私が本当にやりたいこと⑧
「メロウちゃん、これ」
僕は、メロウちゃんのヒミツのアトリエに行って絵の具を渡した。
木箱の中に入っている三つの小ビン。その中にはそれぞれちがう色の絵の具が入っている。
色の名前は僕がつけた。
黄色の絵の具は、とけたバター色。
青色の絵の具は、歌う海の色。
赤色の絵の具は、燃える決意の色。
「何その名前」
メロウちゃんは笑って絵の具を受け取る。おかしいって思われたかな。
「すっごくステキ」
メロウちゃんは、僕の名づけをからかうことなく、それどころかほめてくれた。なんだかうれしい。僕は「ヘヘ」って声に出して笑った。
ふと、描きかけの絵が気になって、僕はつま先立ちをしてメロウちゃんの後ろをのぞいた。青いキャンパスは波打つように描かれてる。最初は青空だと思っていたけれど、もしかして海なのかも。
「あ、だめ。まだ見ないで」
メロウちゃんは、絵の具だらけの
「えー、いいじゃん。見せてよ」
「だめ。まだ完成してないもん」
「どうしてもダメ?」
「ダメなものはダメ!」
メロウちゃんがイヤがってるなら仕方ない。僕は絵をのぞき見ることをあきらめた。
「その絵の具で何を描くの?」
僕はたずねる。メロウちゃんはニッコリと笑って言った。
「それは、完成してからのお楽しみ」
☆彡
それから一か月くらいかな。僕のわがままで、
魔女さんは別の世界に行きたがっていたけど、僕の気持ちを優先してくれた。「仕方ないねぇ」なんて、引き笑いしながら。
僕がお店の前をそうじしていた時だった。
「こんばんは」
夜の街からやってきたのは、
「メロウちゃん、久しぶり」
僕はメロウちゃんに声をかける。メロウちゃんは、すごくご機嫌な顔で、僕にスマホの画面を見せてきた。
そこには、カベにかざられた一枚の絵とそのタイトルを写した写真があった。
「賞取ったよ!」
メロウちゃんは言った。僕は、顔に笑顔が広がるのを感じた。
「さっすがメロウちゃん!」
「……まあ、銀賞なんだけどね」
メロウちゃんは少しだけ眉を下げて、でも声は明るいままでそう言った。
目指していたのは金賞だけど、銀賞でも十分すごい。そんなすごい賞を取ったのは、カラフルで夢があふれるステキな絵だった。
僕は、メロウちゃんからスマホを借りて、絵を拡大させてよくよく見た。
一面の青色は深い海。僕が作った、「歌う海の色」の絵の具が使われてる。マーメイドの涙のキラキラは、目立たないけどしっかり光ってる。
右下には、黄色い翼の女の人。横顔は歌うように口を開けて笑ってる。「とけたバター色」は
そして、女の人の口から出ているのは、赤い音符と水色の泡。メロウちゃんの意志を込めた、「燃える決意の色」は、小さい音符だけどしっかり目立っていた。
タイトルは、「夢を歌うセイレーン」。
なんだか、ステキですごすぎて、鳥肌がぶわっと立って、悲しくないのに、うれしいのに、涙が出そうになっちゃった。
「それが感動だよ。空」
魔女さんが僕の肩に手を置いた。僕はぎゅっと目を閉じて涙を目の奥に追いやった。
「私は、まちがっていたんだろうと思います」
メロウちゃんのお父さんはそう言った。僕もメロウちゃんもびっくりして、お父さんの顔を見上げる。
「メロウは、母親のことが大好きでした。だから、歌もきっと好きだろう。練習するだろうと。私はそう思っていたんです。メロウが母親を忘れないために、歌うことを強制していました。
だけど、彼女を……妻を忘れたくなかったのは、私の方でした。メロウに歌を押し付けて、どうにか妻が生きた
お父さんはメロウちゃんをなでる。メロウちゃんはお父さんを見上げて、次の言葉を待った。
「メロウはすでに、彼女から大切なものを引きついでいたんです。夢を追うという覚悟を」
メロウちゃんは、スマホをにぎりしめて満面の笑顔を浮かべた。
「じゃあ、私、画家を目指してもいい?」
「ああ。お父さんも、できる限りのサポートをするよ」
ああ、よかった。僕はホッとした。
これからメロウちゃんは、絵の世界に挑戦するんだろう。それはとってもむずかしくて、きびしい世界なんだろうと思う。
だけど、メロウちゃんなら大丈夫。きっと夢を叶えるだろうし、万が一叶わなくたって、その強い意志があればどうにかなるもんだ。多分ね。
僕は、手をふって帰っていくメロウちゃんを、お店から見送る。
二人の背中は、人波の中へと消えていく。
二人が見えなくなっても、僕は手をふっていた。メロウちゃんのこれからを応援するために。
その時、空中からコロンと宝石が落ちてきた。僕はびっくりして、反射的に両手ではさむようにして、それを受け止めた。
「おや、めずらしい」
魔女さんはつぶやく。
「一人のヒトが、二つも意思の宝石を作り出すなんて。メロウはよっぽど、感情が大きい子なんだね」
僕はおそるおそる手を開く。
中にあったのは、キラキラとまぶしいピンク色の宝石だった。
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