わたしの百合ハーレムは神様に望まれているらしい

緑茶わいん

第一章 騎士学校編(10歳〜13歳)

プロローグ 神託が一番大事にされる世界

 晴天の空に金属音が響き、一本の剣が宙を舞った。


「勝負あり! 勝者、ダミアン・デュクロ!」


 次いで上がったのは審判役である老教師の声。

 土の地面に円で描いただけの簡素な陣。対戦者二人のうち勝者──暗褐色の髪をした少年が剣を下ろし、嘲るように笑う。


「君が相手だと手を抜いても勝てるから助かるよ」


 敗者であるはそこに来てようやく、得物を失った両手を下ろした。

 きゅっと唇を結び、何かを言い返そうとして、止める。

 一礼。

 幼い声で、しかしはっきりと


「ありがとうございました」


 剣を拾うため踵を返したところで、老教師が。


「シルヴィア・トー。君はもう少し実技を磨きなさい」

「……申し訳ありません、先生」


 陣の外──観戦していた同級生たちからは落胆と嘲笑。


「やっぱりか」

「そりゃそうだろ。万年最下位のシルヴィアじゃあな」


 教師が「静粛に」と一喝したことでざわめきは収まり、注目は次の対戦へ移ったものの、少女──シルヴィアの心は晴れなかった。

 拾った模擬剣を鞘に収める。

 刃は入っていないものの金属製。子供用と言っても男子向けに作られているためずっしりと重い。小柄で手の小さなシルヴィアには柄も大きすぎた。

 対戦相手のダミアンはこの剣を片手でかるがる振るう。

 女子でも楽に用いる子はいて、


「お疲れ様、シルヴィア。あんな奴、気にしなくていいよ」

「うん。ありがとう、クレール」


 シルヴィアに優しく声をかけてくれた少女がその筆頭だ。

 淡い金色のポニーテール。黄緑色の瞳が目に鮮やかでつい見入ってしまいそうになる。

 芝生の上に足を投げ出している優等生に微笑みを返し、隣に座る。膝を折った


「ほんとそれ好きだよね。下履きがあるからって、スカートの中見えちゃうよ」

「だってこれが楽なんだもん」


 確かに、生徒の中に同じ座り方をしている者はいない。

 クレールのように足を投げ出すか、ぺたんと左右に下ろすか、揃えて片側に下ろすか。

 人によってまちまちなのは目や髪の色もそう。

 ここは王国騎士学校。

 七歳から十二歳までの子供が騎士になるための訓練を受ける場所。今年で十歳になるシルヴィアはこの学校の四年生である。

 四年生の中で、実技は最低の成績である。


 本当、どうしてこんなところにいるのか。


「次、クレール・エルミート」

「はい!」

「げ、エルミートが相手かよ」


 また一つの試合が終わった。

 名前を呼ばれた友人が元気に立ち上がり、対戦相手が嫌そうな顔をするのを見ながら、シルヴィアは思った。

 全ては──そう、異世界に転生したところからだ。



    ◇    ◇    ◇



 前世は日本に生きるゲーム好きの一般人だった。

 ゲーマーを名乗ると「じゃあ上手いんだ」と言われるのでどうしても自称できない、単なる下手の横好き。

 極めるほど熱中もできないしセンスもない。

 プロゲーマーに憧れを抱きながら「これはこれでいいじゃないか」と積みゲーを崩しては新作情報を漁り、どれを買うか思い悩む日々。

 死んでしまったのは、凡人の癖に「慣れないことをしたから」。


 たまたまとあるゲームの大会参加権を手に入れ、やめれば良いのに参加した。 

 結果は、あえなく一回戦負け。

 ギャラリーからはブーイングを受け、対戦相手からは大いに煽られた。

 悔しさから許容量以上の酒を飲んで、帰り道で転んで頭を打って失血死。


 交通事故でなかったのが幸いと言うべきか、運が悪かったとさえ言い訳できないことを嘆くべきか。


 ともかく転生したわけだが、転生先は異世界の女の子で。

 運命のいたずらによって今、こうして剣を振らされている。



    ◇    ◇    ◇



「試合に勝った者も今の実力に驕ることのないように」


 クレールは準決勝で他の女生徒に破れ、惜しくもベスト4。

 月一で行われる学年内ミニトーナメントはダミアンの優勝だった。

 嫌味なところのある級友のドヤ顔を見せられた後は老教師からの講評とありがたいお説教。

 

「人の真の実力は恩恵ギフトを授かった後に発揮される。恩恵次第では最弱の者が最強に勝ることだってある」


 私語をすると怒られるのでみんな黙っているものの、周りの生徒はみんなうんざりした表情だ。

 小さい頃から何度も聞かされてきた話。

 今さら言われるまでもない。シルヴィアとしても「早く終わってくれないかな」というのが正直なところだったが、今回の話はいつもと少しだけ違っていて。


「いよいよ恩恵の儀は週末に迫っている」


 この言葉に、隣に座るクレールの表情も引き締まった。


「知っての通り、我々は神から二度の祝福を授かる。五歳で神託を、そして十歳で恩恵を」


 一度目の神託で与えられるのは職業適性。

 神に与えられた適性は絶対的な意味がある。

 騎士学校で学ぶのは基本的に全員、騎士の適性を与えられた者だ。


「恩恵は個人によって全く異なる。使いこなせるかどうかは努力と運次第だが、諸君にとって大きな力となるだろう」


 この国で生まれ育った者なら誰もが知っている常識。

 吟遊詩人の語り継ぐ英雄たちもみな、神の恩恵によって大きな活躍をしていたという。


 なんだかんだ、老教師が話を終えた後の級友たちはみな期待に目を輝かせていた。

 めいめいに立ち上がって歩いていくみんなから取り残されたシルヴィアはため息と共に立ち上がって、


「なに暗い顔してるの」

「わっ」


 友人から頬をむにー、と引っ張られた。

 やり返そうとすればさっと逃げられ、納得いかない気分になる。


「わたしはきっと恩恵にも裏切られるんだろうなって」

「そんなの授かってみないとわからないじゃない」

「でも、神託だって『戦略家』だよ」


 騎士学校で学ぶのは『基本的に』全員、騎士の適性を与えられた者だ。

 同学年で唯一の例外がシルヴィア。

 平民の家に生まれ、シルと呼ばれていた彼女は五歳の神託で『戦略家』の適性を与えられた。国はこれを受けて一代限りの準男爵位と援助金を授与、名前も「シルヴィア・トー」と改められた。

 騎士学校にいるのは下積みのため。

 最低限の心得を持ち戦いの何たるかを掴まなければ戦略の立てようもない、と偉い人に言われたからだ。


「裏方だよ? 騎士適性の子たちに勝てるわけないじゃない」

「座学では一番の癖に」

「勉強は得意分野だもん」


 並んで校舎に戻り、訓練着から制服に着替える。

 今日の授業はさっきので終わり。だからこの後は自由だ。


「クレール、寮に帰ろう?」

「うんっ。あ、ねえシルヴィア。戻ったらお風呂行こうよ。汗かいたし」

「えー? わたし、疲れたからちょっと寝たいんだけど」

「だーめ。寝るならなおさら汚れを落とさなくちゃ」


 この国における騎士は主に貴族の子弟がなる上級軍人のようなものだ。

 貴族家からの寄付金や国からの援助のお陰で学校の設備はかなり整っている。

 七歳で親元を離れて寮生活なのは心細いけれど幸い同室生はクレール。

 魔法使いが作る魔道具のお陰で火も水もたくさん使えるため、寮にはいつでも入れる大浴場もある。

 前世でも今世でもインドア派なシルヴィアは運動の後、空腹よりもシャワー欲よりも疲労が勝るのだけれど、半ば無理やり友人に引っ張られ、平民には珍しい綺麗な銀の髪を洗われた。


「クレールはきっと騎士向きの恩恵を授かるんだろうなあ」

「シルヴィアだってきっと戦略家向きの恩恵をいただけるでしょ」

「もう。それじゃ剣が上手くならないんだってば」

「あはは、本当だね」


 長かったような短かったような。

 週末の『恩恵の儀』はもう間もなくだ。



    ◇    ◇    ◇



 運命の日、学校には数名の聖職者がやってきた。

 『恩恵の儀』は神のしもべの協力がなければ行えない。

 共に平民であるシルヴィアの両親は神殿に赴いて大混雑の中、長々と待たされて受けたらしいけれど、貴族の子息令嬢の集まる学校はさすがに違う。

 待合室代わりの教室にいるのは見慣れた同級生たち約三十名で全部だ。

 皆、どこか緊張した様子だったものの、最初の一人が儀式から帰ってくると一転、わっと集まって「どうだった?」と尋ねる。

 期待の眼差しを向けられた少年は「ああ」と笑って、


「全然わからない」


 彼の眼前、何もない空中に輝く文字列が浮かび上がった。

 覗き込んだ他生徒も訝しげな表情を浮かべて「すげえ!」と声を上げる。


「本当にわからないんだね、恩恵の内容って」


 遠巻きにそれを眺めていたシルヴィアは、クレールのしみじみとした呟きに「神様の言葉だもんね」と答えた。

 輝く文字列はその者に与えられた恩恵がどういうものかを表したものだ。

 言わば説明書きなのだが、神の言葉と呼ばれる特殊な言語で書かれている。


「言語学者が束になってもほとんど解読が進まないんでしょ?」

「らしいね。学者さんたちは『だからこそやりがいがある!』って燃えてるらしいけど」


 神の言葉を記した神文字は種類が非常に多い。

 文字だけでも無数にあると言われており、組み合わせによっても意味が変わる可能性がある。

 断片的な解読に成功しては齟齬が見つかり振りだしに戻るの繰り返しだ。

 以前、両親の神文字も読ませてもらったことがあるけれど、一目で「これは誰にも読めないな」と思った。


「次、シルヴィア・トー。来なさい」

「はい」


 しばらくして呼ばれたシルヴィアは「行ってくるね」「頑張って!」と友人と言いあってから席を立った。

 儀式の場は少し離れた別室。

 聖職者の持ち込んだ品々により清められ整えられた部屋には厳かな雰囲気が漂っており、お寺、あるいは職員室に足を踏み入れた時のような感覚に陥る。

 入り口で軽く聖水を振りかけられた後は中央まで進み、複雑な紋様の描かれた絨毯の上へ。


「祝詞の終了まで跪いて神に祈りなさい」

「かしこまりました」


 言われた通りに膝をつき祈りのポーズを取る。

 国教における祈りの姿勢は胸の上に両の手のひらを重ねるもの。シルヴィアはついつい前世のイメージから指を組み合わせてしまったものの「やり直しなさい」とは特に言われなかった。

 祈るのは「できれば良い恩恵を」。

 神の言葉ではないものの、ある意味ではそれ以上に難解な古語による祝詞がしばし響き、その終了と同時に眼前が輝く。


 シルヴィアは目を見開き、浮かび上がった文字列見た。

 ああ、やっぱり。


「……日本語なんだよねえ、これ」


 この世界の人間に神の言葉が解読できないのはある意味当たり前だ。

 神の言葉の正体はひらがな、カタカナ、漢字、数字、さらにはアルファベットまでが入り混じった日本語。

 読めるわけがない。

 日本からの転生者、などという常識外の存在以外には。


 これまで何人かの人間の恩恵を見てきたシルヴィアは自身のそれも同じだったことに安堵と諦めを覚えた。


 もちろん、彼女には最初から読めている。

 恩恵の内容はなかなかに独特だ。むしろ珍妙と言ってもいい。

 あるいは日本人でもある種の素養がない人には理解できないかもしれない。


『あなたは百合ハーレムSRPGの主人公だ』


 なんで?

 最初の一文を目にしただけで頭が痛くなってくる。

 世界がおかしいのか、それとも自分の頭が狂っているのか。


 そう。


 恩恵の内容として書かれているのは架空(?)のゲームの設定資料、企画書、紹介文──言い方はなんでもいいが、とにかくその手の代物だ。

 雑食のゲーム好きだったシルヴィアには理解できるけれど、こういうのがあらゆる人々に付与されていて、しかもジョークではなく効力を発揮しているというのがなんとも理解しがたい。

 頬をつねってみても当然夢から覚めることはなく。


 シルヴィアは輝く文字の中から印象的な一文を見つめると「どうしたものか」と首を傾げた。


『同性の好感度を上げることで恋愛感情を発生させ、それを繰り返してハーレムを作ることがあなたの目的の一つである』


 いったい誰が決めたんだそんなこと。神様か?

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