これまでも、これからも、ずっとそばに…⑨

 まわりの景色は一瞬で、白い部屋から星降堂ほしふりどうに変わった。たくさんの魔法具とキラキラ。魔女さんが店主をしてる、今の星降堂ほしふりどうだ。

 虹色の光は売り場から工房へ、その奥のドアの向こうへ行こうとしてる。


「追いかけよう!」


 僕は魔女さんの手をにぎって、工房の方に歩いていく。魔女さんは最初引っ張られてたけど、すぐに僕を追い越していく。

 工房の奥のドアに近付くと、勝手にドアが開いた。光は僕らを案内するみたいに、僕らのちょっと前をゆっくり飛んでる。


 次は階段。キシキシ音を立てながら、僕らは階段を上がる。魔女さんをななめ後ろから見ていると、魔女さんの顔は少しだけ青かった。


「先生、私のこと、きらってないかな……」


 魔女さんはつぶやく。多分、ひとりごと。

 でもね、魔女さん。大丈夫だよ。


「大丈夫だよ、きっと」


「どうしてわかるの」


「え? だって、さ」


 根拠こんきょってやつはないけれど、そんな気がするんだ。


「魔女さんを守ったジャックさんが、魔女さんをきらうなんて、考えられないから」


 階段を上がって、虹色の光を探す。

 すると光は、僕らをさそうみたいに、部屋の中に入っていった。


 僕らは光を追いかけて、部屋に入った。

 そこにあったのは、ゆめわたりのとびら。今は虹色に光ってる。


「僕は、いつでも……そばにいるよ……

 …………先生……?」


 魔女さんは、おそるおそるといった感じでゆめわたりのとびらに近付いて、虹色の鏡のところにさわった。水の中みたいに、魔女さんの手がスルッと入っていく。


 魔女さんが、びっくりした顔をした。

 見つけたんだ。でも、手を出そうとしない。


「大丈夫だよ。出してみて」


 僕は魔女さんを怖がらせないように、なるべく優しくそう言った。

 魔女さんはうなずいて手を出した。にぎられていたのは真っ赤な宝石。ジャックさんの、愛の宝石だ。


 それを見た瞬間、魔女さんはわぁっと泣き始めた。


「先生……ごめんなさい。

 ワガママ言ってごめんなさい。

 先生の言うこときかなくて、ごめんなさい。

 近くにいてくれたのに、気づかなくて、ごめんなさい。

 ずっとずっと会いたかった。会いたかったよ」


 今の魔女さんは子供なんだけど、それこそ本当に子供みたいに、わぁわぁ泣いて、泣いて、いっぱい泣いてた。

 ジャックさんからの返事はないけれど、愛の宝石は、まるで返事するみたいにキラキラ光る。魔女さんをなぐさめるみたいに、すごく優しい声で歌ってる。


 魔女さんは泣いてたけど、すごくうれしそうに、愛の宝石にほおずりした。


 僕は黙って魔女さんを見てた。

 だってさ、魔女さんは、お父さんとずっと会えなくて、さびしくしてて、今日やっとまた会えたんだ。それをジャマするなんてできないから、僕は黙ってた。


 しばらく経ってから、魔女さんは僕の方を見て、はずかしそうに笑ってた。


「空、ありがとう。君のおかげだよ」


 ✩.*˚


 僕は目を覚ました。

 そこはフカフカなベッドの上で、すぐとなりには、大人の魔女さんがねてた。

 さっきのは夢の中のことだったのかな。いや、ゆめわたりのとびらをくぐったんだから、本当だったとしても、それは夢の中のことなんだけど。

 うーん。なんだかむずかしいぞ。なんて考えてたら、ふと手の中に何かあることに気付いた。

 にぎった手を開いてみると、虹色にキラキラ光る宝石があった。耳に近付けてみると、魔女さんの声で歌ってる。歌ってるってことは、これ、もしかして……


「私の、よろこびの宝石だろうね」


 びっくりして魔女さんを見た。

 さっきまで寝てたはずの魔女さんは、僕を見て笑ってた。


「はぁ、全く……はずかしいところを見られたよ」


 魔女さんは体を起こして伸びをする。寝ぐせでくしゃくしゃの髪に魔法をかけて、真っ直ぐに整えた。

 僕は、昨日魔女さんに怒られたことを急に思い出してしまった。


「ごめんなさい! すぐに出ていきます!」


 二度と部屋に入らないでって言われたんだった。僕だってどうやって入ったか覚えてないけど、多分きっと怒られちゃう!

 と、思ったんだけど。


「ちょっと待ってちょっと待って」


 魔女さんに呼び止められて、僕はこわごわとふり返る。

 魔女さんはほっぺたを手でおさえて、困ったような顔をしていた。


「流石にね、恩人を追い出すほど性格悪くないよ、私は」


「あ、はい……って、え?」


 お、恩人、だって?

 手まねきされて、僕は魔女さんに近寄る。魔女さんは僕を見下ろして、ちょっとだけ笑って。

 なんと、びっくり。僕をハグしてくれた。


「あ、あの、魔女、さん……?」


 お父さんやお母さん以外からハグされることなんてなかったから、僕はキンチョーでドキドキして、口をパクパクさせるしかできなかった。


「空のおかげで先生に会うことができた。ありがとう」


 耳元でそう言われて、頭をなでられて、僕は胸がドキドキで苦しくてどうにかなりそうで。

 でもすぐに手をはなされて、魔女さんからこう言われた。


「でも、タメ口はいただけないね。私には敬語を使いなさいと言ったろう」


「あわわわ、ごめんなさい」


 魔女さんからギロリとにらまれて、僕はすっかりカチコチになって、うまく動かない口で謝る。けど、それは魔女さんのおふざけだったみたいで、すぐにフッと笑った。


冗談じょうだんだよ。気にしてないさ」


 むぅ……またからかわれた。

 まぁ、こっちの方が魔女さんらしいから、いいけどさ。


 ……あれ?

 さっき、魔女さんからもらった喜びの宝石、なんだかふるえてる。僕はにぎりしめていた手を開けて、もう一度喜びの宝石を見た。

 虹色の宝石はふわふわと、僕の目と同じ高さまでうかんだ。続いて、今まで集めた意思の宝石たちが、僕のポケットから出てくる。


 マーヤさんの努力。

 メロウちゃんの意志と夢。

 ロイド君の勇気。

 ダイアン君の寛容かんよう

 グリムニルさんの優しさ。


 最後に、僕のえり首から、お母さんの形見のペンダントが飛び出してきた。

 そうだ。これは、お母さんの愛の宝石だから、これを合わせて八つ。

 意思の宝石が八つ集まったっていうことは、世界のカギが作れる。


 僕は魔女さんを見上げた。


 魔女さんは、少しだけさびしそうな顔をする。

 僕も、少しだけさびしい。


「帰るかい?」


「……はい。帰ります」


 だけど僕は帰らなきゃ。

 だって、お父さんが僕を待ってるから。

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