私が本当にやりたいこと⑦

 僕は、メロウちゃんと一緒に星降堂ほしふりどうへ帰ってきた。

 メロウちゃんを心配したお父さんは、メロウちゃんにオルゴールを差し出すけど、メロウちゃんは拒否をした。


「私、今度のコンテストで金賞を取る。そしたら、お父さん、私の絵を認めてくれる?」


 メロウちゃんの意志がこもった言葉に、お父さんはたじろいだ。


「認めているよ。でも、絵で食べていくなんてむずかしい……」


「それは歌だって同じじゃない」


 きっぱりと、メロウちゃんはそう言った。


「確かに、たとえ歌が下手でも私は有名になれるかもしれない。でも、それはお母さんの七光りだし、いつかあきられて終わっちゃう。

 私は、たとえむずかしくても、私の好きなもので勝負したいの」


 メロウちゃんはすごい覚悟だ。お父さんは何も言えなくなっちゃって、口を閉じてしまった。

 多分、メロウちゃんのお父さんは、お母さんが亡くなったことを悲しんでるんだ。メロウちゃんが歌ってくれれば、心のよりどころになると思ったのかも。

 だからと言って、メロウちゃんが絵をガマンする理由にはならない。


「メロウちゃんのお父さん、もっとメロウちゃんを信じてあげてよ」


 僕は、メロウちゃんのお父さんに言った。

 メロウちゃんの絵は、とても上手ですごいから。キレイでかわいくて、心があたたかくなる絵だから。きっと賞が取れるはずなんだ。


「お父さんは、もっと、娘さんの意志を尊重するべきかもしれないね」


 魔女さんは、カウンターでそう言いながら笑っている。


 メロウちゃんのお父さんは、はずかしそうに顔を背けた。そして。


「……賞を取ったら、歌のことはもう言わないよ」


 と、そう言った。

 メロウちゃんはホッとした顔。僕に目を向けて、ぎこちなく笑ってみせた。

 僕も笑い返す。


 その時、僕のポケットにズシンと重みを感じた。

 なんだろう、これ。


 ✧*


 星降堂ほしふりどうの一階。売り場のすぐ裏にある、魔女さんのアトリエ。工具や材料が並んだその部屋は、職人さんがこもる工房みたいな雰囲気だった。

 僕はそこで、魔女さんに教わりながら絵の具を作ることにした。

 メロウちゃんから注文を受けたんだ。黄色と、青と、赤の絵の具がほしいって。

 さて、材料は何を使おうかな……


「黄色は、とり獣人じゅうじんの羽根を使うといい」


 魔女さんは、この前メロウちゃんのお父さんからもらった羽根を机に置いた。


「青は、マーメイドの涙が余っているよ」


 マーメイドの涙が入った小ビンが、羽根のとなりに並ぶ。


「赤は、どうしようか……」


 僕はつぶやく。赤色のもとなんて、トマトしか思いつかない。買い出しで買ったトマトを使おうかな……


「赤は、空がもう持ってるよ」


 魔女さんが言う。

 僕が持ってる? 何を?


「ポケットの中、手を入れてごらん」


 魔女さんに言われるまま、僕はポケットに手を入れた。

 そういえば、メロウちゃんたちと話している時に、ズシンと何かを感じたんだ。僕は、重みの正体をポケットから取り出した。


 真っ赤な宝石だった。表面は波打ってて、メロウちゃんの声で歌が聞こえる。

 これは……


岡村おかむらメロウの、意志の宝石だよ」


 メロウちゃんの、意思の宝石……


「お父さんに絵を認めさせようという強い意志。それが、意思の宝石になったんだ」


 僕は頭がこんがらがっちゃった。意思の宝石の中でも、意志の気持ちが転がり出てきた「意志の宝石」ってこと?


「それで合っているよ」


 確かに、メロウちゃんの意志は強かった。だからこそ、大きくてきれいな宝石を作り出したんだろうな。


「それをほんの少しだけけずって、絵の具に混ぜればいい」


 魔女さんの提案に、僕は目をぱちくりさせた。


「え、そんなことできるんですか?」


「ああ、できるさ」


 僕は意志の宝石を見つめる。

 メロウちゃんの歌声が聞こえるから、なんだか宝石が生きてるみたいに思えて、けずったら痛くないかな、なんて思った。その時、メロウちゃんの歌声が少しだけ大きくなって、楽しそうなものになったんだ。まるで、絵の具になるのがうれしいみたいに。


 僕は決めた。


「魔女さん。僕、この宝石で、赤い絵の具を作ります」


 魔女さんはうなずいた。


 早速、意志の宝石を削る作業に取りかかる。

 乳鉢にゅうばちっていうおわんに宝石を入れて、乳棒にゅうぼうっていう短い棒で宝石を叩く。


「意思の宝石は、案外やわらかいから。力を入れすぎないように」


 魔女さんのアドバイスを受けながら、小指の爪くらいの小さなカケラを作る。それをすりばちに移して、細かい粒になるまでゴリゴリ砕く。

 赤い絵の具は少なくていいって言ってたから、このくらいの量で大丈夫。


「さあ、宝石の粒が絵の具になるところを想像しながら、杖をふるんだ。

 だけど、メロウが賞を取ることを願ってはいけない。そうすると、君の魔法が込められてしまう」


 魔女さんの言葉はむずかしい。

 メロウちゃんが賞を取ることを、僕は願ってる。でもそうすると、メロウちゃんが賞を取れる魔法が込められてしまう。


 僕はまだ見習いだから、お願い事をせずに魔法を使うなんて、むずかしくてできない。だから別のお願いごとをすることにした。


「メロウちゃんが楽しんで絵を描けますように」


 僕は、宝石に向かって杖をふる。

 宝石の粉は、空中に浮かんでキラキラ回った。そこに、杖からあふれる光と、コップに注がれていた水が合わさって、空中でぐるぐるかき混ぜられた。


「おやおや、魔法がこめられてしまったね」


 魔女さんは言うけど、僕はかまわなかった。

 この魔法は、絵が上手く描けるとか、賞を取れるとか、そういったズルをするための魔法じゃない。メロウちゃんが楽しく絵を描くための、ちょっとしたおまじないみたいなものだ。


 三つの材料は、静かにガラスビンの中に落ちて、真っ赤な絵の具になった。ラメみたいなものがキラキラ光ってるような気がする。宝石を使ったからかな。

 コルクでフタをして、木箱におさめる。それがオシャレに見えて、僕はニンマリ笑った。


「さあ、あと二つだ」

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