最期に一目会えたなら⑧

 僕は箒に乗って、空を飛んで帰っていた。

 グリムニルさんは、しばらくヨルズさんの木をお世話したいんだって。家を一旦くずして、木を守るために魔法で新しく家を作りかえるらしい。

 ヨルズさんに怒られないかな? って言ったら、グリムニルさんは笑って言った。「家をこわすんじゃない。母さんを守ってくれる家に、生まれ変わるんだ」って。


 魔法使いって、フシギだ。

 なんでもできるのに、なんにもできない。

 だれかから教えてもらうまで、大切なことに気付けない。六百年生きてるグリムニルさんも、二千年生きてるヨルズさんも、家族に会うことをえんりょして、自分の大切な気持ちに気付けないままだった。僕が背中を押すまでは。

 もしかして、僕、二人の役に立って立ったのかも。そうだったら、うれしいなぁ。


 僕は、グリムニルさんからの手紙を持って、お城の入口にやってきた。そこにはもう、王様もメイドさん達もいて、僕が来るのを待っていた。


 箒からおりて、僕は王様におじぎする。


「王様。グリムニルさんからのお手紙です」


 僕はてっきり、王様はグリムニルさんからの手紙を待っているんだと思ってた。けど、そうじゃなかったみたい。


「ソラ君。先程、星降堂ほしふりどうの魔女がやってきたよ」


「え? 魔女さんが?」


「なんでも、エルフの森の魔法にジャマされて、ソラ君の気配が読めないと。

 ソラ君がいつ戻ってくるのかわからないから、戻ってきたら教えてほしいと言っていた」


 何だか照れくさいな。魔女さん、僕のこと心配してくれてるんだ。


「魔女に言っておいてくれないか。城に来る資格はないと」


 …………どういうこと?


「あの、それはどういう……?」


 聞き間ちがえたのかと思って、僕はたずねた。優しい王様が、あんなに冷たい声で、魔女さんを拒絶すると思ってなかったから。


「ソラ君、君はいいんだよ。君のことは、いつでも歓迎かんげいする。

 だがね、邪竜じゃりゅうの血混じりの黒魔女は、決して城に立ち入らせるなと。先々代の国王から言われているんだ」


 わけがわからないけど、魔女さんをバカにされたみたいで、僕はムカッとした。お腹の奥が、カッと熱くなる。


「王様、僕はそんな言い方、魔女さんをバカにするみたいできらいです」


 しまったと、僕は思った。えらい王様にナマイキなこと言っちゃった。僕はきゅっと口を閉じて、顔をうつむかせる。

 王様は悲しいような、申し訳ないような、複雑な顔をして僕に笑いかけた。


「すまないね。昔から理由は明かされていないし、ニールに聞いても答えてはくれない。私は国王だから、最悪のことを考えないといけないんだよ」


 最悪のことってなんだよ。魔女さんは、いつもはおちゃらけてるけど、本当は優しいんだ。だから、最悪なんてありえない! あるわけない!


「……わかりました。伝えておきます」


 でも僕は、王様とケンカしたいわけじゃない。だから、言いたいことは全部全部、ノドの奥に押し込んで、それだけを言った。

 王様は頭を下げる。


「すまない」


 僕は何も言わない。ただ黙って、グリムニルさんからの手紙を、王様の手に押し付けた。


 ⟡.·


 星降堂ほしふりどうの店先で、魔女さんが立っていた。

 お城から歩いて帰った僕は、魔女さんの顔を見てすごく安心して、走って魔女さんのとこまで行った。


「ただいま」


「おかえり」


 魔女さんは本当に心配してくれてたみたいだ。目が合った時、魔女さんは小さくため息をついてた。僕を見て安心したんだと思う。


「ちゃんと飛べただろう」


「飛べました。箒のおかげです。ありがとうございました」


 僕は、にぎっていた箒を持ち上げて、魔女さんに見せる。

 箒は新品のニオイがするし、穂は毛羽立ってない。きっとこれは、魔女さんが僕のために作ってくれたもの。だから、お礼を言わなくちゃ。


「それは確かに君のために作ったものだけど、魔法がかかってない、ただの箒だよ」


 僕は箒を見る。と、いうことは。


「飛べたのは、空自身の魔法だ」


 魔女さんは「くひゅひゅ」って笑う。


「自分が飛べることに気付かないなんてね。空自身のことなのに」


 そんな風にからかわれたら、なんだか僕、はずかしくなっちゃって。


「か、からかわないでください!」


「おや、すまないね」


 だけど、そんなやり取りは毎日のことだから、何だかおかしく感じて、二人して笑っちゃった。


「疲れただろう。中にお入り」


 魔女さんはドアを開ける。僕はすっかりクタクタで、すぐにでも布団に入ってしまいたかった。


「ブラウニーが布団をキレイに整えてくれてるし、おなかがすいたなら朝ごはんもある。まぁ、サンドイッチだけどね」


 魔女さんの気づかいがうれしい。僕は魔女さんをふり返ってお礼を言おうとした。


 ふと、思い出した。


 王様が言ってた。


邪竜じゃりゅうの血混じりの黒魔女は、決して城に立ち入らせるな』


 それはきっと魔女さんのこと。って言うのがなんなのか僕は知らないけど。でもあの言い方は、すごくイヤな言い方だった。

 でも、王様のご先祖さまがそう言い残したってことは、魔女さん、昔何かやっちゃったのかな。

 

 今の魔女さんからは想像できないけど。


 思えば僕は、魔女さんのこと、なんにも知らない。

 誰かをからかうことが好きで、でも誰かを助けることも好き。クセは『くひゅひゅ』って笑うこと。


 でも、それだけしか知らない。

 魔女さんの名前を知ったのも、つい最近のことだ。


 魔女さんのことを知りたい。


「あの、魔女さんは……昔、お城で何かあったんですか?」


 この質問は、いきなりすぎたかも。

 魔女さんが顔をしかめたから、僕は少しだけ後悔した。

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