これまでも、これからも、ずっとそばに…③

 ベーコンエッグはすっかりカチカチに干からびてたし、ブラウニーは一人にさせられて怒っていたけど、魔女さんは「ごめんごめん」って言って、普通の顔でベーコンエッグを食べていた。

 その顔があんまりいつも通りだったから、さっき花畑で見た魔女さんの顔は、もしかしたら見まちがいだったのかな? なんて思ってしまう。

 僕は、魔法で美味しい味に変えたを食べながら、魔女さんの顔をじっと見てた。


「空、あんまり見ないでくれないか?」


「あ……ごめんなさい」


 僕はあわてて魔女さんから顔をそらす。


「あんまり美人だから見とれてた?」


「そ、そうじゃ、ないです。ただ……」


 僕は、いいわけしようとして、やめた。

 魔女さんは、いつも通りの星降堂ほしふりどうにしようとして、僕をあえてからかってるんだ。だから、僕が花畑のことをほじくり返すようなことしたら、きっと魔女さんは悲しい顔をしちゃう。


 でも、花畑でのことを見なかったことにはできない。


「ごちそうさま。ブラウニー、あとよろしくね」


 僕はお皿をシンクに運んで、早足で食堂を出た。

 居づらいのもあったし、何より考えを整理したかった。


 魔女さんは、人を生き返らせる魔法の研究をしてる。それには愛の宝石が必ず必要で、泣いて僕にたのみこんだ。でも、その魔法は失敗した。


 魔女さんは平気そうにしてるけど、絶対平気じゃないはずだ。

 だって、魔女さんは、誰か大切な人を亡くしたんでしょ?


「魔女さん、ごめんなさい」


 僕は魔女さんの部屋に向かう。そこに、魔女さんのヒミツがあると思ったんだ。

 魔女さんにバレないように、そろりと忍び込む。キンチョーのせいで胸がドキドキして、上手く息ができない。


「えっと……こほん……」


 僕はニワトコの杖をふって、小声で唱える。


「魔女のヒミツを持つものよ、僕の前に現れたまえ」


 魔女さんの部屋全てがカタカタ音を立てる。

 悪いことをしてる自覚はある。でも、今回だけは許して。


 すぐに、二通の手紙が僕の目の前に飛んできた。とても古くて色あせた、茶色い封筒。どっちも元々は白い紙だったんだろうと思う。

 僕はその二つを大事に抱えて、自分の部屋まで帰った。もちろん忍び足で。魔女さんに見つかったら怒られちゃうからね。


 イスに座って封筒を開ける。パリパリになった便せんは、少しでも引っ張ったら破けてしまいそうで、僕は注意しながら取り出した。

 二つに折られた便せんを開く。そこには異世界語で何か書かれていたけど、僕には読めない。仕方ないから魔法でほん訳することにした。


「つづられしふみよ、我が知恵とならんことを」


 僕が小声で唱えると、書かれた異世界語がほんのり光った。書かれている言葉は変わらないけど、僕の頭は異世界語を理解できるようになっていた。



退職届たいしょくとどけ


 このたび、一身上いっしんじょうの都合により、勝手ながら八月六日をもって退職たいしょくいたしたく、ここにお願い申し上げます。


 ジャック・リトヴェスト


 追伸

 今後は、義理ぎりの娘とともに、世界を渡る星降堂ほしふりどうとして、国を支えていく所存しょぞんです。

 どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。』



 これは……もしかして、魔女さんのお師匠様の?

 ジャック・リトヴェストっていうのがお師匠様の名前で、義理ぎりの娘っていうのは、もしかして魔女さんのことなんだろうか。

 だとしたら、お師匠様は魔女さんにとって、お父さんだったってこと? ジャックって男の人の名前だよね?


 もう一通も開けてみる。

 その手紙は何枚もあって、封筒がパンパンにふくらんでいた。僕の手で開けたら破ってしまいそうだったから、魔法でていねいに取り出して開く。

 そこに書かれていた異世界語はすごくグチャグチャで汚くて、にじんで読みにくくなっているみたい。でも、魔法でほん訳してる僕には関係がなくて、問題なく読むことができた。



にくき黒魔女め。

 我が親愛なるジャックを殺すとは、到底とうてい許されることではない。

 ジャックはお前を、実の娘のようにいつくしみ、愛していた。それをなぜ殺したのか。

 杖にあやつられただの、自分の意思ではなかっただの、それは言い訳にすぎん。お前に流れる邪竜じゃりゅうの血が、お前をそうさせたのだ。そうにちがいない。

 やはり、ジャックの宮廷魔導師きゅうていまどうしの任を解いてはならなかった。お前は、我が国に入らせるより前に殺してしまえばよかったのだ。

 許せぬ……許せぬ……


 今後一切、国に立ち入ることを禁ずる。我の目が黒い内は、お前の立ち入りを許すことは無い。どのような理由であってもだ』



 ……

 これは……

 魔女さんが、お師匠様を、殺したって……?


 ひらりと、一枚の便せんが落ちた。僕はそれを拾いあげる。



『シュヴァルツ、大丈夫かい?

 女王陛下へいかは君を悪く言っていたけれど、僕は君の味方だ。だって君は、ジャックをあんなに愛していたし、ジャックを殺しただなんて考えられない。

 もしあの時言ったことが本当だったとして、君には何か理由があったのだと、僕は考えるよ。

 女王陛下へいかの言葉を真に受けないように。君が元々孤児こじだからとか、ジャックとは義理ぎりの親子だとか、そんなのは関係ない。

 入城はむずかしいかもしれないけど、どうにか君が入国できるように、女王陛下へいかに頼んでみる。だってこの国は、シュヴァルツの第二の故郷こきょうだからね。

 体に気をつけて。決して、おかしなことを考えないようにね。

 では、また。


 グリムニル・カークランド』



 これは、グリムニルさんからの手紙だ……

 色々と、すごくショッキングなことが書いてあるけど……つまり魔女さんはお師匠様を亡くしていて、それが魔女さんのせいだと言われてる。

 多分、それはうんと昔の話だ。それこそ、百年前、二百年前、もしかしたらもっと前のことかも。

 それをいまだに魔女さんは悲しんでて……自分のせいだと思ってるから、お師匠様を生き返らせようと……


「空、私の部屋に入ったね?」


 急に聞こえた魔女さんの声に、僕はびっくりして顔を上げた。

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