最期に一目会えたなら⑥

 僕がエルフの森にある村についたころ、グリムニルさんは村の入口に立っていた。どうしたのかと思って近付いたら、ルナさんとジャスパーさんが、グリムニルさんを怒っていた。


「プレゼントなんて、何の意味もないの! 何で百年の間、会いに来なかったのよ!」


「ヨルズがかえる直前になって、ようやく会いたいだなんて。虫が良すぎると思わないか!」


 二人分の怒鳴り声に、グリムニルさんはうつむいていた。「すまない」「悪かった」って、小さな声でつぶやきながら。

 それでも、ルナさんもジャスパーさんも許してくれなくて、ずっと怒ってる。

 僕は、それが見てられなくて、三人の中に割って入った。


「そこまでー!」


 両腕を広げて、グリムニルさんを守る。みんな僕を見てびっくりして、とたんに怒鳴り声は止んだ。


「怒るなんて後でもできるでしょ。ヨルズさんには時間がないんだよ」


 そこでやっと、ルナさんもジャスパーさんも、時間をムダにしてるって気づいたみたいだ。シュンとした顔をして、グリムニルさんのために道を開ける。


 ルナさんも、ジャスパーさんも、悪いことをしてたわけじゃない。グリムニルさんに言いたいことが、いっぱいあったんだろうと思う。

 けど、今だけごめんね。

 僕は二人にペコリと頭を下げて、グリムニルさんの手を引っ張って歩いた。


 昨日歩いた通り、高台の黒い屋根に向かって歩いていく。


「会うの、少しだけだけ怖いんだ」


 グリムニルさんが、僕の後ろでそう言った。

 怖いって、なんで?


「母さんは、いつまでも森にいるんだと思ってた。プレゼントをおくって、手紙をもらって……そのやり取りが、これから千年先も続くと思ってた……

 年老いた母さんを見るのが怖い……母さんがかえるところを見るのが、怖い……」


 僕は、グリムニルさんを振り返った。


「それだと絶対後悔する」


 グリムニルさんはびっくりした顔で僕を見た。

 僕は、グリムニルさんに怒っていた。だって……


「会うチャンスがあるのに会わないなんて、ダメだよ。怖いからって逃げちゃダメだ。お母さんに『ありがとう』って伝えないと、千年先もずっと後悔し続けるんだよ」


 千年っていうのが、どれだけ長い時間なのかなんて、僕にはわからない。けど、一生後悔し続けるのは、僕にもわかる。

 だって、僕がそうなんだから。


「……君は、私よりずっと大人だ」


 僕は首をふる。そんなことない。

 大人ならきっと、仕事のジャマしてグリムニルさんを連れて行くなんて、しないでしょ?


「早く行こう」


 黒い屋根の家、その玄関扉を、僕は開けた。

 あいかわらず、家の中はくらい。そして、不安になるくらいひっそりとしてた。

 ギシギシ言う床を歩いて、僕らはリビングに向かった。


 ヨルズさんは、待ってくれていた。


「母さん……!」


 ふらふらと、グリムニルさんが足を進める。ヨルズさんのとこまで真っ直ぐ走って行って、木になってしまったヨルズさんの体をだきしめた。


「母さん、ただいま……」


「……おかえりなさい」


 僕は、二人に近づいた。

 ヨルズさんは、指一本さえ動かせないけど、グリムニルさんに頭を寄せていて、グリムニルさんはヨルズさんの動かない体をぎゅっとしていた。


「ごめんなさい……帰らなくて……ばく然と、母さんはいなくならないんだって思ってて、甘えてたんだ」


 ヨルズさんはフフッと笑って、グリムニルさんにささやく。


「あなたの顔が見れないわ。グリムニル、顔をよく見せてちょうだい」


 グリムニルさんは、ヨルズさんをじっと見つめる。

 ヨルズさんはグリムニルさんの泣いた顔を見つめて、また笑った。


「あらら……ほんと、昔からあなたは泣き虫なんだから……」


「……泣いてなんかないよ」


 まるで僕がいることを忘れちゃったみたいに、二人はおしゃべりしてる。でも、僕はイヤな気分にならなかった。むしろ、それでいいんだって思った。

 久しぶりに会ったんだから、二人のジャマしちゃいけないって思った。


「お仕事は楽しい?」


「楽しいよ。今は、王子の家庭教師をしてるんだ」


「そう。素敵ね。でも、仕事を抜け出してきてよかったの?」


「ああ。王様も許してくれた。すごく賢くて、優しい王様なんだ。きっと偉大になるよ」


「まぁ……いいヒトとめぐり会えたのね」


 ヨルズさんの声が、だんだん小さくなっていく。

 僕は気づいた。ヨルズさんには時間がない。

 けど、グリムニルさんはかまわず話す。気づいてないフリをして。


「母さんも、王様に会ってほしいな。王子にも。あぁ、あと、クセが強い魔女にも」


「……ざんねんだけど、それはむずかしいわ」


 グリムニルさんは、子供みたいに首をふってイヤイヤってしてる。

 気持ちはすごくわかる。だけど……


「そろそろ、お別れの時間だわ」


 パキリ、パキリと音がする。

 ヨルズさんの髪が、先っぽから枝に変わっていく。


「イヤだよ、母さん。行かないで」


 グリムニルさんは、ヨルズさんにしがみついて泣いていた。

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