おしゃまな妖精の小さな願い②

 僕は、お店の売り場で魔女さんから杖をもらった。

 昨日見せてもらった、シラカンバの杖じゃない。僕専用に、魔女さんが作ってくれたんだって。

 杖そのものは、ニワトコっていう木を使ってる。魔法の力をためるためのバイカイってやつは、特別なものを使ってるからナイショなんだって。

 こい茶色の杖は、魔法学校の映画に出てくる杖にすごく似てて、それを持つだけで僕はすっごくドキドキした。


「この瞬間からこの杖は、君の片腕に等しい存在になった。

 さぁ、杖に集中してごらん」


 魔女さんの言う通り、僕は杖をじぃっと見つめる。

 この杖で魔法を使いたい。それを強く思った。


 なんだか、手がポカポカしてくる。それと、とってもフシギな感じ。まるで僕の手が溶けて、杖が僕の手になったみたいな感覚。

 僕の周りにはあたたかい風が流れて、花でできたスダレがサワサワ音を立ててゆれた。


 魔女さんは腕組みしてうなずいてる。


「さすがは私。カンペキな出来だね」


 わぁ、自信カジョウってやつだぁ。


「んん? なんだい?」


 ひぃ! 魔女さんってば、すぐに僕の頭の中をのぞいて質問をしてきた。魔女さんの前で変な事考えられないや。


「なんてね。

 さぁ。開店時間になるまで、この杖で魔法の練習をしようか」


 昨日教えてもらった。星降堂ほしふりどうは、夜に店を開けるんだ。だから魔女さんは夕方に起きて、開店の準備を始めるんだって。

 つまり、昼夜逆転の生活ってこと。もちろん、魔女さんの弟子になった僕も、これからは昼夜逆転の生活だ。

 

 僕らは、開店時間まで魔法の練習をすることにした。まずは、魔女さんのお手本。


「さっき見せた、モノをきれいに洗う魔法。もう一度見せようか」


 魔女さんは、売り場の床にある黒い汚れに向かって、竜の杖を振った。そして、呪文を唱える。


「落ちなさい。消えなさい。元の清潔さを取り戻しなさい」


 杖からは金色の粉みたいなのがパラリと散って、まるで吸い込まれるみたいに床の汚れにしみこんだ。汚れはあっという間にうすくなって、最後には消えちゃった。


「カンタンな魔法だからね。入門にはちょうどいい」


 魔女さんは言う。この魔法が、カンタンだって?


「次は空の番だ。カウンターの、これに杖を向けて」


 魔女さんの言葉通りに、僕はニワトコの杖をカウンターに向ける。ちょうど真ん中あたりに、絵の具をこぼしたような汚れがあった。


「まずは、イメージ。この汚れがきれいに消えてなくなるところを想像して」


「きれいになくなるところ……」


 僕はイメージする。

 カウンターの青っぽいシミ汚れが、きれいさっぱりなくなるところ。木でできたカウンターが、元の茶色に戻るところ。

 うーん……むむむ……なかなかむずかしい……


 集中していたら、僕のおでこにシワができてたみたいで、魔女さんは目と目の間を指先でさわってきた。


「そんなにむずかしいことじゃないだろう。ただ、想像すればいいんだ」


 クスクス笑いながら、僕の目を見つめてくる魔女さんからは、ハーブのツンとしたニオイがして……それがとてもいいニオイで……


「って、ダメだ。集中集中」


 ほっぺたが熱くなるのを感じて、僕はごまかすためにつぶやいた。今は魔女さんのことより、カウンターの汚れのことを考えないと。


「イメージできたら、呪文を唱えて……さん、はい」


 僕はすぅっと息を吸い込んだ。


「えっと……落ちなさい、消えなさい……元の、せーけつさを取り戻しなさい」


 僕が呪文を唱えると、杖の先っぽから粉みたいなのが出てきた。

 でも、魔女さんのとちがう。なんだか、白っぽい?


 って、わぁ!

 いきなり杖からケムリが出てきた!


「くふふ。失敗だねぇ」


 僕の杖から出てきたケムリは星降堂ほしふりどういっぱいに広がって、目の前が白色でぬりつぶされちゃった。

 息をしたらケムリが鼻に入ってきて、くすぐったくて何回もくしゃみした。バニラアイスみたいに甘いニオイで、気持ち悪くなりそう。

 魔女さんはケラケラ笑ってるし……わーん! これどうにかしてよー!


「だから言ったろう。想像力だよ」


 魔女さんの声がきこえたかと思うと、白いケムリはあっという間になくなった。

 魔女さんが、香水ビンみたいな魔法具で吸い取ってくれたみたい。ケムリはビンの中におさまって、真っ白なうずを作ってた。


「僕、素質がないのかな」


 初めて僕の力だけで使った魔法が失敗しちゃうなんて、なんだかすごくがっかりした。


 日本で魔法を色々使った時は、全然成功しなかったし。

 竜の杖で使った魔法は、なぜかバクダンになっちゃったし。

 さっきもカンタンな魔法だってきいたのに、変なケムリを出しちゃった。


 魔女さんはあきれ顔。

 

「最初からうまくいくわけないだろう?」


 僕は魔女さんの顔を見上げた。


「魔法とは無縁の世界にいた君が、最初から魔法を失敗なく使えてしまったら、それこそびっくりするよ」


「そう、なの?」


「そうさ。まぁ、さっきの失敗は笑っちゃったけど」


 魔女さんはさっきのケムリがあんまり面白かったみたいで、まだしつこく笑ってる。もう、そんなに笑わなくていいじゃんか。

 僕がムッとしていたら、魔女さんは笑いを止めるためにせき払いした。

 

「まぁまぁ。そう怒らないで。もう少し練習しよう。想像力をふくらませるんだ」


 魔女さんから目をそらして、僕はカウンターの汚れに集中する。

 開店まで、あと一時間くらい。それまで集中して、汚れ取りの魔法を成功させるんだ!

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