最期に一目会えたなら⑤

 僕は、箒で飛びながらお城に近付いて、グリムニルさんの姿を探した。

 夕日がすっかり沈んだ今は、夜空に星がうかんでいる。きっとこの星を見るために、高い塔の上にいるだろうと僕は思った。


 王子様と一緒に天体観測した塔に、僕は急ぐ。

 すると、思った通り、グリムニルさんが王子様と一緒に、そこにいた。


「やぁ、空。夜のお散歩かい?」


 グリムニルさんはすぐに僕を見つけて、笑顔で大きく片手をふっている。だけど、僕の顔を見ると、笑顔はどっかにいってしまった。

 僕はこの時すごくあせっていた。それはきっとグリムニルさんにも伝わっていたと思う。

 僕は、窓から塔の中に無理やり入って、箒から降りるとグリムニルさんにこう言った。


「ヨルズさんが……グリムニルさんのお母さんが、森にかえっちゃうって……」


 それだけで、グリムニルさんはわかったみたいだ。グリムニルさんの顔は、みるみるうちに青くなっていった。口を片手でおおって、大きく息を飲んでいる。


「え、森にかえるって、どういうこと?」


 王子様は、僕が何を言っているのかわかっていなかったけど、それでも大変なことが起きていることはわかってくれたみたいだ。


「いや、まずは王に言わなきゃ。行くんでしょ、エルフの森に」


 王子様は塔をおりていく。だけど僕は、グリムニルさんを見つめたまま、塔をおりることができない。


「そんな、急に……」


 グリムニルさんは、真っ青な顔で立ち尽くしたまま動けなかったんだ。


「早く森に行こう!」


 僕は言うけど、グリムニルさんは首をふる。


宮廷魔導士きゅうていまどうしは、私一人だ。城を空けたら、誰が王を守るというんだ」


「兵隊さんに任せておけばいいよ」


「結界が破られたら、誰が結界を直すというんだ」


「何かあれば、魔女さんが助けてくれる。だから」


「できるはずがないだろう! 城にも来れないあの魔女が!」


 グリムニルさんが怒ってしまって、僕はびくっとした。


「あ……す、すまない……君を怖がらせるつもりは……」


 わかってる。グリムニルさんは、ただあせってるだけ。だから、誰かが安心する一言を言ってくれれば、気持ちが落ち着くはず。


「ニール。森に行きなさい」


 部屋の外から声がした。

 いつの間にいたんだろう。王様が部屋のすぐ外にいた。そして、部屋の中に入ってくるとグリムニルさんにこう言った。


「こんな時のために、君は王子に魔法を教えたのではないのか」


「あ……それは……」


「王子は、もう結界を直す魔法が使える。安心しなさい」


 王様の後ろから、王子様が顔を出す。王子様は、銀色の光る杖を持って、グリムニルさんにうなずいてみせた。


「王のことは任せて。俺は、先生の弟子なんだから」


「王子……」


 グリムニルさんはようやく落ち着いた。

 王様は、グリムニルさんの背中を押すために、優しくほほえんでこう言った。


最期さいごに一目会ってやりなさい。母君ははぎみも、きっと待っているよ」


 その一言で、グリムニルさんは決心した。


「王……ありがとうございます」


 グリムニルさんは、王様に向かって頭を下げる。そして、王子様が持ってきた古い箒を受け取って、それにまたがった。

 グリムニルさんはふわりと浮かんで、窓から外へと飛び出した。僕も後を追うために、箒にまたがって窓から飛び降りる。

 

 僕はもう、箒で空を飛ぶコツをつかんでいた。箒は僕を乗せて夜空にうかぶ。

 グリムニルさんの姿を探す。グリムニルさんは、挨拶のために塔の周りをぐるりと旋回せんかいした。そして僕と並んで、夜の空を飛ぶ。


「母さんは、どこまでいってるんだい」


 グリムニルさんは僕にたずねる。その質問の意味を理解して、僕はかくさずこう言った。


「首まで、いってます」


「……そうか」


 グリムニルさんが乗る箒のスピードが早くなる。僕に合わせていたんじゃ間に合わないと思ったんだ。

 大丈夫。それでいいんだ。今は、お母さんのことだけを考えてあげて。


 僕は、出せる限りスピードを出して追いかける。それでもグリムニルさんのスピードは早くて、あっという間に見えなくなってしまった。

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