結婚を賭けた決闘は序盤の定番
「年に一度の剣術大会が来週に迫っている」
ある日の授業終了後。
騎士学校四年生の生徒たちに向けて、老教師が宣言した。
教室内にざわめきが生まれ、シルヴィアは人知れずため息をつく。
「四年生同士の試合は普段から行っているが、上級生と剣を交える機会は少ない。諸君らは今年から上級生の部への参加だ」
三年生以下は歳の差を考慮して下級生の部に分けられている。
順位は二つの部で別に決定されるため、優勝を目指すだけなら去年のほうが楽だったのだが。
「真の強さとは強き者を相手にしなければ発揮されない。上位入賞者には栄誉と共に新品の剣も与えられる。上級生に対しどう挑むか、しかと見届けさせてもらおう」
血気盛んな若者たちはこれに元気よく「はい!」と返事をした。
解散になってもすぐ教室を出る者は少なく、大会の話題があちこちに飛び交う。
いよいよ本番が間近に迫り、燃料まで投下されればこうもなろう。
体育会系ばかりの学校における唯一のインドア派としては、
「……肩身が狭い」
過去三年間の大会はすべて一回戦負け。
勝てる気はまったくしない。できることなら不戦敗にして欲しいくらいである。
しょんぼりと落ちた肩、そこに軽く手が置かれて、
「シルヴィア。今年もあたしのこと応援してくれる?」
「クレール」
金髪のポニーテール。黄緑色の瞳が明るく輝いていた。
「もちろん。どうせ暇だし、また付きっ切りで応援するね」
「やった! それなら百人力だよ」
恩恵の儀から三週間。
日々の鍛錬によってクレールは確実にレベルアップしている。低レベルほどレベルアップしやすいのはRPGのお約束、1ポイントの成長は微々たるものでも積み重なれば大きな力になる。
心なしか身長も少し伸びたようでますます頼もしい。
ひょっとしたら大会でもいい線いくのではないだろうか。
ポニーテールの上にある好感度ウィンドウが今の会話により『74』に変わったところで、
「暇なら僕の応援をしてくれないか、シルヴィア・トー」
嫌味な奴が呼んでもいないのに近寄ってきた。
「……デュクロ君。いつもいつもシルヴィアに突っかからないでよ」
立ち上がったクレールが軽く睨むも、ダミアン・デュクロは動じない。
「伯爵令嬢ともあろう者がはしたない。もう少しおしとやかにしたらどうだい、エルミート?」
「そっちこそ、弱い物いじめなんて子爵家の名が泣くよ?」
言い返された少年は自らのくすんだ赤髪をさっとかき上げた。
家格で言えば伯爵家が上。ただ、ダミアンは子爵家の次男であり家督継承の目がある。個人の力関係だと大きな差はない。
試合でも勝ったり負けたり。少し前まではダミアンが優勢だったものの、最近になってクレールが巻き返しているところ。
明らかにウマも合っておらず、顔を見ればこの有様だ。
「自信があるようだし賭けをしないか?」
とはいえ、きっかけを作るのはほぼダミアンの側で。
今日もまた彼は脈絡もない提案を投げてきた。
「今度の剣術大会でエルミートと僕、どちらが良い成績を残すか。
エルミートが勝ったらなんでも一つ、好きな物をプレゼントしてやるよ。
代わりに僕が勝ったら、僕の嫁になってもらう」
「はあ? そんなのあたしが受けるわけないでしょ?」
あっさり拒否しようとするクレールだけれど、ダミアン・デュクロが因縁をつけてくるのはたいていの場合、彼女ではなく、
「君じゃない。僕はシルヴィアに聞いている」
「わ、わたしと賭けを?」
髪と同じ赤色の瞳に覗き込まれたシルヴィアは目を丸くした。
突飛な提案。前世での経験に照らして言えば「序盤にありがちな決闘イベント」と言ったところか。
負けたらゲームオーバーか、そもそも負けない設定になっているか。ゲームならそんなところだけれど、ここは現実。
失敗してもリセットも死に戻りもない。
ただ、失敗したなりの続きがどこまでも広がっているだけだろう。
「悪い話じゃないだろう? 君は金に困っているようだし」
笑みと共に投げかけられた言葉はクレールが勝った時のことを言っているのか、それとも負けた時のことを言っているのか。
まあ、確かに。
シルヴィア自身の成績ではなくクレールとダミアンの勝負ならわりと勝算はあるけれど。
◇ ◇ ◇
「なんでわたしがダミアンと婚約なの……?」
寮の食堂。
多くの生徒で賑わってはいるものの、当の子爵令息の姿は見えない。
隅のほうの一角にちょこんと座ったシルヴィアは、テーブルに突っ伏したいのを堪えてため息をついた。
隣に座ったクレールが「まあまあ」と苦笑。
「あたしも驚いたけど、別に断ればいいんだけだし」
「それはそうだけど、どうせ申し込むならクレールでしょ」
「あたし? ないない。シルヴィアのほうが可愛いもん」
「そんなことないと思うけどなあ……」
普段はポニーテールにしている金髪は下ろして整えると途端にお嬢様めいた美しさを発揮する。
黄緑色の瞳はある種の宝石のようで見ていて飽きない。
鍛錬のせいで筋肉がついてはいるものの、体型的にも決してごつく見えたりしない。むしろ健康的でシルヴィアにないものを持っている。
数え上げるように並び立てると親友が「いいよ、もう」と真っ赤になってしまった。
ぴろん、と好感度が『75』に。
いや、親友を口説いている場合ではなく。
今はいったん保留にしてもらった賭けの返答についてだ。
それにはダミアンの真意も重要なのだけれど、
「あら、婚約を申し込むなら間違いなくシルヴィア・トー。あなたのほうが得策ですわ」
属性で言うなら「優雅」と「高飛車」が付いているだろう声。
当然、と言うように置かれたトレイが二つ。テーブルを挟んだ向かいに立ったのは、クレールより濃い金髪に紅玉のような瞳を持つ同級生の少女だ。
シルヴィアは「うわ出た」と思いながら笑みを作って立ち上がり、
「ごきげんよう、エリザベートさん。どうしてこちらへ?」
「白々しい挨拶は不要ですわ。……先程言った通り、ダミアンからの婚約申し込みの件です」
エリザベート・デュ・デュヴァリエ公爵令嬢。
騎士学校の規則では「生徒同士は対等」となっており、格上の相手に礼を尽くす必要はない。とはいえ公爵令嬢。準男爵のシルヴィアなんてその気になれば軽く吹き飛ばせる。
四年間で何度も「騒がしい!」と部屋に怒鳴りこまれているのもあって彼女のことは苦手だ。
そんな令嬢と同室なのは藍色のショートヘア、イザベル・イスト男爵令嬢。エリザベートの子分をさせられており、先ほど二人分のトレイを置いたのも彼女だ。
イザベルは目で「すみませんすみません」と訴えながらクレールの向かいに腰を下ろして、
「いいかしら? そもそも、クレール・エルミートは貴族の妻として不適格です」
「うわ、その言い方ひどくない? あたしもそう思うけど」
頬を膨らませながら同意するクレールの態度もどうかと思う。
「女性騎士という存在自体が非効率なのです。子を成すだけで一年は戦えなくなるのですから」
「エリザベートも騎士適性だよね?」
「騎士という職にはもちろん誇りを感じておりますけれど、それとこれとは別ですわ」
背筋を伸ばして料理を口に運びながらエリザベートは胸を張った。
「対してシルヴィア、あなたは戦闘要員ではない。その上、功績を上げれば騎士団の編成にも口を出せる立場となる」
「あ」
「子を宿しながらでも作戦立案は可能ですし、死の危険も比較的少ないでしょう?」
打算の結果、そう言われると納得できた。
てっきり乙女ゲーム的なノリが始まったのかと。いや、乙女ゲームの引き立て役も打算込みでヒロインを娶ろうとしている奴が多いかもだけれど。
それにしても、将来のお嫁さんを賭けで決めようとは。
「……女の人生って軽いよね」
「あなたの場合は特にそうですわね。自身が家長である準男爵。自らの一存だけで結婚を決められる立場ですから。これがクレール・エルミートなら結局は伯爵家の合意を取り付けないと結婚には至れません」
結婚を押し付けるのにちょうどいい便利な相手、それがシルヴィアというわけだ。
家格的に考えると釣り合うのはせいぜい子爵家までだからダミアンの申し出はある意味自然。
自然だが、全く嬉しくない。
「やっぱり断ったほうがよさそうだね、この話」
「あら、どうしてですの?」
呟けば、何故かエリザベートが不思議そうな顔。
「だって気分良くないじゃない。無理やり結婚させられるんだよ?」
「勝てばいいではありませんか。彼に一泡吹かせたくはありませんの?」
この自信はどこから来るのか。隣のイザベルが「本当にすみません」と声に出さず唇を動かす。
少なくともこの苦労人な男爵令嬢に罪はないのだけれど。
今世でも前世でも平民に生まれたシルヴィアは貴族の横暴にたびたびイラっとさせられている。
嫌味なダミアンに一泡吹かせられるのなら、
「そうだね。シルヴィア、やろっか」
「クレール」
気付けば親友までもが目を輝かせていて、
「任せて。あんな奴に絶対負けない」
物語の中でしか聞いたことのないような言葉に「わたしは本当に主人公なのかもしれない」と思った。
少なくともシルヴィアの人生はシルヴィアが主人公。
自己責任で賄える範囲において好きな選択をすることができる。
繰り返しになるけれど、これはゲームじゃない。
数字ですべてを測れはしない。
大きなリスクを冒すべきではないけれど、同時に一度限りのイベントが準備のできていないタイミングでやってくることだってある。
なにより、ここでノーと言ったらクレールはがっかりする。
『75/100(親友)』
失った信頼は選択肢一つで回復できるようなものじゃない。
シルヴィアは目を閉じると、大して優秀でもないゲーム知識を総動員して確率計算。
どう頑張っても100%にはならない勝率を最終的に投げ捨てて。
目を開けばエリザベート、さらにはイザベルまでもこちらを注目していた。
答えは一つ。
「クレール、絶対勝ってね」
シルヴィアはぴんと立てた親指を隣にいる少女に差し出した。
この国での指きりは小指ではなく親指を使う。最も重要な一本を差し出すことで本気の証とするのだ。
クロスさせた指をぎゅっと曲げ、絡め合わせて。
「約束する。シルヴィアはあたしが守るよ」
ぴろんぴろん、と、聞きなれた効果音が続けて響いた。
◇ ◇ ◇
当日。
広い屋外訓練場に騎士学校の全生徒が散っている。
生徒が毎日のように踏み荒らすせいで芝生の生えそろわないフィールドには、あちこちに縄が張られて四角形の陣が用意されていた。
円でないのはそのほうが楽だからだ。
ミニトーナメントとは形式が違うものの、皆その辺りには拘っていない。戦場に出れば「均一な環境での戦い」なんてほぼありえないのだ。
シルヴィアもまた陣の中。
伸ばしている銀髪はクレールによって編み込まれている。簡素な訓練着に覆われた身体はまだ女性的な起伏に乏しく、筋肉もさほど付いていない。
対して、向かい合う少年はなかなかにしっかりとした身体つきだ。
「不運だな、シルヴィア。また僕と当たるなんて」
剣術大会は第一回戦に限り同学年の生徒から相手が選ばれる。
初戦から年上に当たって負け、というのを防ぐための措置だが、だからって因縁の相手と当たるとは確かについていない。
「でも、賭けはダミアンとクレールの競争だからね」
重い模擬剣を両手で支え、シルヴィアは構えた。
「もちろん、わたしだって棄権なんかしないんだから」
「残念だ。その可愛い顔に傷がつくのは避けたいんだが」
同じ形状の剣が片手ですっと持ち上げられる。
審判役の教師が「始め!」と宣言すると同時に少年が地面を蹴って。
迫り来る敵を、シルヴィアはあらためて「怖い」と感じた。
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