これまでも、これからも、ずっとそばに…②

 そこは、別の世界だった。


 空はオレンジと青色がグラデーションみたいに色付いて、ぽつぽつ星が顔を出している。白い月はぼんやりとうかんで、オレンジの太陽は遠くの空にしずんでいく。

 目の前は一面の花畑。

 学校で育てたことがある。この花、全部マリーゴールドだ。


 外に出る。

 花をふまないように気をつけて進む。


 人がいない。

 そこはただ花畑が広がっているだけで、人の姿や建物は全然見あたらない。時々、ウサギやリスなんかの動物が、花畑を走っていって、ハチやチョウチョがひらひら飛んでいく。

 だんだん太陽がしずんでいく。空は青く暗くなっていく。

 丸い月が高く高く登っていって、空の真ん中で花畑を見下ろした。


 夜の暗さにすっかり慣れていた僕は、その景色をキレイだなぁなんて思いながら歩いていた。


 地下室にこんなキレイな世界があるなんて、魔女さんはなんで教えてくれなかったんだろう。

 いや、むしろ、魔女さんは地下室の中をかくしたがっていたような気がする。コンペイトウバクダンを閉じ込めた、なんてウソまでついて。


 なんで?


「Star light, Star bright,《星の明かり、星のかがやき》

 The first star I see tonight《今夜はじめてのお星様》」


 声が聞こえてくる。

 どこかで聞いたことあるような歌。でも、なんて言ってるか全然わからない、英語の歌詞。


「I wish I may, I wish I might,《できますように、できますように》

 Have the wish I wish tonight《今夜のお願い、どうかかなえて》」


 多分……多分、これは……意志の宝石が歌っていた歌。

 聞き取りにくいくらいの小さな声で歌っていた、あの歌。それを、魔女さんが歌ってる。

 悲しそうな、さびしそうな、今にも消えちゃいそうな声で、歌ってる。


 花畑の真ん中で、僕はようやく魔女さんを見つけた。

 魔女さんは僕に背中を向けたまま、何かをしてる。


 大きいを火にかけて、何かをぐつぐつ煮込んでる。僕の位置からは何を煮てるのか見えないけど、それが料理じゃないってことはニオイでわかった。

 全然、におわないんだ。ほんのちょっとだけ、砂糖をこがしたみたいな甘くて苦いニオイがするけど、それだけ。

 魔女さんはそこに、意志の宝石を入れていく。


「ケネス、君の勇気をありがとう」


 水色の宝石が、大がまの中に入れられる。中の水がポチャンと音を立てて、青色のしぶきがはねて散った。

 

「マリア、君の決意をありがとう」


 ハチミツ色の宝石が、大がまの中に入れられる。中の水がポチャンと音を立てて、黄色のしぶきがはねて散った。

 他にも、たくさん、たくさん……僕が数えただけでも二十個もの宝石が、大がまに入れられていく。その度に魔女さんは、だれかの名前をささやいて、大がまからは宝石の色をしたしぶきがはねた。

 

「ヨルズさん……すまない。せっかく空にくれたものだったのに、私が使ってしまって……」


 そして最後に、赤色の宝石が大がまの中に入れられる。

 とたんに大がまはクラクラとゆれて、銀色のけむりがあたりを包む。けむりの中には、金色のキラキラが星みたいに光っている。


「まただ……」


 魔女さんがつぶやいた。


「また、失敗だ……」


 けむりは空高くのぼっていくと一つの球体になって、次の瞬間、バクハツした。パンッと音を立てて、金色の光になって、雨みたいに花畑にふりそそぐ。

 金色の光が地面に落ちると、そこから新しいマリーゴールドの花が咲いて、花畑が広がっていく。


 こんなにキレイな魔法を見たことがなくて、僕は見とれた。けど、魔女さんは僕をふり返ってこう言うんだ。


「また、失敗したよ」


 僕はたずねる。


「人を生き返らせる魔法……?」


 魔女さんはうなずいた。

 いつもの魔女さんとはちがう顔。くやしそうで、さびしそうで、悲しそうな……それでも僕を心配させないようにって笑ってる、そんな顔。

 ねえ、魔女さんは……


「聞かないで」


 魔女さんは首をふる。


「また、やり直すだけさ。また集め直せばいい。

 勇気、決意、愛……あと、他にも色々……愛だけが、全然手に入らないから困るんだけどね」


 僕は……魔女さんの手をにぎった。

 フシギそうな顔をする魔女さん。僕は、魔女さんの顔を見あげて言う。


「魔女さん、聞かせてください。僕、魔女さんの力になりたいです」


 今まで、お客様にそうしてきたように。魔女さんの心のモヤモヤを晴らして、笑顔になってほしい。


「いらないよ」


 だけど魔女さんは、まるでカベを張ってるみたいにそう言うんだ。


「私は、まだ先生に謝れていない。許されないことをしたまま、裏切ったままなんだ。だから、君とは事情がちがう」


 ちがわないよ。


「ちがうよ」


 魔女さんは、地下室のドアに向かう。マリーゴールドをふまないように。そろり、そろりと。


 僕は花畑を見回した。果てしないくらいに、広く続いてる花畑を。

 この花畑全部が、さっきの金色の雨から生まれたんだとしたら、魔女さんはあれを何回くり返したんだろう。

 魔女さんは五百年生きてる。それを、例えば五百年くらいくり返しているとしたら……

 気が、遠くなりそう……


「空、帰るよ」


 遠くから魔女さんが呼んでる。

 僕はかけ足で、魔女さんの方へと向かった。

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