私が本当にやりたいこと③

 星降堂の二階にある、「ゆめわたりのとびら」。人の全身が写せるくらいの大きな鏡。寝ている誰かの夢に入って、夢の持ち主とのお話しや、魔法具の材料を調達することができる。

 

 魔女さんに言われて、僕は探索の準備をした。

 ショルダーバッグの中に、懐中電灯かいちゅうでんとう代わりの『星くずのカンテラ』と、僕専用のニワトコの杖。そして、救難信号きゅうなんしんごうのために『魔法のマッチ』を詰め込んだ。準備万端だ。


「マーメイドの夢の中に入り込んで、そこでマーメイドと会うんだ。彼女らは歌が上手だからね。彼女らの涙を使えば、お客様が求める、歌が上手くなる道具を作れると思うよ」


「あいまいな言い方するんですね」


 魔女さんはたまに、はっきりと言い切らないことがある。これには魔女さんなりの考えがあるみたい。


「だって、思い通りに事が運ぶかわからないだろう?」


 魔女さんは、魔女さんの口ぐせの「くひゅひゅ」という引き笑いをして僕を見下ろす。キレイな人なのに変な笑い方するなんて、もったいないな。


「そうだ。マーメイドに会ったら、油断してはいけないよ」


 魔女さんは、めずらしく顔を引きしめてそう言った。

 なんでだろう。マーメイドって人魚のことでしょ? 油断したら何かあるの?


「マーメイドはとてもイタズラが好きなんだ。見習い魔法使いの君じゃ、彼女らのイタズラやウソを見破れないかもしれない」


 やさしい言葉で説明してくれるけど、なんだか恐ろしいことを言われている気がする。僕はゴクリとノドを鳴らした。

 人魚姫の人魚しか知らない僕は、マーメイドをかわいいお姫様だと思っていたけど、もしかしたらそうではないのかも。


「さて、準備はいいかい?」


 魔女さんは、鏡に向かって杖をふる。たちまち鏡は僕達の姿を映すのをやめて、別世界の風景を映し出した。そこは、青い宝石が埋まったきれいな洞窟。宝石はほんわり光っているように見える。

 僕は鏡に向かって手を伸ばす。鏡の中に、僕の手が入っていく。


「気を付けるんだよ」


 魔女さんは言う。僕は魔女さんを振り返って手を振った。


「行ってきます!」


 鏡の中に足を踏み入れる。

 シャラランと音がして、僕は洞窟の中に降り立った。


「わぁ……」


 そこは、鏡の外から見るよりも、とてもきれいな場所だった。カベにも床にも、青い宝石がいっぱい埋まっていて、まるで万華鏡まんげきょうの中にいるみたいだ。

 空気はしめっぽくて、少しだけ冷たい。だけどイヤな感じは全然ない。それどころかワクワクする。

 後ろを振り返ると、ゆめわたりのとびらがそこにうかんでいた。帰りはここを通って帰る。

 制限時間は一時間。それまでに戻ってこないと。

 

 僕は、洞窟の奥へと歩き出す。宝石のおかげで暗くはない。それでも、奥からオバケが出てきそうに思えて、僕の心臓はドキドキしてた。


 進みながら、洞窟の中を見回す。

 川も池も見当たらない洞窟。小さい水たまりはところどころに見えるけど、泳げるほどじゃない。マーメイドなんて、ここにいるんだろうか。魔女さん、選ぶ夢をまちがえてない?


 しばらく歩いていると、女の人が前から歩いてきた。彼女は月みたいな金色で、洞窟の宝石みたいに青いすき通った目をしていた。


「あら、お客様かしら?」


 女の人に聞かれて、僕はうなずいた。

 ドギマギしちゃったんだ。魔女さん以外に、キレイな女の人に会うことなんて、あまりないから。


「人間の男の子なんて珍しいわね。迷子? それとも探し物?」


 僕はコクンとノドを鳴らす。キンチョーしてしまって、うまく声が出ない。


「さ、探し物……」


 おどおどしながら僕が言うと、女の人はにっこりと笑った。


「ここに来るとしたら宝石か、マーメイドの涙が目当てかしら」


「あ、はい。マーメイドの涙をもらいに来たんです」


 女の人はポンと手を叩いた。


「ならちょうどいいわ。私、マーメイドの居場所、知ってるもの。ついてきて」


 女の人は僕の手をとって歩き出した。

 急な出来事に、僕は流されるまま。マーメイドの涙なんて、そんなに簡単に見つかるものなんだろうか。

 その時僕は、知らない人について行っちゃいけないよって、前にお母さんから言われたことを思い出した。僕、もしかしていけないことしてるんだろうか。


 僕は女の人に連れられてしばらく歩く。水たまりを踏む度に、ピシャピシャと音がする。

 やがて目の前に、小さな池が現れた。

 洞窟の中にある池には、魚は住んでない。すき通った水がそこにあるだけ。

 洞窟の壁には小さな穴がいくつか空いていて、多分そこから水が流れ込んできてるんだろう。洞窟の中に、水が流れるチョロチョロという音がひびいてた。

 

 水に指を突っ込んで、それを舐めてみる。しょっぱい。もしかして、海水かな。


 池はあまり深くない。歩いて渡れそうだ。


「この向こうよ」


 女の人は、池の向こうを指さした。

 向こう側の岸も、洞窟は続いてる。僕は、女の人にさそわれるまま、洞窟を歩いて渡る。クツをびしょぬれにしながら。


「この向こうには何があるの? マーメイドの村?」


 僕はたずねる。

 女の人は答えない。ただ黙って歩く。


 歩いてるうちに、池の水かさが増していく。

 最初はクツがぬれるだけで済んだのに、渡っているうちにひざが、腰がぬれてきた。僕は不安になって、女の人の横顔を見上げる。

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