私が本当にやりたいこと

私が本当にやりたいこと①

「空、買い出しに行ってくれないかい?」


 ある日の夕方、魔女さんは僕にそう言った。

 魔女さんはカウンターの引き出しから宝石をいくつか取り出す。それは本物の宝石で、確かサファイアってやつだったと思う。多分。


「買い出しですか?」


 僕は首をかしげて聞き返す。

 魔女さんは僕に宝石とカバンを差し出しながらうなずいた。


「食材が少なくなってきてるんだ。料理当番が買い出しした方がいいだろう?」


 そう言って、赤い方の目をパチリと閉じて、ウインクする魔女さん。

 魔女さんが言う通り、料理当番は僕だ。調味料を作る魔法をあっという間に習得した僕は、魔女さんから料理当番を押し付けられてしまった。


 魔女さんが作る料理といえばサンドイッチとサラダばかり。一週間食べ続けると飽きてしまって、つい文句を言ったんだ。

 それならって感じで、魔女さんは僕に魔法を教えてくれた。今思えば、僕に料理当番を押し付けたかったんだろうなって思う。


 そういうわけで、ここ一ヶ月ずっと僕が料理を作ってる。

 まあ、家にいたころも、お母さんの代わりに料理やってたから、別にイヤじゃないけどね。


「でも、魔女さん」


 だけど、今回の買い出しについて僕は質問があった。


星降堂ほしふりどうにお金ってあるんですか?」


 星降堂ほしふりどうは、異世界から異世界へと転移しているお店だから、お金を受け取ることができない。僕の世界のお金が、異世界で使えるとは限らないし、逆もしかり……ってやつだ。

 今とどまってる世界には昨日来たばかりで、当然この世界のお金なんて、僕も魔女さんも持ってない。


「だから、これさ」


 魔女さんは、さっきのサファイアを僕に見せる。かなり大きい宝石だ。僕のにぎり拳くらいかな。


「ほとんどの世界には質屋しちやがある。そこに宝石を持って行って、必要なだけのお金を工面くめんするんだ」


「しちや……? くめん……?」


 って、なんだろう。


質屋しちやというのは、渡した品物を対価に、お金を貸してくれるお店だよ」


「それって、リサイクルショップのこと?」


「あー……まぁ、だいたい合ってるよ」


 つまり、でお金をもらって、そのお金で買い物をしてきてほしいってことらしい。


「この前教えた、見た目を変える魔法を忘れずにね。

 カバンにはいくらでも入れられるし、食べ物がくさる心配はしなくていいから、買えるだけ買っておいて」


 魔女さんはそう言った。

 僕は渡されたカバンの中を見る。底が見えないカバンは、まるでブラックホールみたいに真っ暗。いくらでも入れられるってことは、あのアニメに出てくる四次元のポケットみたいなやつなのかな。


「さあ、たのんだよ」


 魔女さんは、星降堂ほしふりどうのドアを開ける。

 

 店の外は、普通の町だった。

 僕は外に出る。僕の後ろで、ドアがゆっくりと閉まる。

 振り返ると、星降堂ほしふりどうの中から魔女さんが手を振っていた。


 昨日からとどまっているこの世界は、僕が住んでいた世界とよく似てる。

 ビルがあるし、コンビニがある。車も走ってる。

 でも一つちがうのが、人種だった。


 人間とは別に、つばさを持った人種がいた。

 顔や体は人間と同じだけど、腕にびっしり羽が生えてて、鳥みたいだった。

 鳥の獣人じゅうじん、ってやつかな。


 この世界は僕の世界によく似てるから、正直あんまりワクワクしない。僕は、この前行った妖精の世界みたいなとこが好きだな。


 僕は人にたずねながら、の場所までやってきた。

 ビルとビルの間、スキマみたいなとこにお店があった。宝石のカンテイってやつをしてるお店らしい。

 おそるおそる、ドアを開ける。


「僕、一人?」


 お店に入ると、女の店員さんに呼び止められた。僕は「しまった!」っていう顔をしたと思う。

 お店に入る前に、見た目を変える魔法を使うべきだった。子供じゃ、宝石を大金に変えるなんて無理だ。


「お父さんや、お母さんは?」


「あ、えっと、その……」


 えーい、今からでも変身しちゃえ!


「わが望むままに、変えたまえ」


 杖をふって呪文を唱える。ボフンッて音がして、僕の姿がけむりに包まれた。視線はぐんと高くなって、女の人を見下ろすくらいになった。

 けむりがなくなると、僕は大人の姿になっていた。腕も脚もぐんと伸びて、なんだか落ち着かないや。


 女の店員さんは、僕をポカンと見てる。


「すみません。えっと、カンキン? お願いします」


 僕は、なれない言葉づかいと、僕の口から出てくる低い声に、首をひねりながら言った。店員さんはあわてて僕をお店の奥に通してくれた。

 そこからはトントン拍子ってやつで、言われるまま出された紙に名前を書いて、サファイアとお金を交換して、おしまい。

 サファイアをお金に変えてもらったら、一万円札を十枚もらった。こんなにたくさんのお金を持ったことがないからキンチョーしちゃうよ。


「ありがとうございました」


 店員さんに見送られて、お店から出る。しばらくすると、ボフンとけむりが出て、僕は元の子供の姿に戻った。ビル街の真ん中で変身が解けたけど、ほとんどの人は僕に気をとめないみたいだった。

 変身の魔法、できるようになるまですごく時間がかかったけど、できるようになってよかった。ルンルンとした気分でスーパーに向かって歩き出したところで。


「ちょっと、君!」


 僕の肩をだれかがつかんだ。

 びっくりして振り返ると、男の人が立っていた。


 顔は普通の人間だけど、両手は翼。頭にはぴょこんとアンテナみたいな羽が立ってる。

 この世界にいるとり獣人じゅうじんだ。


「君、魔法使いなの?」


 黄色い髪とつばさをした男の人は、僕にそうたずねた。僕は目をパチクリさせて、こくんとうなずく。


「そうだよね。さっき魔法を解いてたから、すぐにわかったよ」


 いや、魔法を解いたんじゃなくて、勝手に解けたんだけど……まあ、この男の人には、そんなことあんまり関係ないのかもしれないけど。

 男の人はニコニコしている。僕に何を期待しているんだろう。


「歌が上手くなる魔法を、教えてくれないかい?」

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