オバケなんか怖くない!

オバケなんか怖くない!①

 僕は、夢を見てる。


 真っ白なカベ、真っ白なベッド、窓からは真っ白でまぶしい光が入ってくる。

 どこもかしこも真っ白だ。僕は目を細める。


 ここは、多分病院。お母さんが入院していたとこにそっくり。

 そして、目の前のベッドにはお母さんが座ってた。おばあちゃんが持ってきたお見舞いのリンゴを、リンゴウサギにして僕に見せる。


「食べる?」


「食べる!」


 僕はリンゴウサギにかじりついた。

 ああこれ、覚えてる。お母さんと最後に会った時、僕はリンゴウサギを食べた。あまくてシャリシャリしてて、すっごく美味しかった。


「おいしい?」


「うん、おいしい」


 僕は、お母さんを見あげた。

 お母さんの顔は、窓からの真っ白な光にぬりつぶされててよく見えない。たしか笑ってたと思う。僕の記憶の中ではそうだった。


「空、愛してる」


 この時のお母さんの言葉、僕、しっかり聞いてなかったと思う。だって、お母さんはちゃんと病気を直して、家に帰ってきてくれると思ってたから。

 今は、すごく後悔してる。だから僕は、今度こそちゃんと聞いておこうと思って、お母さんの顔をじっと見つめた。


「これから先、どんなに辛いことがあっても、空なら大丈夫。乗りこえられる。だって、空は強い子だもの。

 お母さんは空のこと、ずっと見守っているからね」


 そう言って、お母さんは僕にペンダントをくれた。

 真っ赤でキラキラ光る、きれいな宝石がつけられたペンダント。

 お母さんの形見。僕の一番の宝物。


 その次の日に、お母さんは……


 ……

 …………


 まばたきをしたら、周りの景色が変わってた。

 たたみの部屋で、お坊さんがお仏壇ぶつだんに向かって何か唱えてる。

 お仏壇ぶつだんには、たくさんの果物と、白い箱が置かれてる。

 お母さんのお葬式が終わって少しした後、確かこうだったんだ。お坊さんがお経を唱え終わった後、僕とお父さんの方を向いて、なんだかむずかしいお話をしてた。


 となりのお父さんを見上げると、顔がぐしゃぐしゃになるくらいに泣いてた。僕の肩をなでて、ひっくひっく言いながら、「空、大丈夫だからな」って言ってくれる。


「お母さんは天国に行ったんだよ。だから、もう体はいたくないし、空のこともよく見えるんだって」


 僕は……お父さんを突き飛ばして。


「でも、お母さんもういないじゃん!」


 って、言っちゃった。言っちゃいけなかったって気づいたのは、そのすぐ後。

 お父さんは悲しそうな顔で笑って、僕をぎゅうって抱きしめた。


 僕は、胸がぎゅうって痛くなったんだ。


 ✧*


 星降堂ほしふりどうの開店準備。僕はドアを開けて、お店の中から立て看板を引っ張り出してきた。

 星降堂ほしふりどうは、また新しい世界にやってきた。この世界の星空はすっごくきれいで、夜でもすっごく明るいんだ。

 空には鉄道が走っていて、それがすっごくファンタジーって感じで、僕は銀河鉄道に向かって両手をふる。


「空は、魔法が親しい世界の方が好きなんだね」


 魔女さんに言われて、僕はうなずく。


「だって、僕の世界にはあんなのないですよ」


 僕は、夜空を走る鉄道を指さして言う。

 まるでここは、「銀河鉄道の夜」みたいな世界。もしかしたら、お菓子でできた鳥もいるのかも。


「出かけてみるかい?」


 魔女さんはそう提案してくれたけど、僕は少しだけ考えて首をふった。


「ううん、店番をサボるのはダメだから」


 本当は少しだけお出かけしたかったんだけどね。でも、今すぐにってわけじゃない。だからそう言うと、魔女さんはニッと笑ってみせた。


「おや、殊勝しゅしょうな心がけだね」


 魔女さんは、むずかしい言葉を使う。多分、わざとだ。僕が、毎日ちゃんと勉強しているかのテスト。

 えっと、殊勝しゅしょうっていうのは、けなげとか、感心とか、そういう意味。ってことは、僕、ほめられてる? やったぁ。


「じゃあ今日のお客様は、空に接客してもらおうかな」


 魔女さんはそう言って、カウンターの奥に引っ込んだ。僕は、もう少しだけ星空をながめていたくて、お店の前にあるベンチに座る。


 この町は、町の中にも川があって、川べりには小舟が停まってる。ゴンドラっていうんだっけ。

 異世界ファンタジーに出てくるような、外国みたいな雰囲気。真っ白なカベをした建物が、ずらっと並んで建っている。

 街灯の明かりには、電球じゃなくて石を使ってるみたいだ。オレンジ色をした石がぽわっと光ってる。

 そういえば、星降堂ほしふりどうのシャンデリアも、電球じゃなくて石が光ってたなぁ。魔法の世界では、石って光るものなのかな。


「うぇ~ん……」


 小さい子供の声が聞こえて、僕はびっくりした。星明かりがあるとは言っても、夜の暗さの中で小さい子の泣き声だなんて、ちょっと不気味。僕はちょっぴり怖くて、顔をキョロキョロさせた。

 川にかかった橋の上、小さい子供が泣いていた。どういう子なのか、はっきりとは見えなかったけど、街灯のおかげで子供だってことはわかる。

 こんな時間に泣いてるだなんて、どうしたんだろう。


 僕は、その小さい子に向かって走って行った。

 

 近付いてわかったんだけど、その子は人間じゃなかった。顔は人間だったけど、頭にはピンと立った犬の耳、おしりにはフワフワのしっぽがついていたんだ。

 多分、いぬ獣人じゅうじんの男の子だ。


「こんばんは」


 僕は、どう声をかけていいかわからなくて、いぬ獣人じゅうじん君にただあいさつした。いぬ獣人じゅうじん君は、僕を見るとビクッとして、しっぽを足の間に引っ込める。その仕草、なんだか本当の犬みたい。


「こんな夜に、どうしたの?」


 いぬ獣人じゅうじん君は僕をまじまじ見て、鼻をくんくんさせる。しばらくそうしていたら、だんだん落ち着いてきたみたい。僕が悪い人じゃないってわかったのかな。


「あの……迷子に、なっちゃって……」


「迷子? こんな夜に?」


 いぬ獣人じゅうじん君はうなずく。


「今日はね、流れ星のお祭りがあるから、お父さんとお母さんといっしょにお祭りに来たんだ。手をはなさないようにって言われてたんだけど、はなしちゃった……」


 いぬ獣人じゅうじん君は、泣きそうなくらいに目がうるうるしてる。また泣き出しちゃったらどうしよう。

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