最期に一目会えたなら⑨

「ああ、昔、ね。ちょっとね」


 魔女さんはしかめた顔のまま、あいまいに返事した。だから僕はそれ以上聞くつもりはなくて。


「ごめんなさい」


 とだけつぶやいた。魔女さんは首をふる。


「気にしなくていい」


 魔女さんはそう言って、星降堂ほしふりどうのドアを閉めた。

 魔女さんの目が、僕の右手を見る。


「それは?」

 

 僕は、ずっと右手に愛の宝石を持ってた。お城からの帰り道、なんだか心がザワザワしてイヤな感じがしてたから。宝石をにぎってると、ヨルズさんを感じて安心できた。

 その宝石を、魔女さんは見てる。


「あ、ヨルズさんからもらったんです。愛の宝石です」


 僕は手を開いて、魔女さんに宝石を見せた。

 真っ赤でキレイな、愛の宝石。僕のにぎり拳くらいの大きさ。ヨルズさんの歌声が聞こえてくる、温かい宝石。


 よくよく見て、僕は「あれ?」って思った。

 そういえば、この宝石。似たのを見たことがある。

 僕がいつも首にかけてる、お母さんのかたみの……


「空、それ、私にくれないかい?」


 いきなりの魔女さんのお願いを聞いて、考え事がどっかに行っちゃった。


「え? でも、意志の宝石は……」


 自分で手に入れたものじゃないと使えない。

 そう言っていたのは魔女さんだったはず。


 魔女さんは、すごく複雑な顔をしてた。ただ、すごくくやしそうだっていうのは、僕にもわかった。


「頼むよ。それがあれば、完成するかもしれないんだ」


 完成って……


「人を、生き返らせる魔法……?」


 魔女さんはうなずいた。

 愛の宝石があれば、人を生き返らせる魔法が完成するかもしれない。そしたらお母さんは生き返るかもしれない。また、お母さんに会えるかも……


 でも……

 でもさ……


「魔女さん、僕、ヨルズさんに会って、わかったんです。

 人は死んでも死なないって。愛する誰かの生きる力になって、一緒に生きていくんだって。ヨルズさんから、そう教えてもらったんです。

 だから、僕にはもう、必要がないんです。僕のお母さんはここにいるから……」


 僕は、服の下にかくした、胸元のペンダントをにぎる。お母さんは、僕に愛をくれている。だから今更さびしがることなんてないし、それよりもお父さんのところに帰らなきゃ……


「私にとっては、その魔法が必要なんだ」


 魔女さんとは思えないくらいに、強い声だった。僕はびっくりして魔女さんを見つめる。

 魔女さんは、僕を真顔で見てる。感情が見えない。少しだけ、怖い。


「私は、四百年の間、生き返りの魔法を探し求めた。もう限界なんだよ。待つのは」


 魔女さんは僕に手を差し出してくる。

 僕は、魔女さんに愛の宝石を渡していいのかわからなくて、ぎゅっとにぎりしめて首をふった。

 渡したくないわけじゃない。ただ、これはヨルズさんが僕にくれたものだ。例え魔女さんでも、他人にあげるのはいけない気がした。


「もう、さびしいのはいやなんだ」


 魔女さんが言った。

 その時の魔女さんの顔が、まるで一年前の僕みたいで、僕は胸が苦しくなった。

 とても気弱で、世界の中で自分だけ一人ぼっちみたいな感じ。


「生き返りの魔法って、もしかして……」


 僕はたずねる。けど、魔女さんが僕の声にかぶせるように、こう言った。


「お願いします……ゆずってください……」


 僕の前でしゃがみこんで、僕のそでをにぎって……子供みたいに泣き出して……

 一体どうしたのか、魔女さんがなんで泣いてるのか、この時僕は気付いてた。魔女さんは、僕と同じなんだって。


 だから僕は、魔女さんに愛の宝石を渡した。


「……ありがとう……」


 魔女さんは宝石を受け取って、ずっと泣いていた。


 ☆*。


『最期に一目会えたなら』

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