おしゃまな妖精の小さな願い⑧

 あれから二週間、僕は妖精の世界にいた。

 星降堂ほしふりどうには、毎日妖精たちが来てくれて、おかしやフルーツ、ビーズや宝石を買っていく。妖精たちは支払いとして、めずらしい花やキノコを魔女さんに渡す。

 魔女さんはお金の支払いをきらっているみたいだった。誰に対しても物々交換。僕はそれがフシギで仕方なかった。今度理由をきいてみよう。


 その日、僕は妖精たちに売るためのクッキーを、魔女さんと一緒に作ってた。お店の中は、砂糖とバターの甘い香りが漂ってる。

 オーブントースターでクッキーを焼いてた時に、マーヤさんがやってきた。僕はおどろいて目をぱちくりさせた。マーヤさんは飛んでいたんだ。


「お久しぶりね」


 マーヤさんは、僕の肩に座ってウインクする。


「久しぶりだね」


 僕は、マーヤさんに夢のことを話すかどうか迷った。マーヤさんは、夢のことを忘れてるかもしれない。

 すると、マーヤさんから夢のことを話してくれた。


「この前、夢の中にソラが出てきたの」


「僕が?」


 僕はしらばっくれようとしたんだけど、マーヤさんは僕を見てケラケラ笑ってる。


「ごまかさなくていいじゃない。魔法を使って、私の夢に入り込んだんでしょ?」


「……うん」


 マーヤさんは僕の肩に立って、腰に手をあてた。


「女の子の夢に入り込むだなんて、デリカシーがないわ」


 なんて。怒ったふりしてる。

 マーヤさんは笑顔だったから、僕はマーヤさんが怒っていないことがわかった。僕もつられて笑顔を浮かべる。


「一応、感謝してるのよ。もう一度努力しようと思えたのは、ソラのおかげ」


 マーヤさんは、ハネをパタパタさせて飛んだ。ハネが小さい分、ほかの妖精よりも羽ばたきがはげしい。羽ばたくたびに色が変わるハネがとてもきれいだ。ぼーっと見ていると、マーヤさんはいきなり、僕の鼻にキスをした。


「え? えぇっ?」


 僕はすっごくびっくりしちゃって尻もちをついた。手に持っていたバッターがひっくり返って、出来上がったばかりのクッキーが空中に投げ出された。


「ふふふ。一枚ちょうだいな」


 マーヤさんはケラケラ笑って、クッキーを一枚キャッチした。ほかのクッキーは、魔女さんが魔法を使って回収する。


「お支払いは、りん粉でもいいかしら?」


 マーヤさんは魔女さんにたずねる。魔女さんは引き笑いしながら、僕を見てこう言った。


「いや、今もらったさ。ねぇ、空?」


 一方的なキスを支払いに含めるのは、ちがうと思います……

 マーヤさんはうれしそうにクッキーを抱えて、星降堂ほしふりどうを出ていく。見送りするために追いかけると、マーヤさんは僕をふり返った。


「ソラ、ありがとう。バイバイ」


 マーヤさんは、木の葉に向かって飛んでいく。小さいから、あっという間に姿は見えなくなった。僕は、見えなくなった方向に向かって、手をふり続けていた。


 ☆彡.。


 お店の中に入ると、魔女さんが黄色い宝石をながめていた。

 僕は魔女さんに近付いて、それがなにか聞こうとする。けど一目見て、それがただの宝石ではないことに気が付いた。

 表面が波みたいに、細かくゆれている。まるで鼓動みたいに。普通の宝石よりもピカピカしてる。


「意思の宝石ですか?」


 僕が聞くと、魔女さんはうなずいた。


「マーヤの努力が宝石になったんだ」


 魔女さんに近付いて、その『努力の宝石』をよく見る。黄色一色じゃない。光がはね返るたび、マーヤさんのハネみたいに色んな色に光ってた。


「空、おいで」


 魔女さんは僕を手まねきする。僕は魔女さんと一緒に、星降堂ほしふりどうの奥へと向かう。

 一階の奥の方。ろうかを少し歩いていくと、二つドアが並んでた。僕は、自分の正面にあるドアを見て首をかしげる。入ったことない部屋だ。


「あぁ、そこは入っちゃダメな部屋。この前のコンペイトウバクダンを、バクハツ寸前でつめこんでるから」


「え!」


 なんでそんなことしてんの!


「使っていない部屋だったから、コンペイトウの片付けにちょうど良かったんだ。今後も入らないように。危ないからね。

 今回入るのは、その隣の部屋」


 魔女さんは、隣の部屋のドアを開ける。

 そこの部屋は、まるで博物館みたいだった。ガラスケースやガラスビンに入れられた宝石は、高い高い棚にいくつもかざられてる。そんな棚が部屋のカベいっぱいに並んでて、僕は圧倒された。

 その宝石全部が、意思の宝石だった。どれも色はちがうけど、表面が波打ってて普通の宝石じゃないことがわかる。部屋の中に入ると、まるで人が耳元でささやいているみたいな声が聞えてくる。


「これが、私が今まで集めた意思の宝石。その一部さ」


 僕はおどろいた。


「魔女さんも、意思の宝石を集めてるんですか?」


 魔女さんはニヤリと笑う。


「とてもきれいだろう? この宝石のために、星降堂ほしふりどういとなんでいるのさ」


 僕は、魔女さんがにぎったままにしてる努力の宝石に目を向けた。

 魔女さんが、僕にマーヤさんの手助けをするように言ったのも、努力の宝石を手に入れるためだったのかな。


「あの、魔女さん」


 僕はそのことを聞こうとして、魔女さんに声をかける。だけど、魔女さんは返事をするよりも前に、僕に努力の宝石を差し出してきた。

 どうしたらいいかわからなくて魔女さんを見上げると、魔女さんはため息をつきながら僕に言う。


「世界のカギの材料なのに、いらないのかい?」


 僕はポカンと口を開けてしまった。


「忘れたのかい? 君がこわした、君の世界とのつながりを直すには、この宝石が必要なんだよ」


 僕は思い出した。

 僕が僕の世界に戻るには、世界のカギっていう魔法具が必要。それを作るには、意思の宝石が必要だって言われてた。


「これは、君がマーヤさんからもらった報酬ほうしゅうだ。君が大事に管理しなさい」


 魔女さんから努力の宝石を受け取る。宝石は全然冷たくなくて、まるで人の手のひらみたいな温かさだった。

 それを耳にあててみる。努力の宝石からは、マーヤさんの小さい声で歌が聞こえてきた。


「聞こえるかい? 元の持ち主の、意思の歌だよ」


 どんな歌詞か聞き取れなかったけど、なんだか心がポカポカするような、そんな歌。いつまでも聞いていたくなるような、耳に心地いい声だった。


「世界のカギのためには、少なくとも八つ、集めないといけないよ」


 魔女さんは言う。


「えぇ! 八つも!」


「そうさ。世界のカギは、カンタンには作れない。がんばることだね」


「でも、こんなに意思の宝石を持ってるなら、分けてくれても……」


「君自身が集めたものじゃないと効果はないよ。魔法とは、そういうものさ」


 魔女さんからはそう言われたけど、僕はそんなにがっかりしているわけでもなかった。

 異世界ってすごく楽しくてワクワクする。すぐに元の世界に帰っちゃったらもったいない。

 次はどんな異世界に転移するんだろう。そう考えると、僕の心はドキドキでいっぱいになったんだ。


☆。.:*・゜

『おしゃまな妖精の小さな願い』

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