつくと自分の部屋のベッドの中にいた。
やがてひどく怠く、頭が重く感じられるようになった。すぐに疲れて、ベッドから起きあがるのもままならない。学校も休みがちになった。マイケルは体を引きずるようにしてルークに会いに行き、外に出て、ここまで来るだけでとてもしんどいことを訴えた。
「じゃあ、ぼくのほうから迎えに行こう。窓を叩くから、開けてくれよ」
ルークはそう言った。十三階にあるマイケルの部屋までどうやって来るのだろう、とマイケルはちらりと思ったが、何かを考えるには疲れすぎていた。はたしてその晩、マイケルが眠っていると硝子を叩く音がした。マイケルは重い窓を開け、ルークを迎え入れた。いつものように、ルークは挨拶がわりにマイケルを抱きしめ、くちづけた。……
そこからはさらにはっきりしない。ルークとふたり、どこか廃屋のような場所で過ごした。怠さは増し、意識が朦朧として、飢えと渇きばかりを強く感じた。ルークが与えてくれる〈糧〉を貪っても、とても足りない。
もっともっとと際限なく欲しがるマイケルに、ルークは囁いたのだった。
「いったん、家に帰ってみるといい。きっと飢えを満たす方法が見つかるよ」
そしてマイケルはそのとおりにした。
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