オバケなんか怖くない!②

「おやおや、こんなめでたい日に災難さいなんだねぇ」


 魔女さんの声が聞こえて、僕はふり返った。

 魔女さんが僕の後ろにいて、いぬ獣人じゅうじん君にそう言ったんだ。


「この町の流れ星のお祭りといえば、どの町より盛り上がるからね。人波にさらわれて迷ってしまったってとこかな」


 魔女さんは言う。いぬ獣人じゅうじん君は、「うぅぅ~」っとうなって、両目からボロボロ涙をこぼした。

 ああ、とうとう泣いちゃった。どうしよう。


「おいで。あたたかいココアをごちそうしよう」


 魔女さんはくるりと背中を向けて、星降堂ほしふりどうへと帰っていく。僕はいぬ獣人じゅうじん君の手をにぎって、魔女さんの背中を追いかけた。

 その時気づいてびっくりしたんだけど、いぬ獣人じゅうじん君の手には、肉球みたいなフニフニがあった。やっぱり獣人じゅうじんって、人間とはちがうんだなぁ。


 星降堂ほしふりどうに入ると、いぬ獣人じゅうじん君は魔法具を見て目を丸くした。涙はすっかり止まったみたいだ。

 こんなにピカピカまぶしい魔法具だらけだと、泣くのも忘れて見入っちゃうよね。


「ホットとアイス、どっちがいい?」


 魔女さんがたずねる。いぬ獣人じゅうじん君は、鼻をスンスンならしながら答えた。


「ホットがいい」


 魔女さんは、竜のかざりがついた杖をふる。ポンッと音がなって、カウンターにマグカップが現れた。見えないブラウニーがココアの素を持ってきて、そこに冷たい牛乳をそそぐ。それをブラウニーがスプーンでかき混ぜると、ポンポンあたりに星が散って、うす茶色のあたたかいココアが出来上がった。

 ブラウニーは姿が見えない。だからいぬ獣人じゅうじん君には、きっと魔女さんが何でも魔法でやっているように見えるんだろうな。いぬ獣人じゅうじん君は目をまあるくして、ブラウニーが差し出すマグカップを受け取った。

 ココアを一口。いぬ獣人じゅうじん君は笑顔をうかべる。ココアがあたたかくて、おいしいみたい。


「空もいるかい?」


「はい。飲みたいです」


 僕のは魔女さんが作ってくれた。でも、魔女さんってば意地が悪い。ココアと牛乳と、水を混ぜるだなんて。魔女さんがスプーンでココアをかき混ぜると、あっという間に色がうすいホットココアになった。

 僕はココアを飲んで一言。


「む……うすい……」


 魔女さんはクスクス笑ってる。


「魔法を使うんだよ、空」


 なんて言って、僕に魔法の修行をさせようとしてる。

 味の調整の魔法は、一昨日おととい教えてもらった。僕はニワトコの杖を取り出して、呪文を唱えようとせき払いする。


「キミ、魔法使いなの?」


 急にいぬ獣人じゅうじん君がそう言った。急に声をかけられたから、僕は舌をかんじゃって呪文を唱えることができなかった。

 魔女さんはそれをクスクス笑いながら、いぬ獣人じゅうじん君にうなずいてみせた。


「あぁ、私も空も魔法使い。空は私の弟子だよ」


 いぬ獣人じゅうじん君は目をキラキラさせる。

 

「すごい! 僕、魔法使いに会ったの初めてだよ!」


 そういう目で見られると、なんだか照れくさいな。でも、魔女さんに初めて会った僕も、そんな感じの顔をしていたような気がする。

 いぬ獣人じゅうじん君はとってもご機嫌な様子で、マグカップに残ったココアを全部飲み干した。


「さて、君の名前は?」


 魔女さんがいぬ獣人じゅうじん君にたずねる。いぬ獣人じゅうじん君は、泣いていたことも忘れちゃったみたいだ。ニッコリ笑って名前を言った。


「ロイド・アルカディア」


 わぁ、外国人のフルネームだ。なんだかかっこいい。


「ロイド。ご両親とはぐれてしまったのかい?」


 ロイド君はうなずく。


「お祭りの会場から家に帰ろうとしたら、いっぱいヒトが走ってきて。僕、びっくりしてお父さんの手、はなしちゃった。引っこしてきたばかりだから道もよくわかんないし、暗いし……こわくて……」


「……ご両親と連絡を取る方法は……あー、ロイドは魔法使いじゃないからダメか……」


 魔女さんは髪をかき上げる。ちらりと見えた赤い目は、とても困っているように見えた。

 

「僕、このままひとりぼっちなのかな……」


 さびしさを思い出したんだろうか。ロイド君の顔がまた泣きそうになる。

 なんだかかわいそう。僕は、ロイド君をはげまそうとして杖をふった。


「回れ回れ星の子よ。きらりきらめけあま大川おおかわ


 ニワトコの杖の先から、光がぶわっとあふれ出す。僕はロイド君の頭の上に、小さな星空を作り出した。

 ただの星空じゃない。僕が作り出した星空には怪獣かいじゅう座があるし、ロボット座だってある。大きなロケットが天の川を泳いで渡ると、ワニがびっくりして目を覚まし、ばしゃりとはねた。

 ロイド君はその星空を見て、声を出して笑う。それが僕はうれしくて、なんだかほっぺたがゆるんできた。


「……そうだ」


 魔女さんは、僕を見てニコリと笑う。何か思いついたのかな。


「空、君が送って行ってあげるといい」


 魔女さんの提案に、僕は「えぇっ!」て大きな声を出した。

 今は夜だよ? 外は暗いし、子供は寝る時間だよ。


「幸い君は魔法使いで、普通のヒトより色んなことができる。ロイドの道案内なんて、お手の物じゃないか」


「さ、さすがにそこまでは……っていうか、道案内の魔法、まだ教えてもらってないです」


 僕は魔女さんに反抗した。道案内なんて、できるわけがないって。

 でも、ロイド君がいる前で、はっきり「できない」って言うのは気が引けた。だって、ロイド君は僕をじぃっと見つめてる。これはきっと期待とか、尊敬とか、そういうやつだ。ロイド君をがっかりさせたくない。

 そんな僕の気持ちは、魔女さんにはお見通し。僕がことわりきれないのをいいことに、「くひゅひゅ」って笑いながら、売り場の隅からカンテラを持ってきた。

 金色の縁取りにとうめいのガラス。中に入っているのは、コンペイトウみたいにトゲトゲした光る石。


「空はもう知っているね。星くずのカンテラだ」


 僕は、星くずのカンテラをよく知っている。だから魔女さんは、僕じゃなくてロイド君にカンテラの説明をした。


「星のカケラをつめたカンテラさ。火を灯さなくても勝手に光ってくれるし、周りが暗ければ暗いほど、カンテラの光が強くなる。これがあれば、夜道も怖くないだろう」


 ロイド君はカンテラを受け取る。カンテラは案外軽いんだ。だから、ロイド君でも軽々持つことができた。

 カンテラの光は、あたたかくて優しい。ロイド君は光に包まれて安心したみたいだ。


「これがあれば怖くないね。僕、帰れそうな気がする」


 魔女さんはほほえむ。そして、僕を見てニヤリと笑った。


「じゃぁ、道案内はいらないかい?」


 すぐに気づいた。僕、試されてる。

 僕はなやまなかった。魔女さんにからかわれて黙ってるなんてやだし、なによりロイド君に僕の情けないとこを見せたくない。


「僕も行く!」


 そういうと、魔女さんは満足そうにうなづいた。

 ロイド君も、やっぱり少し不安だったみたい。僕が行くと言ったとたんに、パァッと笑顔が広がった。


「よろしく、ロイド君」


「よろしく、魔法使いさん」

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