それから僕は…

それから僕は…

 僕が星降堂ほしふりどうで過ごした一年は、日本ではたったの一日だったみたい。

 僕が弟子入りしたあの日、お父さんは僕が家にいないことに気づいて、寝ないまま街を一日中探し回ったんだって。


 あの後で、僕の魔法をお父さんに見せたら、お父さんはすっごくびっくりしてた。どうやってできるようになったのか、一日どこにいて、何をしてたのかをたくさん聞かれた。

 だけど僕は、「覚えてない」って言ってごまかしたんだ。

 理由は……僕にもわかんない。ただ、何となく話したくなかった。今思えば、僕と魔女さんだけのヒミツにしておきたかったのかな、なんて。


 お父さんは僕を責めなかった。かわりに、「大人になったな」ってほめてくれた。大人になったってことがどういうことか、僕にはよくわからない。

 いや、だいぶ前に、魔女さんが言ってたっけ。心の余裕が、大人の条件って。だとしたら、僕はちょっとだけ心の余裕が持てるようになったのかも。


 思えば一年前(日本では一日前)の僕は、お母さんがいないさびしさで、余裕なんて全然なかった。

 

 今は、全然大丈夫。


 そうだ。それからね。


 ✧︎*。


「魔法使いなんだろ? 飛んでみろよ!」


 ジャングルジムの下から、声が聞こえる。僕はジャングルジムのてっぺんから、声のする方を見下ろした。


 ちょっぴり太っちょの高谷たかや君、ずんぐりちびっ子の小山おやま君、背高のっぽの河田こうだ君。僕にいつもちょっかい出してくる三人だ。

 僕はあの三人に追いやられて、ジャングルジムのてっぺんまで逃げてきた。とはいえ、これは僕の作戦だ。わざと逃げるフリをして、ここまで登ってきた。

 

 今も、「魔法使いなら飛んでみろよ」って言われてる。あの時とはちがって、全然イヤな感じはしないし、むしろ、ほこらしいってやつだ。


 僕は魔法使いだし、空くらい飛べるんだ。


「とーべ!」


「とーべ!」


「とーべ!」


 三人が、バカみたいに手を叩いて、僕をバカにする。そうやってからかっていられるのも、今のうちだぞ。

 僕はニヤリと笑う。僕専用の箒にまたがって、ジャングルジムをつかんでいた手をはなした。


 ジャングルジムのてっぺんに立つ。こんな高さ、ちっとも怖くない。もっと高いところを飛んだことあるんだから!


 僕はジャングルジムから飛びおりた。

 体がガクンとなって、三人が大声をあげる。

 だけど、僕は地面スレスレまで待ってから、見せつけるように飛んだ。


「は?」


「へ?」


「と、飛んでるー!」


 ジャングルジムより高いとこまで飛び上がってから、ヒュンッと音を立てて宙返り。そして、ジャングルジムの周りをくるくる回って地面にゆっくりおりた。


「ほんとに、魔法使いなのか?」


 高谷たかや君の質問には答えずに、魔女さんのマネして「くひゅひゅ」って笑う。そして、高谷たかや君に杖を向けると。


「落ちなさい。消えなさい。元の清潔さを取り戻しなさい」


 そう言って、高谷たかや君のズボンに魔法をかけた。

 走り回ったせいで砂汚れがついた高谷たかや君のズボンに、魔法の光がふれる。すると、まるで新品みたいにキレイなズボンになった。


「すっげー!」


「なあなあ、俺にも教えて!」


「俺にも使える魔法ある?」


 いじめっ子だった三人は、今は僕を尊敬のまなざしってやつで見てくる。僕はフフンッと笑って。


「君の努力と素質次第さ」


 って、言ってやったんだ。


 そんな感じで、いじめはなくなったし、高谷たかや君たちとの関係も良くなった。三人にちょっとだけ魔法を教えたりもしてみたんだけど、河田こうだ君が「モノをうかせる魔法」を使えるようになっただけで、他の二人はダメだった。

 僕と三人とのちがいを魔女さんにきいてみたいけど、きっと魔女さんなら「何がちがうんだろうねぇ」ってはぐらかすんだろうね。


 ✧︎*。


 あれからずっと、僕は魔法の練習をしてる。

 日本は何でもあって便利な世界だから、魔法を使う必要なんて本当はないんだけど。でも、使わなくなってしまったら、本当に使えなくなってしまう気がして。

 使えなくなってしまったら、星降堂ほしふりどうでの出来事を忘れてしまう気がして。


 夜の暗さは、僕にとっては全然怖くない。むしろなれっ子だ。だって、毎日夜にお店をやっていたからね。

 すっかり朝型の生活にもどってしまっても、僕は夜が大好きだった。


 今夜も、魔法の練習をすることにした。

 箒に乗って、窓から飛び出して、念の為に魔法で戸じまり。

 それから目的地を決めて、そこまで真っ直ぐ飛ぶ。


「今日は、あのビルの上まで行こう」

 

 そうして、目的地に着いたら、魔法の練習をする。


 魔女さんとのお別れの時に見た、流れ星とマリーゴールドの魔法。あれだけは、魔女さんは教えてくれなかった。

 だから、僕は自分の力でどうにか成功させたかった。


 ビルの屋上に立って、杖をふる。

 流れ星が空から落ちて、マリーゴールドに変わるところを想像する。

 魔法で大切なのは、想像力。そうなったらいいな、じゃなくて、「そうなるんだ」という、強い力。


「流れ星よ、命を与えよ」


 僕が考えたオリジナルの呪文を唱えて、集中。

 ポポンっと音がして、空からマリーゴールドの花が三つ降ってきた。

 うーん、こうじゃないんだけどなぁ。


「あー、むずかしいなー!」


 僕は、あお向けになって夜空を見上げた。

 そして世界のカギをえり元から取り出す。


 これには、異世界で会った色んな人の想いがつまってる。そして、今でも僕と一緒にいて、僕を見守ってくれてる。そんな気がする。

 耳をすませば、今でも聞こえてくるんだ。みんなの歌声が。


 カギをそっと耳にあててみる。

 今日は、お母さんの優しい声が歌ってる。


「I wish I may, I wish I might,《できますように、できますように》

 Have the wish I wish tonight《今夜のお願い、どうかかなえて》」


 後から知った。これは、「スターライトブライト」っていう、おまじないの歌なんだって。

 みんながこの歌で僕を応援してくれてるんだって思うと、心の奥がポカポカとあったかくなってくる。


 よし、明日からも、魔法の練習がんばるぞ。

 うん、明日から。今日はもうおしまい。


 だって、ほら。


「空、また魔法の練習か?」


 声がきこえた。ふり返ると、外階段から屋上にあがってくるお父さんが見えた。


「お父さん、すごい。よくわかったね!」


「会社からの帰り道、空が飛んでるのが見えたから追ってきたんだ」


 お父さんは走って追いかけてきたみたいで、肩をゆらして息をしてた。僕は走って追いかけてくれたのがうれしくて、お父さんのところに行ってハグをした。


「お父さん、おかえりなさい」


「ただいま」


 手をつないで、僕らは家に帰る。

 二人暮しでも、きっと大丈夫。だってお母さんは、いつまでも僕を見守ってくれているんだから。


 ✧︎*。


『それから僕は…』

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