神様の趣味はよくわからない

 儀式の日は他の授業なし。

 終わった者から帰って良いと言うので、クレールを待って二人で街に繰り出した。

 騎士学校は王都の外れに位置している。

 昼過ぎに校舎を出た二人はせっかくだからと街の料理店へ。


 平民には高級で、貴族にはリーズナブルな店。

 奨学金で生活するシルヴィアはあまり贅沢できない。クレールも貴族令嬢とはいえ跡取りではないため、二人にとって「たまの贅沢」はこのあたりのレベルになる。

 弁えた客層のせいか店内はゆったりとした雰囲気で、話をするにはちょうど良い。


「ほんと読めないねー、これ」


 向かいに座る友人の前にはサンドイッチとスープ、それから輝く文章。

 少女がくるん、と指で円を描くと表示は反転してシルヴィアのほうを向く。

 日本でも、仮想ウィンドウが実用化していたらこういう操作が入ったことだろう。

 読みやすくなった文字に少女はついつい見入って、


「なんとなく強くなったような気はするんだけど、どういう恩恵なんだろ」

「んー」


 悩む様子の友人に「どうしたものか」と思った。


「みんないろいろ試して、なんとなく『こういう恩恵なのかな?』って調べてるんだよね?」

「みたい。死ぬまでぜんぜんわからないことも多いらしいよ。ほんと神様って意地悪」


 それはそうだろう。

 誰も、この文章がゲームの説明書きだなんて思うわけがない。この世界には電子ゲームそのものが存在しないのだ。

 もちろん、シルヴィアにはクレールの恩恵もわかる。


『あなたはステータス振り分け型RPGの主人公だ』


 内容は違う。けれど、変な内容なのは同じ。

 転生してから約十年。新たな経験をしたシルヴィアは前世のゲーム好きと完全にイコールではない。それでも、せっかくの異世界でこんな、雑にゲームめいた要素を出されるなんて。

 これならまだ「ステータスオープン!」のほうがマシだ。


 と、そんな憤りはともかく。


 他の誰にも日本語これが読めないなら、シルヴィアにとって大きなアドバンテージだ。

 他人の恩恵を解読すればそれを利用することも、こともできる。

 誰にどう働きかけるかは考えなければいけないけれど。


『61/100(友人)』


 友人の頭に浮かぶ文字列を、シルヴィアはじっと見つめた。

 儀式を受けるまではなかった表示。

 好感度だ。彼女の恩恵には同性が自分をどう思っているか数値で確認する機能が含まれている。

 数値は0から100まで。高いほど関係性が良く、50から64までは「友人」である。61なら友人の上「親友」にかなり近い。

 好かれていることにほっとすると同時、それはそうだろうとも思う。

 何しろ七歳で入寮して以来の付き合いだ。家族の次に気心の知れた相手と言ってもいい。


 打ち明けるのなら彼女をおいて他にいないだろう。


「ねえ。クレールはさ。どんな騎士になりたいの?」


 心に決めたシルヴィアは友人にそう問いかけた。


「へ? どうしたの急に」

「なんとなく? ほら、力持ちになりたいとか素早くなりたいとか、そういうのない?」

「そうだなあ……。やっぱり敵を次々斬り倒していくような騎士になりたいなあ」

「それって、力の強さ、動きの速さ、頭の良さ、身体の丈夫さ、手先の器用さ、運の良さに合計10になるように割り振るとどんな感じ?」

「どうしたのシルヴィア、さっきから変なことばっかり」


 訝しみつつもクレールは「そうだなあ……」と指折り考えて。


「力が3で速さと器用さが2、残りが1かなあ」


 クレールに与えられた恩恵にはRPG式の成長システムが含まれている。

 訓練や戦闘によってレベルアップし、ボーナスポイントを入手。

 力の強さSTR動きの速さAGI頭の良さINT身体の丈夫さVIT手先の器用さDEX運の良さLUKの六つのステータスに振り分けることで己を強化できる。

 初期のボーナスポイントは10だ。


 そして、シルヴィアの恩恵には「仲間のステータスを確認する」ことが含まれる。

 視線を向けつつ念じると、ボーナスポイントが0になった代わりにステータスが増えたのがのがわかる。

 素の能力に加算された形なので一気にどーんと強くなったわけではないけれど、


「あれ? なんか身体が軽くなった気がする」


 気のせいかも? 程度にせよ体感できる差が生まれたようだ。


「今ならこのテーブルに素手で目立つ痕を残せそうな気が──」

「木のテーブルだからってやらないでね?」

「やらないってば。……でも、なんでだろ? んー?」


 首を捻る友人。その視線は自然と正面に向けられて、


「ねえ、シルヴィア? もしかしてなにかした?」

「し、してないよ?」

「したよね? したでしょ? したって言えー!」

「クレール! お店に迷惑、迷惑だから!」


 周りこまれたうえ、くすぐりの刑に処されそうになったシルヴィアは悲鳴を上げた。


「ごめんごめん」


 幸いクレールはすぐに解放してくれたものの、疑わしげな表情は消えない。

 ぶぶー、という音と共に好感度が61から60にダウン。

 さすがに説明しないとだめか。

 友人を騙すことに罪悪感を覚えたので仕方なく「詳しいことは後で話すね」と言った。


「ここじゃちょっと……その、人目が多すぎるから」

「なにそれ。もしかして結構大事な話? 気になる?」


 途端、わくわくと目を輝かせた友人は勢いよく残りの昼食を平らげ始め、しまいにはシルヴィアにまで「ほら、早く食べて寮に戻ろ?」と急かしてくるのだった。



    ◇    ◇    ◇



 試合では容赦なく男子と当ててくる騎士学校もさすがに寮の部屋や着替えは配慮してくれる。

 同級生の女子はそう多くないため、シルヴィアがクレールと同室になったのは大した偶然ではない。

 けれど、伯爵家のご令嬢のくせに気さくで話しやすい彼女と一緒になれたのは幸運だったと思う。


「それで? いったいなんなの? 早く教えてよ」


 少々スキンシップが過ぎるのがタマにキズだけど。

 寮に戻るなりがくがく肩を揺さぶられたシルヴィアは苦笑し「誰にも言わないでね?」とさらに念押し。

 友人の耳に唇を近づけて、


「あのね──わたし、神様の言葉が読めるの」

「えええ!?」

「ちょっ、クレール! 声が大きいってば!」

「むぐっ!? むぐむぐ!」


 一応、周囲に気を配ってみたものの、寮の二人部屋に人の気配はない。

 同級生の公爵令嬢が「騒々しい! ここはあなたの家ではありませんのよ!?」などと怒鳴りこんでくることもないのを確認して安堵。


「もう、気をつけてよクレール」

「ごめんごめん。でもすごいよ!? そんなの聞いたことないよ!?」


 興奮が抑えきれないらしい少女はやっぱり少し声が大きかった。


「もしかしてそれがシルヴィアの恩恵なの?」

「え? あー、うん。そう。そうなの」


 実際は違う。日本語が読めるのは単に前世が日本人だったからなのだけれど、言うとややこしくなるだけなので話を合わせておく。

 他人のステータスや好感度を覗けるなんてあまり好感は持たれないかもしれないし。

 なお「すごいすごい!」とポニーテールを揺らすクレールの好感度はぴろりん、と連続で音を鳴らしながら急上昇。


『68/100(親友)』


 友人が親友にランクアップした。


「はぁー、そっかぁ。じゃあさっきのもシルヴィアがアドバイスしてくれたからなんだ」

「あはは、まあね。これからも定期的に『力がもっと欲しい』とか『丈夫になりたい』とか念じるといいと思うよ」

「うん、そうする! なるほどー、それがあたしの恩恵かー。わかりやすくていいなあ」


 くっつけて置かれたベッドの左側にぽふっと座りながら笑むクレール。

 仕様をぼかして伝えたのは正解だったようだ。

 ステータスだのボーナスポイントだの言われてもこの世界の人間には逆にわかりづらい。


「でもさ、シルヴィア? そんなことできるならみんなにも教えたら? そしたらきっと大騒ぎだよ?」

「大騒ぎになるから教えたくないんだよ」

「なんで?」

「わたしきっと、朝から晩まで人にアドバイスするだけで毎日終わっちゃうよ」

「そっかー。それは確かに困るね。騎士にも戦略家にもなれなくなっちゃう」


 やんわりとした言い方でクレールは納得してくれたけれど、実際はもっと大変だ。

 誰もが恩恵を正しく使えるようになったら間違いなく世界が変わる。良いほうに変わればいいけれど、そうなるとは限らない。

 シルヴィアのせいで王国が世界を牛耳って悪の親玉と化す可能性もあるのだ。

 

「だからね、クレールにも簡単なアドバイスだけにさせて」

「もちろん。あたし、あんまり難しいこと言われてもわかんないかもだし」

「ふふっ、クレールらしいね」


 隣のベッドに腰かけるとすかさず友人、もとい親友が飛びついてきて、仲良くベッドに倒れ込むことに。


「よーし、これからもっと頑張るぞー!」

「お、おー?」

「騒々しい! ここはあなたの家ではありませんのよ!?」


 さすがに騒ぎ過ぎたのかお嬢様が怒鳴りこんできて、二人まとめて怒られた。



    ◇    ◇    ◇



 そうして、恩恵の授与から約一週間。

 四年生の生徒たちは皆、張り切って鍛錬を行っている。

 活用方法を見つけられれば大きなパワーアップが見込めるからだ。

 けれど、今のところ、


「どーん! って強くなった子はいないよねえ」

「クレール以外はね」


 寮の食堂、四人掛けのテーブルに向かい合って座り朝食を口に運びながらシルヴィアは親友に釘を刺した。

 少女は黄緑色の瞳に苦笑を浮かべて「あたしだって、どーん! とは強くなってないよ」と答えた。


「そんなことないでしょ。現にみんな──」

「エルミート。機嫌がいいようだし、どうたい? 上達の秘訣を僕にも教えてくれないか?」

「デュクロ君。悪いけど、あたしは努力してるだけだよ」

「努力か。ははっ、それはいい。どこかの落ちこぼれは努力が足りないというわけか」


 くすんだ赤色の髪と瞳を持つ少年、ダミアン・デュクロ。

 笑う彼の視線は当然のようにシルヴィアに向けられていた。

 騎士は戦闘職だ。

 剣と魔法、と形容されるに相応しいこの世界には魔物も跋扈している。故に頭の良さよりも腕っぷしが重視されやすい。

 彼は前回のミニトーナメントを制しているし、クレールほどではないにせよ儀式後の成長率も良い。

 以前、ちらりと見た彼の恩恵は、


『君は恋愛ADVに登場する「嫌味な引き立て役」だ』


 主人公以外の配役もあるのか。

 内容もひどいが、確かにダミアンには似合っている。

 女性向けの恋愛作品ものでは「引き立て役」が「ヒーロー」にこっぴどくやられるシーンがよくある。

 序盤に描かれることが多いのもあって雑魚と判断されやすいものの、引き立て役はある程度強くないといけない。「あんなに強い〇〇君が!」とならないとヒーローが格好良く見えないからだ。

 つまり、ダミアン・デュクロは十分に強い。


 まあ、いくら強くても将来高確率で「ざまぁ」されることになるのだが。

 こいつならざまぁされてもいいかな、と思うシルヴィアである。


 ちなみに、一応試してみたもののダミアンの好感度は見えなかった。同性でないとわからないというのは本当らしい。

 恩恵に記された配役に強い意味があるとして、果たして彼が引き立てるヒーローは誰で、ヒロインは誰なのだろうか。

 気になりつつも「関係ないか」と苦笑して、


「わたしなりに頑張ってるんだけど、なかなかね」

「そのままでいいよ! 戦略立てる人が前線に出るなんてもう負けなんだし」


 シルヴィアは『百合ハーレムSRPGの主人公』。

 仕様によると彼女は女の子たちを率いる指揮官であり、戦闘には

 操作しているプレイヤー=主人公という表現なのだろうが、おかげで

 生身を鍛えることはできるので強くはなれるのだけれど、背が低く筋肉がつきづらく、おまけに騎士に適性があるわけでもないこの身体はボーナス抜きだとぽんこつだ。

 守ってくれる仲間がいなければ「ぷちっ」と潰されて終わりだ。


「大丈夫。もしなにかあってもシルヴィアのことはあたしが守るから」

「ありがとうクレール。頼りにしてるよ」


 笑顔でお礼を言うと、クレールの好感度が『69』に上昇。

 代わりにダミアンはさらに不機嫌になり「仲が良いことだね」と嫌味を言って去っていった。

 ちなみに、親友関係は65~79まで。

 好感度が80を超えると『恋愛感情』になる。

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