おしゃまな妖精の小さな願い⑦

 あきらめちゃったって……


「どれだけ練習したの?」


「えっと……七日くらいかしら」


 七日だって?


「たった七日?」


「なによ。みんな一日か二日で飛べるようになるのよ。でも私は飛べなかったんだから、結局私はだめなのよ」


 いやいやいや。

 さっき、マーヤさん自身言ってたじゃん。人一倍がんばれば飛べるかもって。てことは、みんなよりがんばらないとダメなんじゃないの?


「ねえ、もうちょっとがんばってみようよ」


 僕は提案するけど、マーヤさんは僕をギロッとにらんだ。僕がマーヤさんを責めていると、かんちがいされたのかもしれない。


「みんなよりハネが小さいからがんばりなさいなんて不公平よ。私は飛べなくても平気なの。ちょっとだけ、うらやましいだけよ……」


 …………

 ウソだ。本当はすっごくうらやましいに決まってる。だって、ずっと目をはなさないんだ。鬼ごっこしてる妖精たちから。

 本当は、みんなと同じように飛んで、仲間に入って、一緒に鬼ごっこしたいんだ。


「僕はね、魔法がない世界から来たんだ」


 気づいたら僕は話してた。

 マーヤさんが僕を見る。


「魔法がない……っていうより、魔法がめずらしい、のかな? やりたいことがあって、そのために魔法の勉強をしてた。がんばって、がんばって、まだできないままだけど、それでもがんばった」


 マーヤさんは眉間にシワを作ってる。

 うん。確かにこんな話じゃ、説得にならないかもしれない。だから僕は、こう言って杖を取り出した。


「でも今日ね、魔女さんから、僕でも使えそうな魔法を教えてもらったんだ。見てて」


 僕は空に杖の先っぽを向ける。

 空のモヤモヤはきっと、マーヤさんの心の汚れだ。魔女さん風に言うなら、「深層世界しんそうせかいにこびりついたガンコな汚れ」ってとこだろう。

 僕は、その汚れがはがれて、風に流されていくところを想像する。


 きっと、できる。


「落ちなさい。消えなさい。元の清潔さを取り戻しなさい」


 空をおおっていた、ピンクと灰色のモヤモヤは、パラパラと空からはがれていく。マーヤさんのあきらめとか、投げやりな気持ちとか、そういった心の汚れが、空からはがれて空中に浮かんだ。

 さあっと風に吹かれた後は、白み始めた空がそこにあった。星は太陽の光にぬりつぶされていく。


 太陽の光は、木の葉に朝つゆを作り出した。

 僕は、いつの間にか手に持っていたのぞみの水鏡みずかがみで、落ちる朝つゆを受け止める。


「朝ぎりよ、集まれ」


 目の前にうすくただよっている白いきりを杖でかき混ぜたら、わたがしみたいに杖にからまった。それをのぞみの水鏡みずかがみに入れて、片手でフタして、クルクルと水平に回す。

 マーヤさんをふり返って、びっくりした顔のマーヤさんに、のぞみの水鏡みずかがみを渡した。


「マーヤさん。マーヤさんの望みは何?」


 マーヤさんは、中に入った朝つゆをのぞき込む。マーヤさんの表情は変わらなかったけど、一言ぽつりとつぶやいた。


「みんなと仲良く飛ぶこと」


 なら、やることは一つだ。


「なら、練習いっぱいしないとね」


 マーヤさんは、不安そうな顔で僕を見る。


「でも、不安よ」


「大丈夫。努力は裏切らないよ」


 なんて無責任なんだろう。僕は僕の言ったことに、笑いそうになっちゃった。でも、努力した僕は魔法を使えた。それを、マーヤさんにも信じてほしい。


「努力しても飛べなかったら? そのせいで、またバカにされちゃったら?」


 マーヤさんは今にも泣きそうで、声もちょっぴりふるえてた。怖いんだろうと思う。

 でも、大丈夫。


「きっと飛べる。もし飛べなかったとしても、がんばった経験は自信になる。自信がつけば、バカにされたってきっとへっちゃらさ。

 えっと……多分、ね」


 照れくさくなった僕は、あいまいな言葉でごまかして、へらへら笑った。

 マーヤさんは、ようやく安心したみたい。目はうるんでいたけれど、にっこり笑ってうなずいた。


 ☆彡.。


 僕はマーヤさんに手をふって、ゆめわたりのとびらをくぐり抜けた。

 シャラランと、金属みたいな音がきこえて、僕は星降堂ほしふりどうに帰ってきた。


「おかえり」


 魔女さんは、懐中時計かいちゅうどけいを片手に待っていた。

 心配して、くれたのかな?


「あの……」


 お礼を言おうとしたけど、それより先に魔女さんは引き笑いをしてさえぎった。


「見張ってたのさ。時間を忘れるなんていうドジを踏んだら、私の仕事が増えるからね」


 うぐぅ……またからかわれた……言われたことはきちんと守るに決まってるじゃんか。

 なんて思いながら魔女さんを見上げると、魔女さんはフイッて顔をそらしちゃった。耳がほんのり赤い。もしかして、本当に心配してた? 僕がかんづいたから、照れてるのかも……?


「さぁて、しばらくはこの世界に留まろうか」


 部屋を出る魔女さんを追いかけて、僕はたずねる。


「しばらくって、どのくらいですか?」


「そうだねぇ。マーヤがまた星降堂ほしふりどうに来るまで、かな」


「マーヤさんが?」


 マーヤさんは飛ぶ練習で忙しくなりそうだし、しばらく来ないんじゃないかって思う。

 けど、魔女さんの考えはちがうみたいで、僕を見下ろしてこう言った。


「マーヤはきっと来るよ。君に会いにね」


「僕に?」


 本当に会いに来てくれるのかな? 僕は首を傾げた。

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