おしゃまな妖精の小さな願い

おしゃまな妖精の小さな願い①

 次の日から、僕の弟子生活が始まった。


 あれから僕は、魔女さんが作ってくれたサンドイッチを食べて、ぐっすりと寝た。

 すごくつかれてたから、夢を見ることもなくずっと寝てたと思う。布団はやわらかくて気持ちよくて、一日中寝ていたい気分だったんだけど。


「空、起きなさい」


 耳元できこえた魔女さんの声にびっくりして、僕はぱっちり目をさました。魔女さんは僕を見下ろしてる。

 僕は、カベにかかってる時計を見た。時間は四時。なんだ、まだ四時か。


「魔女さん、まだ四時だよぉ」


 目に残ってる眠気をごまかすために、僕はまばたきする。

 魔女さんは、僕を見ながらクスクス笑った。


「もう四時だよ。夕方の四時」


 夕方の、四時、だって?

 眠気があっという間に吹き飛んで、僕は起き上がった。昨日寝たのが十一時だから、十五時間寝てることになる。


「空は、ねぼすけなのかな?」


 魔女さんはクスクス笑って僕の顔をのぞきこむ。

 そんなことない。いつもなら朝の七時には起きて、学校に行く準備をしてる。

 でも、いつも九時に寝てるのに、きのうはたまたま十一時に寝たから、そのせいで体内時計ってやつがおかしくなったんだと思う。

 僕は、いいわけしようと魔女さんを見上げる。


「きのうは寝るのがおそかったから。だからたまたま起きるのもおそくなったんだよ」


 だけど魔女さんはいいわけを許してくれなかった。僕の口に人差し指をくっつけて。


「敬語、忘れてるよ」


 しまった。きのう魔女さんと約束したばかりなのに。


「えっと、おはようございます、魔女さん」


 なれない敬語であいさつすると、魔女さんはうんうんとうなずいた。


「おはよう」


 魔女さんは杖をふる。杖からキラキラの光が散って、僕の体にまとわりついた。僕の体は勝手にベッドから降りて、Tシャツは一瞬でカッターシャツに変わった。ジーパンも黒いスーツパンツに変えられて、なんだか僕、サラリーマンみたいな格好になっちゃった。


星降堂ほしふりどうでの制服だよ。毎日魔法でお手入れして、大事に使うようにね」


 いつの間に取ったんだろう、魔女さんは僕のTシャツとジーパンを、魔法でハンガーにかけた。杖を使って金色の粉を服にふりかけてる。すると、Tシャツはまるで洗いたてみたいにピシッとした。この前僕がカレーをこぼしてできたシミも、きれいさっぱりなくなってる。


「この魔法はカンタンだからね。この後すぐ教えてあげるよ」


「僕でも使えるの? じゃなくて、使えますか?」


 どんなに小さなものでも、魔法は魔法。僕はワクワクしながらきいてみた。魔女さんは「くひゅひゅ」って引き笑いして、こう答える。


「努力と素質次第さ」


 魔女さんは僕を手まねきする。僕は魔女さんと一緒に、二階のダイニングキッチンに向かった。そこにはもう、ごはんが用意されていた。

 レタスとトマトのサラダ、ハムとタマゴのサンドイッチ、それらが大皿に盛りつけられて、テーブルの真ん中に置かれてた。

 あれ? 昨日の夜もサンドイッチじゃなかったっけ?


「さあ、食べよう」


 魔女さんはそう言ってイスに座った。

 僕は魔女さんの向かい側。イスはやけに高くて、何とかよじ登って座ったけど、足はういちゃった。プラプラして落ちつかない……

 

 魔女さんから小さいお皿を二枚渡されて、僕はサラダを取り分けた。取り分けたそばから、白いドレッシングが入ってた小ビンがふわっと飛んできて、ドレッシングをサラダにかける。

 サラダが盛られたお皿は、勝手に僕の手からはなれて魔女さんと僕、それぞれの席に配られた。

 ぐるりと部屋を見回すと、これまたびっくり。シンクでは、スポンジが勝手にフライパンを洗ってた。

 ごはんを食べるっていう普通のことにも、当たり前に魔法が存在してて、まるで夢を見てるみたいな気分だ。


「これは、魔女さんの魔法なんですか?」


 僕は、サンドイッチに手を伸ばしながらきいた。魔女さんは首を振る。


「これは、ブラウニーという妖精のおかげだよ」


 ブラウニーって、チョコケーキのこと?


「ブラウニーっていうのは、家に住みつく妖精のことだよ。私の生活のお手伝いをしてくれるんだ」


 家に住みつく妖精だって?


「でも、何も見えないですよ」


星降堂ほしふりどうのブラウニーは、すごくはずかしがり屋でね。手伝ってはくれるけど、姿を現してはくれないのさ」


「……なんか、幽霊みたい」


「くひゅひゅ。悪さをしないから、いい幽霊だね」


 僕はサンドイッチを一口かじる。

 バターと牛乳の甘みが優しい、おいしいスクランブルエッグだ。ちょっぴりしょっぱいハムと相性はバツグン。パンはふわふわで、とってもおいしい。


「このサンドイッチも?」


 僕はたずねる。魔女さんはまたもや首をふる。


「それは私」


「おいしいです」


「それはよかった」


 僕らはごはんをおなかいっぱい食べたけど、サラダもサンドイッチも少しだけ残っちゃった。いつも「残すのはだめ」ってお父さんから言われてるから、僕は無理してサンドイッチに手を伸ばす。

 それを、魔女さんはやんわり止めた。


「ブラウニーの分まで食べちゃだめだよ」


 僕は部屋を見回す。

 見えないブラウニーは、うれしそうにドレッシングのビンをふった。大皿に残ったサラダにそのままドレッシングをかけて、見えない手でフォークを持ち上げてトマトに突き刺した。


 僕はそれを見てた。

 サラダは空中にうかんで、少ししたら消えてしまう。多分、ブラウニーが食べてるんだろうって思うんだけど、食べた分はどこに消えてるんだろう。

 魔女さんは僕を手まねきする。僕は魔女さんに連れられて、食堂から出ていった。


「あんなに見つめたら、ブラウニーだってはずかしくて食べにくいだろう?」


 魔女さんはクスクス笑ってる。仕方ないでしょ? 僕にとってはめずらしいんだから。


「空は、もっと想像力を持たないとね」


「想像力?」


「そう。想像力」


 魔女さんは僕を見る。ニッと笑って。


「自分が何をしたいのか、それによって世界はどう動くのか。それを考えるのが『想像力』だ。魔法にも想像力は必要だし、他人の気持ちを考えるのも想像力」


 魔女さんの言葉は難しい。僕がしたいことで、世界が動くとは思わないんだけど。

 魔女さんは、僕の考えを読んでるのかどうなのか、ただ引き笑いだけをしてた。

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