最期に一目会えたなら④

 魔女さんにことわって、ジャスパーさんの家に一日泊まった。急にたおれたヨルズさんが心配で、帰ることなんてできなかった。

 しばらくはヨルズさんが心配で寝れなかったけど、夕方ジャスパーさんに言われてしばらく寝て、朝早くに目を覚ました。


「お医者様がね、もうもたないって」


 ヨルズさんの家に行く途中、ルナさんが教えてくれた。

 エルフのお医者様がヨルズさんを見て、そう言ったらしい。


「余命は、あとどのくらいなの?」


 僕がたずねる。でも、エルフには余命って言葉がないらしい。ルナさんは首をかしげる。


「ヨルズさんは、あとどのくらいで森にかえっちゃうの?」


 あせった僕は、強い声でそう言った。ルナさんは眉を寄せる。


「あと…………その…………一日か、二日もてばいい方だろうって…………」


 サァッと。僕の頭は氷水をかぶったみたいに冷たくなった。

 ヨルズさんが生きていられる時間は、あと一日か、二日。グリムニルさんには会えないかもしれない。

 そんな、ことって……


 僕はいても立ってもいられなくなって、ヨルズさんの家まで全力で走った。

 着いたころには息がきれてヘロヘロで、足を引きずるみたいにして家に入った。そして、ヨルズさんが座るイスまで近付いて、目を閉じたまま座ってるヨルズさんを見る。


 ヨルズさんの手は、すっかり木の枝みたいになっていた。首もシワシワの木の幹で、エルフらしいところは顔しか残ってない。

 そんな木の枝みたいな両手で、大事に抱えられているものがあった。


 昨日あげた、グリムニルさんのアルバム……


「昨日、急に首までこうなっちゃってね……」


 ヨルズさんが目を開けてそう言った。

 多分、しゃべるのもむずかしいんだろうと思う。声はかすれて小さくなってた。


「いきなりのことで、びっくりしちゃったわ。でもね、怖くはないの。もう、二千年も生きたからね。十分だわ」


 ただ……、と。ヨルズさんは続ける。


「グリムニルに、一目会いたかった」


 …………

 僕は……


「待ってて! グリムニルさんを連れてくるから!」


 僕は、ヨルズさんの家を飛び出した。


 .*・゚ .゚・*.


「魔女さん! 魔女さん!」


 僕は、原っぱを走りながら魔女さんに呼びかける。

 疲れてしんどい。うまく息ができないし、ノドの奥では血の味がする。それでも僕は足を止めなかった。止めてしまったら、きっと間に合わない。


「魔女さん! 返事して!」


 僕は声をはりあげて、オレンジ色の夕日に向かって呼びかける。

 魔女さんは、僕の必死な呼びかけにやっと答えてくれた。


『すまない。エルフの森に入ってから、私の魔法が弾かれてしまってて』


 魔女さんの声は、とてもザリザリしててよく聞こえない。だから僕は、魔女さんの言葉を無視してこう言った。


「ヨルズさんが……グリムニルさんのお母さんが、今日にも死んじゃうかもしれないんだ!」


 魔女さんは黙った。


「ねぇ、グリムニルさんを連れてきてよ! 宮廷魔道士きゅうていまどうしの弟子だった魔女さんなら、王様に頼めるでしょ!」


 敬語なんて忘れたまま、僕はさけぶ。原っぱの向こうに落ちてしまいそうな夕日を追いかけながら。でも、夕日には全然追いつかない。

 魔女さんは、言った。


『私は、先生の弟子なだけだ。王様とはなんの関係もない』


「でも、できるでしょ!」


『できない。だって私は、城に入ることを禁じられている……先生の弟子をかたる資格がないから……』


 僕の足がふわりと浮かぶ。

 シュルンと風が足に巻きついて、僕の体を宙に浮かせた。

 次の瞬間、僕の体は星降堂ほしふりどうの中にいて、魔女さんが僕を見下ろしていた。

 魔女さんの魔法だ。いつもならやり方を教えてとか、そう頼んだりするけれど、その時にはそんな余裕なんてなくて、ただ、魔女さんを見上げてさけんだ。


「ねぇ、なんで助けてくれないの! いつも助けてくれたじゃん! なんでダメなの!」


 魔女さんは、きっと困った顔をしてたと思う。でも、泣いてくしゃくしゃになった僕の目じゃ、魔女さんの顔は全然見えない。

 なんで助けてくれないのか、僕には全然わからなかった。


「今回は助けてあげられない。」


 魔女さんは言う。


「だから、空、今回のことは、空の力だけで解決しなくちゃならない」


「できないよ! 僕は、魔女さんがいないと何もできない」


「何もできない? そんなことないだろう」


 魔女さんは言う。


「君は魔法使いだ。魔法使いは、空だって飛べるんだよ」


 魔女さんの言っている意味がわからない。

 僕はただの弟子で、魔女さんほど魔法は上手くない。今までだって、魔女さんに助けられながら、お客様の困りごとを解決してきた。

 僕ができることなんて、きっと何もない。


「それは、過小評価しすぎじゃないかい?」


 って、何?


「君は君の力を知らなさすぎる」


 魔女さんが僕の手を引く。僕は魔女さんにつれられて、星降堂ほしふりどうの二階に向かった。

 階段をのぼって、僕の部屋へ。そして、窓から外に出る。

 二階の屋根はとても高くて、城下町に並んでいるレンガの屋根がよく見えた。そして、長く続く屋根の向こうにあるのは、この国の大きなお城。


「飛び方は、わかるね」


 魔女さんは僕に箒を渡してきた。

 僕は首をふる。飛び方なんて、教えてもらってない。わかるわけない。前回箒に乗ったのは、魔女さんの操縦があったから乗れたんだ。


「君が空を飛べないなんて、そんなおかしいことがあるもんか。君はなんだから」


 魔女さんは、僕の手を引いた。僕は、ふるえる足で屋根に立つ。

 強い風は僕の髪をくしゃくしゃに暴れさせる。魔女さんは竜の杖をふって、僕にこう言った。


「私が風を黙らせよう。空は、真っ直ぐ飛ぶことだけ考えなさい」


 僕は覚悟を決めて、箒にまたがった。

 新しく作られたばっかりの、新品のニオイがする。


「さぁ、行きなさい!」


 魔女さんが魔法を使う。杖から光が飛び散って、風がぴたりと止む。

 僕は屋根から飛び降りた。


 体がガクンと下に落ちる。

 ジャングルジムから落ちた時のことを思い出して、僕は怖くなった。


「僕は魔法使いだ! あの時の、何もできなかった僕とはちがうんだ!」


 怖さに負けず、僕はさけぶ。


 「飛べ! 飛べ! 飛べ!」

 

 ぶわっと、僕の体から光がわき出た。僕の周りをおどるように回って、箒に吸い込まれていく。箒の穂から、まるでジェットみたいに光がふき出して、僕は箒に押し上げられる。

 僕の体は、地面に落ちることなく、屋根よりも、鳥よりも高くうかび上がった。


 自分の力で飛んだということに、僕はおくれて気が付いた。


「飛んだ……」


 僕は少しだけ唖然あぜんとしたけれど、すぐに気を引きしめた。今は、ゆっくりしている時間なんてない。

 グリムニルさんを、ヨルズさんのところに連れて行かなくちゃ!


 僕は、できる限りの超特急で、お城に向かって飛んで行った。

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