これまでも、これからも、ずっとそばに…⑤
木でできた教会の建物と、そのとなりにある、屋根が低い建物。庭では僕と同じくらいの男の子と女の子が、ボールをけって遊んでた。
それを見てる、とんがり耳をした茶色い髪の男の人は、教会のおばさん(シスターさんって言うんだっけ?)と話してた。
「あの子がいた村では昔から、洪水が起きると、おそろしい竜にイケニエをささげてたんです」
「ああ、それで……」
「竜と人間のハーフ、だそうです。父親が悪い竜だったために、兵士に
いや、ちがった。二人が見てるのは、庭の隅っこで座って本を読んでる女の子だった。
黒い長い前髪は、両目をすっかりかくしてる。顔がぜんぜん見えない。
「元の村でもいじめられて、ここでも仲の良い友達が作れないみたいで……」
シスターさんがそう言った時、黒髪の女の子の顔にボールがぶつかった。男の子が、わざと女の子にボールをけってぶつけたんだ。
「どっか行けよブース」
「やめてよー。あの子怒らせたら……」
サッカーをしてた女の子が、アワアワしながら男の子に言う。
そしたら、黒髪の女の子は立ち上がって、ボールを魔法でうかせた。ボールはまっすぐ男の子に向かって飛んでいって、男の子の顔に当たっちゃった。
バウンドしたボールは、次にアワアワしてた女の子、次に別の男の子にぶつかって、みんな怖がって逃げ出しちゃった。
「こら! 仲良くしないとダメでしょ!」
シスターさんは、サッカーをしてた子供たちじゃなくて、黒髪の女の子に向かってそう言った。
僕には意味がわからなかった。だって、ボールをあてたのも、悪口を言ったのも、男の子が先だった。黒髪の女の子は、やり返しただけだったのに。
だから僕は、シスターさんに向かってそう言おうとしたんだけど、口を開けても声が出てこない。声を出した感覚はあるのに、僕の耳には僕の声が聞こえなかった。
シスターさんの正面に行って、両手をふってみるけど、シスターさんは僕が見えてないみたいだった。
僕は自分の体を見る。
多分、僕の姿は誰にも見えてない。
「すみません。あの子と話をさせてもらえませんか?」
茶色い髪の男の人は、シスターさんにそう言った。あの子っていうのは、黒髪の女の子のことだ。
シスターさんは少しなやんでいたけど、すぐに「いいですよ」って返事した。男の人はお礼を言って、女の子に近付いていく。
僕も、男の人についていく。女の子のことが気になったから。
「やあ。僕はジャック。君は?」
ジャックさんは、女の子にたずねる。女の子はビクビクしながら、本を両手で抱きしめた。
「ご、ごめんなさい……」
「怒ってないさ。大丈夫。名前、聞かせてくれるかい?」
女の子はお話するのが苦手みたい。しどろもどろになりながら、小さい声でつぶやく。
「私のことなんて、知らない方がいいよ……村長さんが怒っちゃう……」
「大丈夫。ここには村長なんていないし、シスターが話していいよって言ってたよ。だから、教えてくれるかな?」
女の子はすごく悩んでた。モニョモニョ何かつぶやいて、時々怖がってるみたいにふるえてたけど、少ししてからこう言った。
「黒いのって、呼ばれてる」
「黒いの?」
ジャックさんは顔をしかめた。僕もおんなじ顔をした。だって「黒いの」なんて、名前じゃないもん。本当にそう呼ばれてるんだとしたら、周りの人はひどい人だ。
「孤児院では?」
「あんまり、呼ばれたことない……たまに、黒魔女さんって……」
「そっか……」
ジャックさんは少し考えて、いや、すごく長い時間考えて、女の子に笑いかけた。
「僕の弟子にならないかい?」
「…………え?」
女の子はびっくりして顔を上げた。
その時にちらりと見えたのは、赤い右目と、黒い左目。
見なれたその顔に、僕はびっくりした。
「魔女さん?」
その時、景色が一瞬で虹色に変わった。
僕は周りをキョロキョロ見て、ジャックさんと女の子を探す。
「やあ、空。いらっしゃい」
男の人の声がして、僕は後ろをふり返った。
そこにいたのは、とんがり耳と茶色い髪をした男の人。さっき孤児院で女の子と話してた人。ジャックさんだった。
多分、多分だけど、僕の考えが正しいとしたら、ジャックさんは、
でも確か、魔女さんの先生って、うんと昔に死んじゃったんじゃなかったっけ。
「そうだよ。僕はもう死んでる」
うわっ! ジャックさんも人の心が読めるんだ! あんまり変なことは考えられないぞ……
「あははっ。身がまえなくていいよ」
「あー……えっと、はじめまして」
「うん。はじめまして」
僕はおじぎをする。そして顔を上げると、ジャックさんをよくよく見た。
ジャックさんの体の色は、すごくすごくうすくなってて、今にも消えてしまいそうだった。多分、今の僕よりうんとうすい。おまけに足はヒザから下が消えてなくなってた。まるで、オバケみたいに。
「あの、ジャックさんは、ずっとここにいたんですか?」
僕はたずねる。だけどジャックさんは首をふる。
「僕のたましいのほとんどは、五百年の間に世界に散って、誰かの命の
だけどね、死ぬほんの少し前に、僕の意思の宝石を、
ジャックさんは、とっくの昔に、誰かの
ジャックさんは肩をすくめて苦笑いした。
「本当なら、シュヴァルツに見つけてもらう予定だったのに、あの子は全く気づかなかったらしい。
まあ、仕方ないね。言い残すヒマもなかったから……」
シュヴァルツっていうのは、魔女さんの本当の名前。
魔女さんに言い残すヒマがなかったって、どういうこと……?
「空、少し付き合ってくれるかい?」
ジャックさんにさそわれて、僕はうなずく。
ジャックさんはニッコリ笑った。
「ありがとう。
じゃあ、行こうか。シュヴァルツの夢まで」
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