これまでも、これからも、ずっとそばに…④

 魔女さんは怒っていた。

 魔女さんが僕に怒ったのは、これが初めてだった。僕をにらむ目は、まるで氷みたいに冷たくて、僕はすっかり固まってしまった。

 魔女さんは、僕の手から手紙をひったくって、


「こんなもの、さっさと捨ててしまえばよかった」


 ぐしゃりとつぶして、ビリビリに破ってしまった。

 なんてことをするんだと思ったけど、怒った魔女さんが怖くて、僕は何も言えない。


「なんで私のことを探るんだ! 私の過去なんて、空には関係ないことだろう!」


 大声を出して僕を責めるなんて、いつもの魔女さんからは想像がつかなくて、僕はぶるりとふるえた。やっぱり、魔女さんのヒミツを探るなんて、しちゃいけなかったのかもしれない。

 魔女さんは、怒りのままに僕を怒鳴る。


「大体、私の過去を知ったところで、君がどうにかできるわけがない! たかが十一歳の子供に、何ができるって言うんだ!

 私が、五百年近くかけて成し遂げられてないのに……できるわけないだろう……」


 魔女さんはひとしきりさけんでから、ヒザを抱いてしゃがみこんだ。肩をふるわせて、時々声をもらしてる。

 魔女さん、泣いてるの?


「先生と同じくらいの強い感情を、意思の宝石を集めて一つにしたら、生き返ると思ったんだ……でも、何回やっても上手くいかない。

 わかってるんだ。その意思は先生のものじゃない。ちゃんと持ち主がいて、その人が選んだ魔法使いを助ける石だ。先生その人じゃない。

 でも……あきらめきれないよ……だって私、先生に謝れてないんだから……」


 僕はイスからおりて、魔女さんの肩をさわろうとしたけど、魔女さんはそれをふり払って、立ち上がって……


「二度と私の部屋に入らないで。いいね」


 そう言って、僕の部屋を出て行った。


 どうしよう……僕が魔女さんのことを知りたいと思ったせいで、魔女さんを怒らせちゃった。もしかしたら、きらわれちゃったかもしれない。

 僕はただ、魔女さんが悲しそうだったから、どうにかしてあげたかっただけなんだ。

 お節介ってやつだったのかもしれない……


「ソラ、ナイテル?」


 声が聞こえて、僕は顔を上げた。

 部屋のドアがゆっくり開かれた。けど、そこには何も見えない。


「ソラ、カワイソ……マジョサン、オトナゲナイ」


 でも、何も見えない空間から、たしかに声が聞こえてきた。

 もしかして。


「ブラウニー?」


「ウン、ブラウニー」


 ブラウニーの声は僕の後ろに移動する。次の瞬間、棚にしまっていたインクがひとりでにこぼれてしまった。


「あっ!」


 僕は思わず杖を向けるけど、インクは床に落ちてこない。空中でこぼれた状態のまま、ふわふわうかんでる。


「ブラウニー、ミエル?」


「あ……見える、よ」


 そっか。ブラウニーは姿が見えないから、僕に見えるように、わざと頭にインクをかぶったんだ。

 インクがブラウニーの体を伝っていく。ブラウニーは僕と同じくらいの背の高さ。形だけじゃ、男の子か女の子かわからない。けど、初めて見えたブラウニーの姿に、僕は感動みたいなのを感じた。


「キテ。モウヒトツ、ヒミツアル」


 ブラウニーは手まねきして僕をさそう。僕は、ブラウニーについて行くことにした。


「ブラウニーって、魔女さんのことよく知ってるの?」


 歩きながらたずねると、ブラウニーは答えた。


「アンマリ、シラナイ。デモ、ヒミツ、シッテル」


 あんまり知らないけど、ヒミツは知ってる。

 ということは、つまり……


「とうめいだから、こっそりヒミツを見ることができた?」


「セイカイ!」


 なんだかそれって、悪いことじゃない? そう思ったけど、僕だってさっき魔女さんの部屋に忍び込んでヒミツを探ったし、ブラウニーを責められないなって思った。

 ブラウニーといっしょにやって来たのは、ゆめわたりのとびらがある部屋。何回も使ったことがある魔法具だから、今さら案内される意味がわかんなくて首をかしげた。


「ソラ、モッテルヨネ」


 急にそう聞かれて、僕はきょとんとする。

 ブラウニーはもう一度言った。


「アイノホウセキ、モッテルヨネ」


 ドキリとした。服の下にあるお母さんのかたみを、ギュッとにぎりしめる。


「ソラノ、オカアサン。アイノホウセキ、クレタデショ?」


 ブラウニーにはすっかりバレてる。

 僕はペンダントを取り出した。かざりの真ん中にある、赤い宝石。これが、お母さんのかたみ。

 気付いたのは最近。ヨルズさんから愛の宝石をもらった時。お母さんのかたみの宝石が、愛の宝石にすごく似てるなって思ったんだ。

 耳を近づける。そしたら、聞こえた。お母さんの声で、とても優しく歌う、おまじないの歌……


「イシノホウセキ、マホウツカイ、タスケル。

 ユメワタリノトビラ、ヒミツアル。ヤッテミテ」


 やってみてって、何を?

 そう聞こうとして、やめた。何となく、やることがわかってたから。

 僕は、愛の宝石を両手でにぎって、神様にするみたいにお願いごとをした。


「お願い。ゆめわたりのとびらにかくした魔法、僕に見せて」


 愛の宝石がピカッと光る。ゆめわたりのとびらもピカッと光って、鏡のところが虹色に変わった。フチに書いてあった異世界語は、僕にも読める日本語に変わっていた。


『僕はいつでもそばにいるよ』


 そばにいる……どういうこと……?


「ジカンキニセズ、ユックリサガシテ」


 ブラウニーが言う。いつもは一時間で帰ってくる決まりだけど、今回はそうじゃないってこと?


「ブラウニー、ありがとう。僕、行ってみる!」


「イッテラッシャーイ」


 僕は、ゆめわたりのとびらに飛び込んだ。

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