これまでも、これからも、ずっとそばに…⑩

 星降堂ほしふりどうの制服を脱いで、Tシャツとジャンパーを着る。一年前、初めて星降堂ほしふりどうに来た時の服。毎日魔法でお手入れしてたから、新品みたいにキレイなまま。


 魔女さんが、探索の時に使ってたショルダーバッグをくれたから、その中に僕の荷物を入れる。

 日本に持って行けるものは少ないから、僕専用のニワトコの杖と、魔女さんがくれた星降堂ほしふりどうの制服だけ、だけど。

 売り場の方に行くと、魔女さんが待ってた。ジャックさんの愛の宝石で作ったブレスレットが、袖から見える。

 魔女さんは、僕を見てニコリと笑った。


準備万端じゅんびばんたんじゃないか」


「忘れ物したらいけないから」


 星降堂ほしふりどうにはもう戻れないだろうから、忘れ物できないもん。だから、準備は念入りにしたんだ。

 魔女さんが竜の杖を持っていることに気付いた。あんなにイヤな思い出があるのに、いまだに持ってるなんてフシギだなぁ。


「捨てられないんだよ」


 僕の頭の中を読んで、魔女さんは言う。


「私もできることなら捨てたいけどね。ただ、竜の力のせいで、私でもこわせない。な魔法使いの手に渡ったら困るから、私が管理しているのさ」


 最初、僕がさわった時みたいに、杖にふり回される人が出ちゃうかもしれないってこと。確かに、それだと捨てられない。


「だからこれからは、この杖のこわし方を探すよ。幸い、私は長生きだからね」


「こわせたらいいですね」


「こわすんだ。私の手で、絶対ね」


 魔女さんは、仕切り直しのためにせき払いする。

 僕は、これから何をするのかわかってた。別に、魔女さんからそう言われたわけじゃないけど。

 弟子が弟子でなくなるためには、大切な試験がある。一人前の魔法使いとして、先生から認めてもらうための、一種の儀式みたいなもの。


「さあ、空。卒業試験だよ」


 魔女さんに言われて、僕はうなずいた。

 ポケットの中から木箱を取り出す。中に入ってた意思の宝石たちは勝手に出てきて、僕の目の前をふわふわただよう。

 僕はかばんから杖を取り出して、呪文を唱えた。


「この地と、かの地を、つなげたまえ」


 杖の先から虹色の光があふれる。八つの宝石は、光と一緒にクルクル踊って。溶けて、混ざって、一つになる。

 一瞬まぶしくなったかと思うと、キィン……と音がして、一つのカギが目の前に現れた。

 銀色で、キラキラ光ってて、カギ穴に入れる先っぽがハートみたいな形。魔女さんに、大分前に見せてもらった世界のカギのイメージそのままだ。


「上出来だよ、空」


 僕はカギをつかんだ。

 金属でできてるように見えるのに全然冷たくなくて、ほんのり温かかった。人とあくしゅした時と同じくらいの温かさだ。

 僕は、ドアの内側にあるカギ穴に、世界のカギを差し込んだ。そして、ひねる。

 

 カチャリと音がして、窓の外の景色が変わった。


 ドアを開ける。外は真っ暗。

 暗い空に、たくさんの星。地面はないから、ここは空中なんだと思う。

 下を見ると、見なれたビルの明かりがあった。でも、一年ぶりに見るから少しなつかしい。


「上手に飛ぶことができたら、晴れて一人前だ。準備はいいかい?」


 魔女さんが僕に箒を渡してくる。魔女さんが作ってくれた、僕のための箒だ。

 僕は箒を受け取ってうなずく。


「準備できてます」


「おや、たのもしい」


 僕は売り場をちらりとふり返る。

 カウンターから、インクで汚れた頭がちらりと見えた。それは、おなじようにインクで汚れた手をヒラヒラふってる。

 ブラウニーが見送りに来てくれたんだ!


「ブラウニー、さよなら!」


「ソラ、バイバイ。ゲンキデネ」


 僕は箒にまたがって、ドアから夜空に飛び出した。

 ガクンと落ちそうになるけれど、僕が飛ぶことを想像すると、箒の穂は勢いよく光を出して、僕を夜空に押し上げた。

 振り返ると、魔女さんも僕を追いかけて箒で飛んできた。魔女さんは僕のまわりをくるりと回って、「なかなか上手いじゃないか」ってほめてくれた。


「そうだね。少しだけ、散歩しようか」


「散歩ですか?」


「少しくらい、いいだろう。私に時間をくれても」


 魔女さんはウインクして僕に言う。

 僕も、真っ直ぐ帰るのは寂しいから、魔女さんについて行った。


 最初にやって来たのはスカイツリー。日本で一番高い建物。

 まぶしい照明で目がチカチカしそうだ。少しだけふらついた僕に、魔女さんが「大丈夫かい?」って声をかける。僕は心配させないように、大丈夫ですって言って笑ってみせた。

 スカイツリーのてっぺんから見下ろす景色はすごかった。空は真っ暗なのに、街の光はチカチカとまぶしい。まるで、光そのものが生きてるみたい。

 僕のとなりに魔女さんがやってきた。


「人の営みは、なんともキレイなものだね」


 営みっていうと……そう。人の生活とか、そういうやつ。だから、この夜景は人が生きているという証明で、だからこそ、こんなにキレイなんだ。


「もう少し高い場所まで行こうか」


 魔女さんはそう言って、さらに高い場所に飛んでいく。僕はそれを追いかける。

 街がすっかり小さくなったころ、雲より高いところで魔女さんは上にのぼるのをやめた。


「空、見てごらん。満月だ」


 魔女さんが指さす方を僕も見る。

 星がいっぱいの空に、大きな満月。金色で、優しく光って、まるで僕らに優しく笑ってるみたいだ。

 僕は杖を取り出して、星がコンペイトウになるところを想像した。


「キラキラ星よ、コンペイトウになーれ」


 前は失敗したけど、今度はちがう。

 夜空にうかんだ星から、パラパラとコンペイトウが落ちてきた。それを一つ残らず魔法で集めてビンに詰めて、魔女さんに見せる。


「今度は成功しましたよ」


「くひゅひゅ。今の空には、カンタンすぎる魔法だね」


 僕と魔女さんは、コンペイトウを食べながら満月を見る。コンペイトウが全部なくなってしまうまで、僕らは黙ってお月見を楽しんだ。

 このままずっと、いつまでも見てたいな。そう思ったけど、物ごとには終わりがあるんだって、知ってる。

 月の向こうから、朝がやってくる。暗い空が、だんだん淡く明るくなって、月の光はうすくなっていく。


「さあ……帰ろうか」


 魔女さんは言う。

 僕は……さびしいけど、笑ってうなずいた。

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