私が本当にやりたいこと②

 星降堂ほしふりどうに帰った僕は、すっかりぐったりしちゃってた。カウンターに突っ伏した僕に対して、魔女さんはケラケラと笑ってる。


「上出来だよ、空。

 換金かんきん、買い出し、さらには呼び込み。いやー、良い弟子を持ったもんだよ」


 軽い調子でそう言われた。普段のからかい口調とおんなじ感じで言うから、全然うれしくない。魔女さんをジトーっと見ると、魔女さんは僕の頭をなでた。


「うりゃうりゃうりゃ!」


「わー! やめてよー!」


 僕はくせっ毛だから、髪をぐしゃぐしゃにされるとなかなか直らないんだ。この時も、ぐっしゃぐしゃにかき回された髪は、ツンツンはねて大変なことになっちゃった。

 魔女さんはニンマリとした顔で僕を見下ろしている。


「すぐに来ると思うから準備するよ」


 すぐに来るっていうのは、あのとり獣人じゅうじんの男の人だろう。

 買い出しの途中で会ったとり獣人じゅうじんの男の人は、僕の変身が解けるところを見て、僕に魔法を使ってほしいと頼んできたんだ。僕は理由を聞かなかったけど、星降堂ほしふりどうの場所は教えた。とり獣人じゅうじんさん、ちゃんと来れるかなぁ。なんて思っていると、魔女さんは僕の考えをのぞいて「くひゅひゅ」って笑う。


「大人の男だろう? 空が心配しなくても大丈夫だよ」


「そうですね」


 確かに。大人だもんね。


 お店の窓から、暗くなりかけた空をボンヤリとながめていたら、すぐにその人はやってきた。

 ドアを開けて入って来た、黄色い髪のとり獣人じゅうじんさん。お店に入るなり、キョロキョロと雑貨を見回した。僕と目が合うと、にっこり笑ってカウンターにやってくる。


「いらっしゃいませ」


 僕より先に、魔女さんがあいさつする。とり獣人じゅうじんさんは魔女さんを見てギョッとしたみたい。魔女さんは、いかにも魔女さんって格好だから、びっくりしたのかも。


「何かお探しかな?」


 僕は、とり獣人じゅうじんさんの特徴を魔女さんに話していたはず。それなのに、魔女さんはまるで何も知らないみたいにそう言った。

 とり獣人じゅうじんさんは、頭のアンテナみたいな羽を片方のつばさでおさえつける。そのポーズがなんだかおかしくて、僕は笑いそうになるのをガマンした。


「魔女さん、あの」


 僕が魔女さんに声をかけようとした時、とり獣人じゅうじんさんがこう言った。


「そこの、魔法使いの男の子に教えてもらったんです。魔法の道具を売っているお店があると」


 とり獣人じゅうじんさんは僕に笑いかける。僕はペコリと頭を下げて、笑って見せた。

 魔女さんは「なるほど」とつぶやいた。「とっくに知ってたくせに」って思いかけたけど、魔女さんに何か言われるのはイヤで、首をふってその考えをふり払う。


「魔法の道具がほしいということは、何か叶えたいことでもあるのかい?」


 魔女さんは、とり獣人じゅうじんさんにそうたずねる。魔女さんの顔を見上げてみると、お客様の心を見すかしたような目をしてた。ちょっとだけ、ささるかのように鋭い。僕の頭をのぞく時とは、ちょっとちがう目のように思えた。

 とり獣人じゅうじんさんも、それを感じ取ったみたい。鳥獣人さんはたじろいで、せき払いしてから魔女さんにたずねる。


「うちの娘の歌が上手くなるような道具はないでしょうか?」


 娘さんへのプレゼントかな。そうだとしたら、すごくステキだな。だって、鳥の声って歌声みたいにキレイでかわいいって言うし。

 だけど魔女さんは、さすような視線をやめない。

 僕はここでようやく気付いた。この目は、頭をのぞくときの目じゃない。値踏みの目だ。


「歌が上手くないのかい?」


「はい。それどころか下手で。そのせいか、引っ込み思案で、友達もあまりいなくて。

 だから、歌が上手になれば、周りからも愛されると思ったんです」


 魔女さんは、とり獣人じゅうじんさんの話を聞いて考え込んでいる。その理由は僕にもわかった。

 今このお店には、歌を上手にする道具は売っていない。もし売るとしたら、オーダーメイドになってしまう。


「オーダーメイドになるよ。時間はさほどかからないだろうけど、既存品きぞんひんより割高だ。それでもいいかい?」


 お客様は笑顔を浮かべた。


「はい。ぜひお願いします!」


「なら、お客様の羽根を貰えるかな。

 雨覆羽あまおおいばねを三枚、風切羽かざきりばねを三枚、そして冠羽かんうを一枚」


 とり獣人じゅうじんさんは目を丸くした。


「お金ではないんですか?」


「お金なんていう価値が不確かなもの、私は受け取れないのさ」


 とり獣人じゅうじんさんはフシギそうな顔をしながら、言われたところの羽根を抜く。つばさの外側の羽根を三枚、つばさの内側の羽根を三枚、そしてアンテナみたいな羽根を一枚。

 魔女さんは、合計七枚の羽根を受け取ると、にっこり笑ってこう言った。


「では、一週間後にまた」


「よろしくお願いします」


 とり獣人じゅうじんさんは頭を下げる。そして、僕にヒラヒラと片手をふって、星降堂ほしふりどうから出ていった。

 

 とり獣人じゅうじんさんを見送ってから、魔女さんはほお杖をついてため息をつく。他人を小バカにして笑っているような顔をしていた。これが、嘲笑ちょうしょうってやつだろうか。

 さっきの話の中に、何か笑うようなところがあったかな。僕は魔女さんの考えが読めなくて、首をかしげて考える。

 僕の視線に気づいた魔女さんは、その小バカにした笑いそのままに、僕にこう言った。


「他人からの評価は、時に苦しいものでね」


 魔女さんは時々むずかしいことを言う。


「あのとり獣人じゅうじんの娘さんは、大変だろうね」


「大変?」


 魔女さんが髪をかき上げる。

 長い前髪の下から、ちらりと赤い片目が見えて、僕はドキリとした。その目が何かを語ろうとしているように見えたからだ。


「それが期待でも失望でも、それを向けられた側は自分がさらけ出せなくなってしまうものさ」


 もしかして、魔女さんは、だれかのことを心配してるんだろうか。

 それはもしかして、とり獣人じゅうじんさんの娘さん?


「まぁいいさ。今はね」


 魔女さんはそう言って話を終わらせた。七枚の黄色い羽根を、小さな木箱の中にしまって伸びをした。


「空、一つ頼まれてくれないか?」


 魔女さんは僕を見て、赤い目をパチリと閉じてウィンクする。

 何を頼まれるんだろう。むずかしいことじゃなけりゃいいけど。


「大丈夫。少しむずかしいかもしれないけど、空にもできることだから」


 魔女さんは僕を手まねきする。向かった先は、星降堂ほしふりどうの二階だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る